第十三話 王女の秘密


 女装大会から開けること二日。とうとうこの日が来た。

 パーティーには無事参加する事が出来たけれど、正直憂鬱。私には、あの都での宴しか経験がないからだ。加えて他国のパーティー。気なれないドレスを着ての参加だ。

 このパーティーに参加しても、邪気を集めている奴らを見つけられない可能性だってある。そうしたら、私には損しかないのだ。

「パーティーって言っても、"舞踏会"だろ?」

「ぶとうかい…って何?」

 私は聞きなれない言葉に、頭を悩ませた。パーティーという言葉なら、なんとなく宴と同じような物だとわかるのだが…

「舞踏会は、本来ならこの国の王女が、相手を見つける為に開かれるものだ」

「本来なら?」

 芹は説明をしてくれたが、それだけでは当然理解出来なかった。

「あぁ。この舞踏会では、王女じゃなく、参加する者が相手を見つける為に来ているらしいからな」

「…そうなんだ」

 相手を見つける為に参加…か。私には関係ないな。だってこれからまだまだ旅を続けるし、結婚なんて、出来るとは思えないから

「だとすると、私達に参加する意味はないわね」

「何言ってるんだ!悪い奴らを見つけるんだろ?」

 何の為に女装大会で招待状を勝ち取ったんだよ!と芹に言われた。確かにそうだけど、私の気持ちも考えて欲しい…今まで散々、民に馬鹿にされていたから、こういう場所は嫌なんだって!


「芹くん。あまり大きな声でその話をしないで下さい」

「やっと来たか」

「お待たせしました」

 侍女姿の渼月が、私達を出迎えてくれた。

「こちらへ」

 はそう言って、私達を案内する。異国の者である私達は、ドレスを持っていない。だから、貸してくれると言うんだけど…


 天空宮に入り、渼月に案内されるがまま、進んでいると

「初めまして!」

 私達の目の前に現れた、白銀の髪に青い目の、活発そうな女性が、品良く立っていた。何を隠そうこの方は、王位継承権第二位のるい様だ。

「は、初めまして…」

「そんなに緊張しなくて良いのよ!」

 塁様は、私達の演技を気に入ってくださり、ドレスを持っていない私に貸してくれると言ってくれた方だ。まさか、王女様に貸してもらうことになるとは…

「塁様、私はこれで。杏様の準備をして参ります」

「うん。ありがとう」

 渼月は塁様に一礼し、去っていった。去り際、芹に

「あなたはこの部屋でどうぞ」

 と、芹を案内していた。良かった。芹も服を貸してもらえるみたい。

 私は少し息を整え、自分の目の前に立つ王女様に向き直った。そして、礼儀正しく頭を下げながら

「私のような者をお招き頂き、有難うございます」

 と、精一杯の礼を尽くす。

「顔を上げて。それに勝ち取った参加でしょう?」

「いえ、私はあくまで付き添いですので」

 こういう時は下からものを言うに限る。こんな所で失敗してはならないのだから。

「そんな事は無いわ。あなたの演奏、とても素敵だったもの」

 塁様は、落ち着いた声で私を褒める。あぁ、この人は…活発な様でも、やっぱりあの杏様と姉妹なのだと、この時思った。だって塁様の声があまりにも落ち着いていて、物静かだったから

