3 // 麻比奈レイカ:テロリストに囚われて
麻比奈レイカは囚われていた。
商業区画の中央管理室で、後ろ手に手錠を掛けられていた。
失態だ。完全に失態である。なんせ、気付いたらもう、捕らえられてこの状況だ。
「やあ。お目覚めか、月観のエリートさん?」
拳銃を手にした男が、中央管理室のコンソールの上に腰かけていた。
このテロの主犯格、なのだろう。刈り上げた短髪に、筋骨隆々とした、軍人然とした男だ。その男の他に、この部屋の中にテロリストは3人。全員、そこらのチンピラというより訓練を受けた軍人、という佇まいをしている。
レイカの他に、人質が何人か。この商業区画の管理者だろう壮年の男が、背中の銃に怯えながら、コンソールの生体認証に手を当てていた。
混乱に先んじてこの場所を制圧したのだろう。コンソールにモニターされている外は、停電――非常電源に切り替わっており、パーソナルコンソールもオフライン。主義主張は、流しっぱなしでリピートされたテロリストの演説から聞こえてくる。
それらを見て取った末に、レイカは言った。
「正義……民間人を巻き込んでおいて正義、か。誰に雇われた?」
「雇われたも何もない。正義の為に動いている」
主犯格の男は、そう言い放つ。傭兵の可能性を考えて、レイカはかまをかけようとしたのだが、手ごたえのある返答はなかった。
そして代わりとばかりに、主犯格の男はレイカの額へと銃口を向けた。
「そもそも、質問するのはこちらだ。麻比奈、レイカ」
名前を知られているらしい……身分証明は全てナノマシンを介して行われ、こちらから開示しなければ身柄を押さえられても知られるはずがない。
(情報がリークされていた?護送のルートと、警備の人員まで含めて、か……)
「“妖精”をどこに逃がした?お前の中にいるのか?」
レイカに銃口を向けながら、主犯格の男はそう問いかけてくる。だが、レイカには何を言っているのかわからなかった。ただ、思い当たる節がない訳でもない。
(“妖精”?……私が護送していた何か、か。機材自体ではなく、内部データの話だった?情報がリークされている可能性まで含めて、私には何も知らされなかった……?)
そこまで考えた末に、レイカは笑った。
「どこの誰か知らないし、何の話かも分からないが……この状況がいつまで続くと思っている?“月観”を舐めるな。人質なんてとって立てこもった所で、お前達に……」
銃声が響いた。
主犯格の男が、撃ったのだ。レイカの顔の、すぐ真横を掠めるように。
「質問に答えろ」
硝煙の上がる銃を手に、主犯格の男はそう言った。
その銃口を、男を、レイカは笑う。
「……お前達に正義はない。刑務所で死ぬまで臭い飯を食い続けるだけだ」
レイカは、覚悟を決めて仕事に当たっていた。ある程度修羅場はくぐっている。
拘束されて銃を向けられた所で、テロリストに協力してやる気はない。
レイカは、社会と正義を信奉している。
(……腕を封じられてる、が、やれない事も……)
そう考え、レイカは動きかけ――それを、主犯格の男も見て取ったのだろうか。レイカの目を睨みながら、その手の銃が動いた。
レイカ、ではなく、横に集められていた人質へ向けて。
直後、何の躊躇いもなく引き金は引かれる。
拳銃の発射音は軽い。ただ、今日この場に居合わせただけの商業区画の従業員がどさりと倒れる音の方が大きい位だった。
他の人質から悲鳴が上がり、けれどテロリストの銃口を見て、倒れて動かなくなった従業員を見て、その悲鳴は飲み込まれる。
「な……お前!」
動揺と怒りに、声を上げたレイカを、主犯格の男の冷徹な目が捉えた。
「……民間人が大事なようだな」
「……ッ、」
「答えろ。“妖精”はどこにある?」
主犯格の男は問いを投げる。レイカ以外の人質に、銃口を向けながら。
「……知らない。なんの話だか、分からない」
レイカには、そう答える他になかった。だが、テロリストがその言葉を信じる訳もない。
再び、銃声が響く。レイカは歯噛みして声を上げるしかなかった。
「本当に知らないんだ!……何も知らされていない!」
「信用できないな」
そう呟いて、主犯格の男は自身の耳に手を当てる。ナノマシンを介して、どこかと通信をしているのだろう……やがて、主犯格の男は言った。
「ああ。包囲しろ。……映せ」
直後――演説をリピートしているだけだった画面に、ドローンからの中継だろう、リアルタイムの映像が映し出された。
シャッターを背に途方に暮れる市民――そして、それを前に、銃口を構える何人かのテロリスト。
