第十四話 舞踏会(壱)

「か、完成しました」

「凄いわ!」

 いつも散らかっている髪が、綺麗に束ねられ、複雑に結われていた。さらに金色の花飾りで、より豪華に、品高く見える

「ドレスに合う髪型をご希望だったので…」

「ありがとう!こんなに綺麗に結われたのは初めてだわ」

 私は鏡の前で自分の髪を見ながら笑顔になった。今まであまり好きでは無かった髪。今彼女のおかげでやっと、美しいと思えた。


「瀬兎様、これを…」

 彼女は少し恥ずかしげに私に差し出した。

「手袋?」

「はい。瀬兎様のそのは、あまり出してはならない物の様に感じたので…余計でしたか?」

「いえ、ありがとう」

 私は手袋を受け取り、自身の腕にはめた。こんな些細な事に気がつく侍女を持っている塁様が羨ましい。

「では瀬兎様。お連れの方も準備は出来ていると思うので、舞踏会の会場へ参りましょうか」

「えぇ、そうね」

 塁様は、私達と話をした後、先に会場に行ったらしい。私の準備が終わった頃には、もう部屋には居なかった。


 芹の入った部屋の前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。なにを話しているのかまでは聞こえなかったが、侍女には聞こえていなかったようだ。

「さぁ、お入り下さい」

「え、えぇ…」

 私がその部屋に入ると、話し声は消えた。二人いると思ったその部屋には、なぜか芹しかおらず、既に着替え終わった芹が窓辺の椅子に腰を下ろしていた。

「あ、瀬兎。終わった…か」

「な、何よ!」

 彼は私を見るや否や、固まり、凝視した。そして自身の手で口元を抑え、少し頬を赤らめながらこう言った。

「いや、綺麗だな。と思って」

「なっ!」

 そう言われた途端、私も頬を赤らめたのだろう。自分が熱くなるのを感じた。

「ではお二方。行きましょうか」

「…あぁ」

「そっ、そうね」

 侍女は、私達の反応を見ても、顔色ひとつ変えなかった。見慣れているのだろうか…?

 いや、それよりも…落ち着け私。芹はもう既に通常に戻っているではないか。私一人恥ずかしそうにしていたら、怪しまれてしまう。

 私の少し前を歩く芹は、"タキシード"と呼ばれる物を着ていて、いつもの着物姿とは違い、背筋がしっかりとしていた。彼の黒髪は、前髪を全て後ろに回され、固められていて、赤い目がはっきりと見えた。その目は陶器のように真っ赤で美しく、いつもの彼より一段と格好良く見えた。

「ふふっ」

「なんだよ」

「芹も素敵だなって思って」

「…へ?」

 芹はおかしな反応をしたが、私はお構いなし、前を歩く侍女について行った。芹は少しの間固まって、足を止めていたが、やがて自我を取り戻したのか、早歩きで私達に追いついた。

「そりゃどーも」

「何よ。愛想がないわね」

 彼の適当な返事に腹が立ったわけではない。むしろ、服装が違ってもいつもと変わりない彼に、安心したくらいだ。


 私達は元いた部屋から外に出て、庭園を歩き、正門へと戻ってきた。来客者が次々と入っていく。

 天空島は、私達の風雅の都とほぼ同じ大きさなので、人口もそれなりにしか居ない。そのため、やはりと言ってはなんだが、来客者は思っていたよりも少ない。その割には、舞踏会が行われる大広間は素晴らしく広かった。

「ま、まぁ。この天空宮自体、大きいものね」

「そりゃそうだよな…」

 これには芹も驚いていた。中ではずっと音楽が流れていて、端には豪華な食事がずらり。来客者達は中央付近で、中に飲み物の入ったグラスを片手に、話をしていた。

 舞踏会と言うだけあって、同性同士で話している者はほとんどいない。


「女装大会第二位の方々です」

 私達が中に入ると、他の貴族が紹介される様に、女装大会で勝った者だよ。と、紹介された。

 女性も男性も、私達を見てヒソヒソと話し始める。いい事は言われていないんだろうな…と、芹と二人で思っていた。

「さてと、中に入ったは良いが、どうする?」

「舞踏会らしく、他の人達と触れ合った方が良いんじゃない?」

「んじゃ、別行動だな」

 二人だけに聞こえるように話をし、その場で別れた。すると、女性達の話し声は止み、男性達はもっと集まって話しはじめる。きっと、私と芹が、お付き合いをしていると思ったのだろう。