「有難うございます。私のような者にそこまで言って下さるなんて…」

 ちょっとやり過ぎだとは思うけど、ここまでやらなければ、私の気が済まない。今までの扱いを思えば、こんなに歓迎されるなんて、光栄な事だもの

「流石にそこまで言われると、鬱陶しいので、素で話しませんか?ここには私達しかいませんし」

 やっぱり…やり過ぎていたようだ。

 塁様は私を自身の部屋へと招き入れた。そこは、お香らしき香りが漂う、綺麗な部屋。都とはまた違った雰囲気の天空宮に、私は目を輝かせた。

「ふふっ。こっちです」

 だが、入った部屋から案内されたのは別の部屋。そこにはドレスがびっしり並んでいて、部屋ごと置き場になっているようだ。

「す、凄い…」

「ドレスは、初めてでしたよね?渼月から聞いています。」

「は、はい」

 塁様は自身のドレスの中から、何着か選び出し、鏡の前で私に合わせた。

「うーん。いまいち良くないわ。」

 塁様は、私のドレス選びに頭を悩ませているようだった。

「まさか、あの狐の面の子が、赤髪だとは思わなかったわ」

「す、すみません。」

「どうしてあなたが謝るの?あ、そうだ!あなたが選んでよ。私にはあなたが似合う物がわからないから」

 確かに、塁様の白銀の髪では、私の赤髪に似合うドレスを持っていないのも当然だ。それに初めてあったから、印象と違ったのも頷ける。


「えっと…じゃあ、これで」

「えっ!これで良いの?」

 私が選び出したのは、あまり裾の広がっていない、赤と黒が混じり合ったドレス。肩の部分が隠れているのが決め手。

 塁様の部屋に一つだけ、彼女に似つかわしくないドレスを見つけたのだ。

「えぇ、多分私にはこれが合うと思います」

 そう言って鏡の前でドレスを合わせた。

「…確かにこれが一番良いわね」

 塁様は、自身の頬に手を添えながらそう言った。

「じゃあ、これで決まり!私の侍女を呼ぶから少し待ってて!」

 彼女は近くに置いてあったベルを鳴らし、侍女を呼んだ。

 どこかで待機をしていたのか、侍女はすぐに来た。

「お呼びでしょうか」

「この子にこのドレスを着せて」

「かしこまりました」

 塁様は、侍女に私を任せて自分は隣の部屋に行った。正直、知らない者と二人きりなんて耐えられないが、仕方ない。何が起きるかわからない外の世界で、ただでさえ芹と離れているのに、この国の鍛えられた侍女と二人きりとは…なんて事でしょう。


「そこに立って、服をお脱ぎください」

 私は何かされるのではないかと身構える

「はぁ…なぜ塁様があなたをお呼びになったのかは理解しかねますが、そう警戒しないでください。」

 警戒するなと言われて、しない方がおかしいではないか。たかが着替えるだけかもしれない。だが、私は着替えと称して殺されかけた経験が数え切れないほどある。女官が稷になってからは無くなったが…

「脱いでくれなければ、着替えさせることも出来ません。そこまで警戒なさるのでしたら、ナイフを持っていないか、触ってもらっても構いません。」

 流石にそこまで言われて、確認するほど怖がりではない。例え何かあったとしても、私なら対処出来るだろう。裸で逃げ出す羽目になる事だけは避けたいが…

「わかった。進めてくださる?」

「承知しました」

 私は黙って彼女に従う事にした。


 シュルッ…シュルッ


 着物を脱ぐ音だけが、部屋から聞こえる。

「ほら脱いだわよ」

 襦袢じゅばん一枚になった私がそういうと

「失礼します」

 侍女は私に薄い服を、襦袢の代わりに着せ、その上から何やら硬い物を当てた


「うっ…いたいっ!」

「辛抱して下さいまし」

 硬い物を当てられた上に、それを際限なく縮められ、私は内臓が潰れる思いをした。

「はぁ…はぁはぁ…っ」

 何なのよこれ、この国の女性はみんなこれを着ていると言うの?

「なんなの…これ」

「これは"コルセット"と言いまして、外型を整えるのに使っています」

「みんな…?」

「はい。ドレスを着る際は」

 あぁ、終わった。逃げられない。こんな物を着ていては、息が苦しくなってしまう。

「もう少し緩められないの?」

「出来ますが…正直、あまり変わりませんよ?」

「うっ…」

 それを聞いて、私は諦めた。耐えよう。こんな事くらい、耐えて見せよう。私は自分に誓うのであった。


「ではこちらに足をお通し下さい」

 その後、ドレスを着せらた。やはり、私を殺すような仕草は無かった。ごめんなさい。あなたを警戒してしまった事を謝るわ。

「完成致しました。

「えっ…まだあるの?」

「えぇ、その四方八方に散らかった髪を整え、飾りも用意しなくては」

 あ、今こいつ。私の事を馬鹿にした。前言撤回!やっぱり謝りたくない!

