第十二話 優勝候補の実力

 そして順番は回り、とうとう渼月の出番が来た。私は芹を置いて、一足先に客の中に紛れ込む。今度は白い外套がいとうを羽織っているから、誰もさっき三味線を弾いて者だとは思わないだろう。

「さぁお次は最後です!皆さんお待ちかね!今年も優勝掻っ攫っていきます。優勝候補、楓!

 今年はなんと!最後の年らしいので、逆に初々しく、桜舞う可憐な少女を演じていただきましょう!」


 え、今最後って言った?どうして?

「え、最後なのー?」

 どうやら観客も、私と同じ事を思ったらしい。でも良かった。最後の年にたまたま見ることが出来て。

 でも、これを最後の出場にして、この先はどうするのだろう。杏様の元にずっと居るのかな?うん。後で聞いてみよう。


 さて、舞台に上がった渼月はというと、淡い桜色の着物を着て出てきた。

 私は正直、度肝を抜かれた思いだった。これ程までに可憐な男性が、この世にいて良いのだろうか?

 確かに鵺なら、色々な人を演じる為に、こんな姿になる事もあるだろう。だが、その時はきっと『変幻』をしているはずだ。だが、今の彼は鵺の要とも言える術を行使していない、本当の彼の姿。なのにあの可憐極まる姿はなんなの?女の私より綺麗じゃない!

 彼が隣にいても、目立つことが出来る女性はこの世に何人いるのだろうか?そのくらい、渼月に対する衝撃は素晴らしいものだった。


「きゃー!楓くん可愛い」

 黄色い歓声も、私たちの時とは比べものにならないくらい飛び交っていた。もうこれに負けるのなら悔いはない。だが、責めて二位には入っていたい!

 この時私は、既に女装姿のの虜になっていた事に気づかなかった。

「皆さん、今までありがとう。僕は今年で終わりにしようと思い。今ここで声を出しています」

 渼月の口から発している、甘く美しい、男性にしては少し高い声。彼は今まで、女装の定着の為に大会では話す事は無かったのだろう。やはり最後は特別なのだ。

「で、では…初心に戻って…」

 渼月は、舞台の中央で、少し恥ずかしい様に頬をほんのり赤くしながら言った。

「は、初めまして。私は楓です。皆様、私の姿はお気に召していただけましたか?どうか優勝まで導いて下さい!」

 芹と同じ様に、本当の名前は避けていた。彼は杏様の護衛だから、当然の事だろうが…

 ずるい。非常にずるい。あんな初々しい顔で優勝まで導けと言われたら、そうするだろ普通!え?私の考えが普通じゃないのかな?


 私は不意に、杏様の顔を伺った。舞台の横に建つ、大きな塔の中にいる杏様は、心なしか笑っている様に見えた。やっぱり杏様は、渼月が男だと言う事を知っているんだ。

 だけど…天空宮に入れる男性は、婚約者だけだったはず。でも渼月は鵺だから、人間とは結婚しないだろうし…ならば、どうやって出会ったというのか?気になるところだ。


 渼月の出番が終わり、投票の時間に入った。出演者として出た私に投票権は無いが、あったら渼月に入れるだろう。芹の演技も悪くは無かった。だけど私は、やはり一番渼月が良いと思ったのだ。

 結果発表まではあと一時間ほどある。渼月に色々聞きたいことがあるから、舞台裏に戻ろう。


「瀬兎。」

「ひゃいっ⁉︎」

 後ろから突然話しかけられた。驚いて振り向いた時、そこに居たのは、既に着替えた芹だ。不満そうな顔をしている。

「ちょっと!普通に話しかけてよ!」

「はぁ…ずっと声をかけてたのに、渼月の方を見て目を離さなかったんだよ」

「んなっ!」

 そ、そんな事…ある訳ない。あってはならない。だが、芹の顔を見れば、それが真実という事くらい私にも分かる。また、怒らせちゃったかな?

「芹…ごめん。」

「いや、別に良い。分かっていた事だから」

 そう言った芹は、どこか寂しげだった。芹が私を大切にしてくれているのはよく分かる。だけどこれは恋愛の様な好意ではないと思う。単純に守るべき人、ただそれだけな気がする。

 なのに、どうしてそんな顔をするの?今の芹の顔を見ると、なぜか私も寂しくなって、芹の着物に手を伸ばした。

 が、寸前のところで芹に腕を掴まれた。

「瀬兎、何か俺に話すことはないか?」

「へ?」

 芹は怒ってはいない。だが、私を突き詰める様な目をしていた。彼の霊気は、周囲を警戒しているのに、目だけは、しっかりと私を見つめている。

「あ…」

 なぜ芹が周囲を警戒しているのかと、自分に問い詰め、思い出した。

 そうだ、都の兵士が来ているかもしれないんだった!

「せ、芹!こっち!」

 私は咄嗟に芹の腕を掴み返し、急いで舞台裏へと逃げた。



「それで?」

 舞台裏に隠れ、誰も居ないのを確認したところで、芹がもう一度私に問いかけた。

 私は先程、質屋のお兄さんに言われた事を話す。


「黙っていてごめんなさい。でも芹の演技を邪魔をしたくなかったの」

「…いや、それは良い。しかし、さすがと言った所だな」

 芹は、私の話を聞いても驚く事はなく。どういうわけか、感心していた。その顔は心なしか楽しそう。

「ここまで来れたのは賞賛に値するな。だが…」

 芹は一人で呟いていた。そんな芹を横で見ていた私は思った。やはり彼は妖で、人間が恐怖を感じるのは分かる。だって彼の顔が少々不気味な笑みを浮かべているのだ。

「だが、そう易々と捕まえられると思うなよ。殺せると思うなよ。お前ら如きに殺されるほど、俺は弱く無い…」

 そう。強く主張していた。芹は私を守る事を視野に入れているだろうか…少し、心配になった。だけど芹は私を置いて逃げる様な人物では無い。だからそこは心配無いだろう


「あ、瀬兎。」

「何?」

 芹は突然我に返って、私にこう言った

「お前、渼月だけはやめておいた方がいいぞ」

「え?」

 それは…仲間にするなという事か、はたまた恋愛の対象としてか、私にはそれを察する事が出来なかった。

「なんで?」

「何でもだ。俺はあいつを妖として、四天王としては認めているが、人間性だけは認められないからな」

「どういう事?」

「それは…いや、何でもない」

 過去の渼月に何かあったという事か?もしくは相当なロクでなしか…

 どちらにせよ。芹が渼月を妖として認めているのであれば、私は旅の仲間に欲しいのだ。

「それでも私は渼月を仲間にしたい」

 背を向け、少し離れたところに立っている芹に、私はそう言った。彼は私を一瞥いちべつし、また背を向けたが、

「そうか」

 発した言葉はそれだけだった。



 暫く私達は二人で静かに過ごしていた。話す事もなく、私は渼月に聞きたい事もあったが、動けずにいた。芹がずっと私の手を握っていたからだ。私が一人で行動して、兵士に見つかるのを恐れているのか、先程からのどこか切ない思いなのかは分からない。ただずっと黙って手を握っていた。


「さて、投票結果が出ました!」

 子狸の声が聞こえる。もう一時間経ってしまったようだ。

「行かなきゃか…」

「うん」

 私達がみんなの所に行くと、出場者達が舞台裏で並んでいた。

 出場者は演技との差を見せる為に、女装ではない普通の姿に戻る。当然、芹も渼月も普段の服装だ。だけどやっぱり、文化が違うのか、全く違う服を着ている。

「やっぱり、着物を着てるのは芹だけね」

「ま、俺たちは異国のもんだからな」

 女装姿の時は着物を着ていた渼月ですら、今は白が多めのふんわりした男性服を着ていた。


「さぁ、第三位から発表致します。表彰された方は出てきて下さい。」

 子狸が、第三位から発表した。三位は、町で人気のお食事屋さんの店長らしい。やっぱり普段から人気な事もあって、沢山の投票が入ったようだ。これって、私達…不利じゃない?


「お次は第二位!…花魁槇です!」

「やった!」

 私が喜んでいるのに対し、無表情の芹。当然の結果の様な顔をしている。

「…まさか芹。何かした?」

「は?するわけ無いだろ」

 本気で、真顔で言い返されたら何も言えないじゃない…当然、不正なんてする奴じゃないこともわかってる。だけど、そんな当然の様な顔されたら、ちょっと疑ってしまうじゃない?

「え…と、芹。さぁいってらっしゃい!」

 私は無理矢理、自分の顔を笑わせた。そうでもしなければ、芹を前には送り出せなかったのだ。

「瀬兎は行かないのか?」

 だが、芹はやっぱり寂しげな顔で私を求めた。

「私が出て何になるわけ?邪魔なだけよ」

「…どっか行くなよ?」

「分かってるわよ!」

 何を今更心配しているのか。私は確かに一人で動いてしまう時もあるけど、そこまで子供じゃない。芹が見つけられないところへは行くはずがないのだ。


「瀬兎ちゃん。芹くんは、あなたの事が好きなのですか?」

 芹が舞台に上がった後、私の隣に来た渼月にそう言われた。

「ふふ。そんなに不快そうな顔をしないで下さい」

「…えっ?」

 どんな顔をしていたんだろう。慌てて顔を隠す。というか…芹が私を好きだなんて、そんな事。あるわけ無いじゃない。何言ってるのよこの人は!

「そんな仕草をされたら、あなたを襲いたくなってしまう」

「は?」

「ぷはっ!本当に面白い人ですね。表情が次々に変わる」

 か、からかわれてる…芹が渼月だけはやめた方が良いと言った理由がやっと分かった。確かにこいつ、なんか虫唾が走るわ。


「そして、映えある第一位は…楓!二位と差を圧倒的に見せつけ、堂々の一位です!」

 一位に輝いたのはやっぱり渼月。彼はゆっくりと舞台の方へと向かっていた。霊気の残像が残るかのように優雅に…

「ま、当然の結果ですね」

 本当に余裕の表情をしている。ずるい…「最後」という言葉は本当にずるいと思う。

 ふとまた杏様の様子を伺った。杏様は渼月が一位になったという結果だけ聞いて、その場から姿を消した。杏様からしても、当然の結果だったのだろう。

 渼月に勝てるなんて微塵も思っちゃいない。けど、これが当然の結果ならば、私達の創意工夫は何だったのだろうか。

 私はこの時、ほんの少しでも、渼月の女装姿に心躍らされた事を、後悔した。


 こうして、パーティーへの招待状を手に入れはしたものの、私は渼月に対して劣等感を抱くのであった。

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