 芹と離れた途端。彼の周りに、女性達が群がりはじめた。

「はぁ…主人より目立つ従者も、問題よね。」

 こう言う場が苦手な私は、一人壁際に行き、溜息を付いた。

 男性達は何を話し合っているのか…節々に聞こえてきた

「誰が声をかける?」

「お前が行けよ」

 などなど…

 誰の事を言っているのやら、誰も話しかけに来ないから、私ではないのでしょうけど。



 結局、やる事がないので『壁の花』を決め込む事にした。

「レディ、私と踊りませんか?」

 隣にいた人が声をかけられていたが、私には見向きもしない。

「やっぱりこの髪のせいかな?」

私は無意識に、結われた髪を崩さないように触れた。綺麗にまとめて貰ったから、いつもよりは良いと思うのだけど…やっぱり赤毛は珍しいものね


 それにしても芹はもうすでに注目の的だ。女性が周りにいるのは分かるが…男性までもが、芹の魅力に引き寄せられている。

 知らない、彼の事なんて知らない。ただの他人よ。そうでなければ、主人を一人にはしないでしょう。



 しばらく一人で辺りを見回していた。怪しい者が居ないかと。

 でも聞こえてくるのは、同じく壁際に立ち、誰にも声をかけてもらえない女達の声。

「あの二人には縁談とかないのかしらねぇ」

「さぁどうかしら、そんな方見かけないし」

「何より。杏様は冷たい目をしていて、何にも興味がなさそうだし。塁様は元気があって良いけれど、少しうるさいからねぇ」

 どうやら王女達の話しをしていたようだ。この国の王女達は、女性にはあまり良く思われていないらしい。

 私はどちらも素敵だと思うけどなぁ。婚約者が居なければ王になれない訳ではない。けれどやはり後継の問題があるからなのだろう。

 私はそんな心配はしなくて良かったから、あの二人が何を思うのかはわからない。


「流石にお腹が空いてきたな」

 暫く何も考えずに立っていた私は、そう呟いた。

 コルセットでお腹がしまっているとはいえ、朝から何も食べていない私は、目の前に並ぶ料理によだれが出そうになっていたのだ。

「まぁ誘われないし、食べても良いよね?」

 近くにあった食器を取り、お皿にお菓子らしき物をのせた。

 お盆の前に"ケーキ"と書いてある。

 正直、朝から甘い物かよ。とは思ったものの、まぁ良いか。と自分に言い聞かせた。

「これで食べるのかしら?」

 ある程度料理をよそった後、何で食べるのかと、辺りを見回し、ちょうど良い長さの食器を見つけた。先端が三つに割れている…都では箸を使っていたから、こんな物は見たことが無い。

 それをケーキに刺し、持ち上げ、口に入れようとした時だ。


「本当にそれを食べるつもりですか?」

 私の腕は、顔の目の前で誰かに掴まれ、動かない。何が起こったのか分からず。目の前で止められたケーキを眺めていた。

「死にたいんですか?あなた」

 横から声がする。私は横目で確認した。

 芹は黒いタキシードだったのに対し、この人は、黒いズボンに赤い線の入った白いジャケット。肩から下がるマントを着ていた。本当に少しだけだけど、この国の物の名前が分かってよかった。私は都から出た事なくて、知らない事が多過ぎるから…

 と、いうかマント?貴族なのかな?でも、貴族がなんで私に?

「聞いてます?」

「え、あ…はい」

 顔を上げ、声のする方を見ると、私より少し背の高い、綺麗な男の人の顔があった。

 そもそも、私も背は高い方だ。それよりも背が高いって…まぁ芹はもっと高いけど

「あの…いつまで掴んでるんですか?私、食べたいんですけど…大体女性の腕を強く掴むなんて失礼じゃありません?」

 私はその男を、少し強く睨みながら言った。女性の権力が強いこの国で、こんな事をしてくる男性は、貴族以外に居ないだろう。それに私は他国から来た者だ。貴族なんかに絡まれる筋合いはこれっぽっちもない。

「失礼ですが、私はあなたに忠告しているのです」

「忠告?」

「はい」

「言ってみなさいよ」

「あなたがそれを食べないと言うのでしたら」

「…分かったわよ」

 私は手に持っていた皿を置いた。すると男はその皿を取り、私の手からフォークをもぎ取って、巡回していた侍女に片づけさせる。

「あーあ、勿体ない」

 昔、ろくに食べ物さえもらえなかった私にとって、食料は貴重なものだ。あとで絶対食べてやる。私の食事を邪魔した事、絶対忘れないんだから

「それで?なんの忠告なのよ」

「あなた妖でしょう?教えてもらわなかったんですか?食事の事。」

 男は私に顔を近づけ、私にしか聞こえない声でそう言った。

「ん?食事……あっ!」

 そういえば…路地道の子達が、パーティーでは妖が消えていると言っていたわね。今まで忘れていたけど…

 この男は私が妖だと思っているようだし、話しを合わせておいた方が良いかもしれないわね

「そうね。忠告ありがとう」

 そう言って、私が去ろうとした時、

「待ってください」

 また腕を掴まれた。

「なんなの。あなたにかまっているほど暇じゃないの」

「壁の花になっていたのはどなたですか?」

「うっ…」

 痛いところを突かれ、私は言葉に詰まる。

「ちょっと…いろいろとね」

 慌てて誤魔化そうとしたが、無理な事くらい分かっている。完全に怪しむ目をしているもの!

「少しだけ、良いじゃないですか?そこで踊るだけです」

「…私、踊れないのよ」

「えっ?」

 本当に恥ずかしい話。舞は出来る。出来るけど…この国では何の役にも立たない。ダンスなんて踊ったことは無いし…

「そうだったのですか…すみません」

「あなたが謝る事じゃないわ」

「でも!端で少しなら出来ますよね?」

 強引に引っ張られ、慣れないヒールを履いていた私は、あまりに急な動きに足を絡ませた。

「わっ!」

「だ、大丈夫ですか?」

 男は少し息を荒げ、心配した様な声を出していた。私は男に倒れ込む様な体制で、支えられていた。

「ご、ごめんなさいっ」

 慌てて体制を整えて、自力で立つ。

 でも…なんだろうこの感じ。なんだか落ち着く。まるで、昔から知っていたかの様な感覚。誰の目もなければ、暫くこうしていたかった。

 周りの者達が、私達を見て何があったのかと話している。もちろん芹もその中の一人だ。私はそんな芹に気付いて、慌てて男と距離を取る。

 それよりも、私が倒れ込んでもびくともしない体って…男性ってみんなこうなの?

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