「さぁこちらにお座り下さい」

「これを着たまま座るの?」

「大丈夫です。座れますから」

 早く、と催促され座ったは良いものの…やはりお腹が苦しい。すぐに椅子から立ち上がりたかったが、既に髪を弄られていて、動けない。

「さて、どのようにしましょうか?ご希望はありますか?」

「何が合うのか分からないから、好きにして」

「……わかりました」

 今の間は…何だったのだろうか?私はそれ以上、何も気にしない事にした。


 髪を弄られている間、私達は一言も離さなかった。私は鏡の前で結われていく自身の髪を見て、華流亞の様な綺麗な桃色だったらと、少し溜息をついた。

「何かあったのですか?」

 やっと口を開いた侍女がそう言った

「妹の髪は桃色なのにな…って思ってたの」

 私は正直に答える

「…あなたの髪も十分美しいですよ?」

「ありがとう…」

 お世辞でも嬉しい。都では赤髪は不吉なものだから、民からも嫌がられていた

「いえ、本当に美しいです。まるで本に出てくる王みたいに…」

 え?今なんて?本て、あの本のことかしら?

「王って?」

 私は気になって聞いてみる事にした。

「え?王は王ですよ。妖の王。あなた、妖ですよね?」

 当然でしょ?とでも言うように、さらっと答えた。挙げ句の果てに妖だと思われている。

「なるほど…残念だけど、私は人間よ?妖の力に抗えない程には…」


 カランッ

 私の髪を溶かしていた櫛が落ち、束ねていた手を離され、一気に髪が落ちる

「…え?嘘」

 彼女は私を見て萎縮した。そして一二歩引き下がる。私が人間だと知って襲われると思ったのかしら?

「私は人間だけど、妖を殺したりはしないわ」

「やめて下さい!そう言って、何人も殺した人間が居るのです」

 相当怖い思いをしたようね…足が震えている。

「はぁ…殺すのならもうとっくに殺しているわ。それに、あなたは私が妖だと思って言ったのでしょう?」

「はい。だって妖を連れていますし…」

 ほう。そこを見抜けたのは褒めてあげよう。でも、私の霊力は見抜けなかったか…

「妖であるあなたが、ここで仕事をするのは危険ではないの?」

「危険です!でも塁様がいるから大丈夫なんです」

「どうして?」

 私は彼女に問いかけた。もちろん返事は返ってこない。その代わり、別の者から返事が返ってきた。


「私が妖だからよ」

 塁様だ。彼女は私に、妖の姿の目だけ見せた。

「塁様…が?」

「えぇ。」

 なんでも塁様は、あの渼月。いえ、鵺が人々の記憶を変えて作り上げた王女らしい。今は王位継承権第二位だが、いずれは杏様を抜き、女王にするつもりで。

「鵺は、この国を妖に支配させるつもり?」

「いいえ。あの方は私にこう言いました。」

 塁様は、静かに目を閉じ、また私に向き直った。

「この国の悪者を叩き潰した暁には、この国を杏様と出て行きます。

 その時、人間ではこの国を抑えられない。だから最も信頼のおける私の眷属であるあなたを王として立てます。全てが終わったら、必ず迎えに来ます。とね」

 彼女の言った言葉が正しければ、渼月は杏様とこの国を出るつもりらしい。だから女装大会も最後にしたのだ。彼は本当にこの舞踏会で決着を付けるつもりらしい。いくつも気になる事はあるが、今は聞くべきじゃない。

「…分かったわ。やっぱり私も奴らを捕まえる為に動いた方が良さそうね」

 渼月の作戦は、楽しそうだとは思っていたが、本気でやろうとは思っていなかった。けれど、ここまで話をされては、やらない訳にはいかない。本気で探してみますか…


「あなたはどうしてこの国へ来たの?」

「…あなたが鵺の眷属なら、赤城を知っているでしょう?」

「っ!えぇ、もちろん。まさか…?」

「赤城は私の師匠なの。彼女は私に王を探す事を託した。だからここへ来たの」

「…そうですか」

 そう答えた塁様は、どこか悲しげだった。仕方ない。だって王は死んで、亡骸も無くなっていたのだから、生きているはずがないと思うのは当然だ。

 でも私は、まだ師匠が諦めていないなら、探してみようと思っている。だからここへ来たのだ。どの道、ここを通らなければ、他へは行けなかったし。


「あなたは、鵺様がどこにいるのかご存知ですか?」

 不意に塁様にそう聞かれ、私は内心焦った。知っていると答えるべきか、そうではないか、分からなかったからだ。けれど、どちらで答えても駄目なら真実を言う方が良いと思う。

「知っているわ」

 私は真っ直ぐ塁様を見ながらそう言った。塁様は驚きもせず

「そうですか」

 ただ一言だけ返して、

「さっさと終わらせて下さい」

 と、侍女に言い、隣の部屋へ消えた。

 そしてまた、侍女が私の髪を結いはじめる。

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