何をする気かは、明白な光景だった。
「今、この区画内には千人以上の民間人がいる。何人死んだら話す気になる?」
冷徹な表情を浮かべたままに、主犯格の男はレイカへとそう問いかけた。
「お前……正気か?虐殺してまで……」
と、そうレイカが呟いた途端、さっきまでの冷徹で冷静な表情を打ち消すように、
「……正気で、テロなんて起こす訳ないだろ?」
主犯格の男は、どこか狂ったような笑みを浮かべた。
「この国は間違っている。道を間違えた。事実上の財閥が法制度を握る……その国が正しい訳がない」
「“アマテラス”は、平等だ」
「罪を突き付けられた事のない人間にとってはな。殺人は等しく罪。その通りだ、まったく。だが、戦場で他に選択肢がない状況で?体制の為に戦って、その末に棄民ではな。それは不平等だろう?」
「…………」
「“妖精”はどこだ?最上位権限は?実在するだけで完全性の否定に至る。革命だよ、これは。多少の流血は仕方がない。……さあ、管理社会の正義の番人。市民の味方。教えて欲しい。“アマテラス”の不完全性は?特権の証左はどこにある?」
何度、狂った目で問いかけられようと……レイカには、答えようがない。
沈黙を、答えととったのだろう。
主犯格の男は、自身の耳に手を当て、半分狂った冷徹な目で、言い放った。
「……やれ」
「やめろ!」
レイカの声も空しく、フロートディスプレイの中で銃口は上がり――
――だが、発砲はされなかった。
奇妙な光景が、ディスプレイの内部で広がっていく。
ぱたぱたと倒れていくのだ。銃を手にしたテロリストが、一人、また一人と。
銃撃を受けたのでもなく、何に害されたというでもなく、次々と。
やがて最後の一人が、動揺した様子もなく、テロリストが無力化されたと確認するかのように周囲に視線を向け、手に持ったライフルを放り投げる。
それから、監視カメラ――ディスプレイを見上げ、何かを言った。
直後、その最後の一人は、カメラに背を向けて歩き出した。
何が起きているのか、レイカには理解できなかった。
だが、血走った目で画面を見つめる主犯格の男には、わかったらしい。
「……“妖精”。“妖精”だな」
*
「……ええ。妖精かもしれないし、天使かもしれない。悪魔かも知れない。少なくとも虐殺まで始めるテロリストよりは善良な存在じゃない?」
シャッターの前で呆然としている市民。倒れ伏すテロリスト達。
そこに背を向けて歩き出しながら、最後の一人のテロリスト――その体を奪ったサヤは、通信の相手、主犯格だろう相手に応えた。
通話しながら、目の前にパーソナルウインドウが開き、更にシステム画面――ハッキング用のツールを走らせながら、ただ歩いていく。
(視界に入った任意の対象に憑りつける。即座に連続すればある程度の人数は無力化可能。リスクは?……後で考えれば良いわね。もう使っちゃってるし)
サヤは、歩いていく。中央管理室へ向けて。
『素晴らしい。最上位権限の実在が証明された……私はお前と話したかったんだ。手を組もう、“妖精”。この監視社会を共に破壊しよう』
通信の相手……主犯格の男はそう語りかけてくる。
憑依――この状況のメリットは、ただ単に体を奪うだけではなかった。相手の素性も閲覧できるのだ。ナノマシンインプラントが、常時個人を監視している。本来なら外部からは、“アマテラス”からもしくは生体認証をクリアしなければ閲覧できないデータも、閲覧できるようになる。
技能さえあれば、好きなだけハッキングもクラッキングもできるようになる。
今だって、通話しながら、主犯格の男のナノマシンにツールを走らせて、戦術支援システムからテロリストの位置情報を掴んでもいる。
「……社会を壊す。それも、面白いかもしれないわね」
(通話越しに憑りつくのは?……流石に、不可能。けど、どちらにせよ視界に入れてしまえば勝ち、か……)
『ならば、手を組もう』
「嫌。虐殺に手を貸す趣味はないし」
『何?』
「……品がないって言ってるのよ、テロリスト」
サヤはそう言い切った。そして直後、視界に入った別の人間――テロリストへと、意識を飛ばした。
位置情報は掴み続けている。マップデータもある。
中央管理室にいるテロリスト以外の全員を、インターバルに市民も入れて、最短経路で視界に入れ続ければ……。
「……どうとでもできるわね」
呟いた直後、そのテロリストは意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます