第十一話 二人で力を合わせれば

「何をしているの。さっさと始めて」

 会場中に冷めた空気が通った。どうやら杏様は物凄く機嫌が悪いらしい


「…いつもの事ですよ。今日は僕が朝から忙しくて、起こしに行けなかったんです。他の侍女が起しに行くといつも機嫌が悪いんです」

 杏様の機嫌が悪いのはどうでもいいとして…私が気になったのは一つなんですけど

 侍女が起しにきてくれるなんて、なんて優遇なんでしょう⁉︎

 私なんか起しに来てくれたことも無ければ、自分で行かなければ朝食も食べられなかったわ!これぞまさに差別と言えるわね…


 私が一人がっかりしていると、芹に手を肩に置かれた

「すまない瀬兎。俺らも忙しくて…」

「いや、良いの。ちょっと羨ましいとは思ったけど…」


「で、では!そろそろ最初の参加者に出ていただきましょう!

 エントリーNo.一番!最初からド派手に行きますよ!騎士三姉妹!」

 慌てたような子狸の司会で、最初の参加者の出番が始まった。私達は舞台裏で自分の出番を待つ。先に控え室から出て行った渼月も、今は隣にいる。


「なぁ姉ちゃん」

 暇だったのか、朔が私に話しかけてきた。

「なぁに?」

「姉ちゃんの霊気、なんか僕のと違うけど、どうして?」

「…っ!」

 まずい…こんな子供に気づかれるとは思わなかった。芹もすっかり硬直してしまっている。

 なんとか誤魔化さなければ…

「えっと…多分妖の霊気だと思うわ」

「何で?」

「私、ずっと妖達といるから、少しだけ移ってしまうことがあるのよ」

「ふーん。そっか」

 良かった。どうやら誤魔化せたようだ。

 しかし、私の言葉が通じたのは朔だけだった。渼月とお兄さんは私をじっと見つめている。渼月に至っては、目が死んできている。

「なるほど、だから瀬兎ちゃんは見つけやすかったんですね」

 その発言で、私の中の整理がついた。渼月が私の所に来るのは、私の霊力のせいで、見つけやすかったからなのかと。それなら暇ではなくても尾行らしい事をできる。

「そんなに警戒しないでください。瀬兎ちゃんの霊気が、人間と妖の混ざり合った物だったので、変な空気をまとっていたんですよ」

 どうやら私は少し身構えてしまっていたらしい。行動にこそ出てはいないが、渼月の事だ。霊気で感じ取ったのだろう。

 風雅の都では、妖は弱い者ばかりだったし、人間達もそこまで正確に霊気を感じ取る力が無かったから油断していた。きっと旅に出て三日ほどで沢山の事があったのは、私の霊気のせいなのだろう



 私達が舞台裏で話をしている間に、どんどんと女装大会は進んでいった。

「あ、僕そろそろ出番だ」

 朔がそう言って舞台裏の前の方に走って行った。皆んなが衣装を隠す為に黒い布を羽織っている為、すぐに見失ってしまう。

「俺もそろそろだから行くか」

「そうね。私も出なきゃだし」

 そう言って、私達も前の方に行こうとした。


「嬢ちゃん。ちょっと待ちな」

 お兄さんが私を引き止めた。芹には先に行ってもらい、話を聞く事にする

「どうしたの?」

 少し深刻そうな顔で話し始めた。

「あんたが売りに来た物、全部に『追跡術』がかかっていた。全部消しておいたが、大変だったぞ」

「あ…ありがとう」

 忘れていた。追跡の術がかかっているから売りなさいと、師匠に言われていたんだった。

 あんなにあった飾り物の術をたったの一晩で解いてしまうなんて…やっぱり凄い。

「何があったかは聞かないが、俺の店に兵士のような男どもが入ってきた」

「え…?」

 その言葉を聞いた途端。私の背筋に冷たい物が走った。風雅の都の兵士だろうか…いや、それ以外に私を追って来る者など居るはずがない。

「忠告はしておくからな、気をつけろよ」

「わかったわ」

 お兄さんの忠告を、もちろん受け流す筈もなく、私は心に留めた。きっとここに長居をするのは危険だろう。だけどやるべき事があるからそう簡単には次に行けない。なら、最も危険が少なく、最速で事を終わらせる方法を考えるだけだ。




「さーて次に参りましょう!

 今宵は主人を守る剣を捨て、可憐に舞う花のように、花魁道中見せましょう。

 エントリーNo.二十四番。花魁、槇!」

 まきは、私が適当に付けた名だ。何にも関係していないから、もし都からの兵士が居たとしても、女装しているのが芹だとは思わないだろう。


 しかし、司会の話に台本なんてない。登録してある名前と、テーマに沿って子狸が紹介をする。要は、どちらにとっても無茶振りである。

「芹、作戦通りにね」

「あぁ、分かっている」

 例え兵士が居たとしても、やる事は変わらない。多少の危険を犯してでも、最優先すべきは、パーティーに参加する事。

 芹の集中を削がない為に、兵士がこの国に来ている事は、言わない事にした。


 花魁道中。私達の計画ではやるつもりはなかったが、司会に言われてしまった以上、やらざるを得ない。

 急遽、動きを変更し、先に私が入る筈だった所を後から入る事にした。舞台に立ち、客に姿を見せる芹。さっき履いた高い草履のせいで、背が高く見え、客に驚かれている

「なんだあの背は、何を履いているんだ?」

「花魁道中ってなんだっけ?」

 と、そんな会話も節々に聞こえて来る。

 芹はそんな事はお構いなしに、さっさと黒い布を取る準備をする。

 頭に被さった布をそっと取り、沢山の簪が刺さった髪と、化粧をした顔を露わにする。

「おお〜」と会場中が騒ぎ立った。

 それもそのはず。化粧をした芹は、とても男性の顔とは思えない程綺麗で、整っている。それでいて女性の化粧とは少し違う、花魁の派手な化粧も似合っているのだ。

 私は会場の客が芹に目を向けている隙に、狐の面を装着。これは都の闇市で使っていた物だが、どこでも使えて意外と万能。

 お次に、芹が布の留め具を外し、背後に立つ私に投げ下ろす。私はその布を羽織り、自身の赤毛を隠すようにして被る。私の赤毛は目立つからだ。それにこんな事で兵士に見つかっては元も子もない。

 花魁姿の芹は、とても凛々しく、気高い様子。しかし芹とて、花魁道中なんてやった事は無い。

 だが、さすがは芹。やった事がないことも、一度見ればそれなりに出来る。この中には花魁道中なんて見た事がない者がほとんどだ。だから誤魔化せる。

 器用にこなす外八文字は、都で見た本物とはほど遠かったが、それでも初めてにしては、まるでやった事があるかの様な動き。それに合わせて動く何十にも重ねた着物も、とても優雅に見えた。

 客の表情も、驚きと物珍しさで、まずまずな所だ。

 シャン。シャン。

 と、芹のゆっくりと歩く速さに合わせて、私が後ろから鈴を鳴らす。私が出てきた事に客は少々驚いていたが、すぐに出場者ではなく、お付きの者だと理解したようだ。何せ私が黒い布を被って狐の面をしていたものだから


 さて、芹は舞台の中央まで歩いたところで止まった。そこから高い草履を脱ぎ、飛び降りた。もちろんこれは、運動神経の良い妖の芹だから出来る芸。こんな事を普通の人間がやったら、きっと何十にも重ねた着物の重圧で、着地時に脚が折れてしまうだろう。無論私にも、出来るわけが無い。

 と、少々技を披露した芹に見惚れている暇もなく、私は芹が脱ぎ捨てた高い草履を回収し、結界の中にしまった。もちろん、客に見えないようにこっそりと。


 私が舞台の後ろの方に座ると、芹がチラッと私の方を見た。私も芹を見返す。これは合図だ。「準備は出来たか?」と言う芹の合図。

 私は黒い布の下に隠していた、三味線を取り出し、構える。

 さぁご覧なさい。私の音と、芹の舞を!


 テンテン、テレレンテン

 私が三味線を弾き始めると、それに合わせて芹が舞う。

 私が何故、三味線を弾いているのか。答えは簡単だ。出来るからだ。都では相手にされていなかった私も、教養の為に、舞を習っていた。芹はそれを見て覚えたのだろう。昔、山奥で一度舞ったことがある。

 都では三味線までは教えてくれなかったが、私は舞なんかよりも、雅楽ががくの音が好きだった。故にこっそりと教えてもらっていたのだ。こんな私にも教えてくれる者はいた。それだけは本当に良かったと思う。


 途中、客の顔を伺った。芹の綺麗な舞により、客はみるみる目に輝きを灯していった。成功だ。この国では、舞は珍しい物だと踏んだ私の勝ち。

 さらに追い討ちをかける為に、私は少し音を変えて弾いた。芹はそれを合図に、手を自身の胸の前で合わせ、それから高く広げる。

 芹の手から沢山の小さな花が舞った。もちろん幻影だ。

 何故こんな事をしたのかと言うと…もし、この客の中に邪気を集めている犯人が居るのだとすれば、芹を逃しはしないだろうし、何より綺麗だ。女装大会において、これ程綺麗に際立たせてくれる物はない。


 テテン

 そしてそのまま終わりを告げる。芹は深々とお辞儀をし、客を背にして退場する。

「わぁーっ!」

 と、会場中が、王女二人が登場した時の様に、大きな歓声が鳴り響いた。

 芹は振り返り、またお辞儀をする。今度は私も一緒に。そのまま舞台の幕の中に消える。

 次の人の邪魔にならない様に、奥まで歩いた。皆んなが私達を見ている。優勝候補の渼月意外でこんなに歓声が響いた者は居なかったのだろう。

 私は一番奥まで辿り着くと

「芹!やったね!」

 と、狐の面を外し、芹に飛び込んだ

「うわっ!」

 芹は私が飛び込んだ反動で押し倒され、尻餅をついたが、重なった着物のお陰で痛くなかった様子。

「あぁ、やったな」

 と、すぐに笑い返してくれた。そして、私が羽織った黒い布の上から、芹の大きな手が私を押さえ付ける。

「やっぱり瀬兎は凄いや」

 芹の手は、私の頭をゆっくり撫でた。私はほんの少し、頬を赤らめる。

「凄いのは芹よ。私が一度しか見せたことのない舞を、完璧にやりこなしていたんだもの」

「ははっ。昔から覚えるのだけは得意でな」

 そんな会話をしながら、全く誰の目も気にせずに、ただ触れ合っていた。

 渼月の冷たい視線を浴びるまでは

「仲が良いのは何よりですが、芹くんは瀬兎ちゃんが主人だと言う事を忘れているんじゃ無いですか?」

「いやっ、これは……すみません。」

 慌てた様に言う芹。

 芹から見れば、鵺である渼月は格上の存在。頭が上がらないのは当然だ。ただ、決して謝る必要はないと思う

「これは私が許していることよ?」

「…そうですか。なら良いです」

 目を閉じて笑う渼月の威圧感は半端なく大きい。その笑みに裏があるのか無いのかも、全く分からないのだ。

「では見ていて下さい。あなた達が喜ばせた客を、僕の手でさらに盛り上げ、あなた達の事など忘れさせてあげますから」

 うん。やっぱりちょっと怒ってるよね?半開きの渼月の目からは強い意志が見えた。どうやら本気で私達を潰そうとしているらしい…

「な、なぁ瀬兎。本当に鵺と一緒に旅をしたいのか?」

 すっかり萎縮してしまった芹が問いかけてきた。

「もちろんよ!」

 そう。張り切って言ったは良いが、果たして本当に私の望む結果になるだろうか?渼月が行かないと言えば、私達はそこで、この先の未来を路頭に迷う事になる。それでも渼月を連れて行く事への希望が見えているのなら、私はそれにけたい。

 しかし…流石は妖四天王と言ったところか、確かにあれ程の存在感があれば、多くの妖をまとめ上げることは容易いだろう。ならば、妖の王は、渼月なんかよりもっと凄いのだろうか。

 私は少しの期待に胸を膨らませるのであった。

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