第十話 女装大会

「さぁ、今日は勝負の日よ!」

「張り切りすぎだろ」

 女装大会なんて、面白いの他に言葉が思いつかない。だって普段剣とか持ってたりする男達が、この日の為に女の格好をして、可愛さを競い合うなんて、想像するだけで心が躍る。

「芹の順番は渼月より前ね。やった優勝候補を見れるわ」

「お前は渼月が見たいだけだろ。好きそうな顔してるしな…あいつ」

「あら嫉妬?」

「しねーよ。」

 そんな言い合いをしつつ、芹の女装の最終確認をする。うん、我ながら完璧!


 この女装で思い描いたものは『花魁』

 芹の顔では、可憐な乙女は演じられないので、少し癖のある花魁にした。そうすれば、カッコよさも主張出来るから

 それにしてもこの大会、本当に妖が多いみたい。霊力をたくさん感じる。


「さーて!それでは開催致しましょう!今宵は武器を捨て、可憐な乙女を演じる男達を、とくとご覧あれ!」

 この前の子狸が前に立ち、司会の合図で一気に会場全体が沸いた。

 どうやらそろそろ始まるらしい。

「ではまず紹介しますはこの二人!王位継承権第一位、杏様!」

 うわーっと、大会を見に来た男達が騒ぐ。中には

「杏様〜!今日もお美しいー」

 と、声を上げる者も。杏様はというと、ニコッとだけして自席に座る。確かに美しい。杏様の隣には、渼月の姿は無い。この大会に出るからだろう。

「お次は、王位継承権第二位、累様!」

 こっちもまた、大きな歓声が響き渡る。天空の島の王女達、人気…

 累様は、杏様とは違い。手を振って歓声に答えた。姉妹なのだろうか?だが、性格は真反対なのかもしれない。杏様は静かに座り、あれからニコリともしないのに対し、累様は終始目をキラキラさせている。きっと杏様はこの大会に興味がないのだろう。




「完成度の高い奴と、面白半分な奴がいるんだな」

 隣にいた芹が、会場の裏にいる参加者達を見てそう言った。確かに、あれを見て笑わない者はいないだろう。

 顔は化粧をして、しっかりドレスも着ているのに、ドレスから出ている腕は、力仕事の証とも言える筋肉が丸見えだ。

 芹も結構筋肉質な為に、それを隠せる着物にしたのだ。私達が一番着なれている服っていう意味もあるけどね

「当たり前だよ。みんな僕に勝てると思ってないんだから」

「うわっ!また出た」

「またって失礼だな〜」

 後ろからヌッと入ってきた渼月に、芹は驚いている。私はもう何だかんだで慣れてしまった。


「今日は瞳が青いのね。」

「この大会は変幻をしちゃいけないんじゃないのか?」

「瞳の色くらい大丈夫だよ。僕は毎回姿を変えて出場してるしね」

「た、確かに…」

 質屋のお兄さんに見せてもらった写真を思い出した。誰にも同じ姿を見せないというのは、彼の流儀なのだろう

「それに…」

 辺りを見回しながら彼は続けた

「この国の人間は、少しなら変幻出来るしね」

「えっそうなの⁉︎」

「うん。羽をつけたり外したり」

 そう言いながら、自身の羽を上下に揺らす。確かに、飛ぶ時以外は邪魔なだけだ

「ま、外す事が出来ない連中も居るがな」

「あ、質屋のお兄さん!」

 後ろから声をかけられ振り返ると

「よっ!」っと、手を挙げ笑うこの人は、先日、大量の飾りを買い取ってもらった質屋のお兄さんだ。


「やぁ、この子が大会に出るのかな?」

「…」

「芹、そんなに警戒しないの」

「妖の匂いがする」

「ま、俺も妖だからな」

 するとお兄さんは、何故か得意げに笑う。先程から芹が睨んでいるけどお構いなし。

「渼月、この子達とは仲良くなったのか?」

「まぁ…芹くんはなかなか警戒を解いてくれませんけどね」

「…当たり前だ。俺は瀬兎を守らなきゃならん」

「ほぉ、護衛か。嬢ちゃん貴族様だもんな」

「…っ⁉︎」

 芹に驚いた顔で振り向かれ、私は「あはは」とその場をにごした。仕方ない、だって芹は、私が貴族だと話した事を知らないのだから。

 だが、そもそも芹が護衛だと言わなければ、そんな話もしなくて済んだのだ

「ところで、お兄さんも出るの?」

「あぁ、息子がな」

 先程まで後ろで隠れていた子が前に出てきた。しかし、子供がいたとは…

「まぁ可愛い!」

「気安く触んな人間が」

「なっ!」

 頭を撫でようとして、私の手は彼に払われた。冷たく人間を恨む目をしている

「いや…確かに私は人間だけど」

 そーんな言い方しなくても良くなーい?確かに初めてあった子の頭を撫でる行為は軽率過ぎたけど…


「お前…この大会に出るのか?」

「…はぁ?」

 いや待てなんだこのガキ!私を人間だと嫌った上に、大会に出るのかだと!

「…ったく、だから子供は嫌いなんだよ。」

 私は自身の髪を掻きむしる。そのままこう続けた。

「私は女!いい?」

 少し強めの口調で、目の前の子供に言ったのだが…

「…え?」

 とぼけた顔で口を開け、私を見る。私はというと、むかついた反動で顔が怒り歪んでいる。きっとこの状況を見たら、私が子供を虐めているのだと、誰もが思うだろう。実際虐められているのは私の方だが。

 とはいえ、一つ訂正したい。私は子供は嫌いでは無い。確かムカつく時もあるけど…

「なーんだ。お前なら勝てると思ったのに」


 やっぱり、子供は嫌いだ。

「随分と生意気な子ね」

「嬢ちゃん。ごめんねうちの子が。こいつ孤児でさ。自分は人間なのに、捨てられたからって人間を恨んでるんだ…」

「…そうなんだ」


 妖に育てられた人間か…良いな。と、この時思ってしまった。しかし、人間が人間を嫌うと生きづらい事は私が一番良く知っている

「ねぇ坊や。お前が人間なら、人間を嫌わない方が安全に生きられるわ」

「俺は坊やじゃない。さくだ!大体、お前が言うかよ。妖と一緒にいて」

「だからこそよ。でも、良かったわね。あなたを育ててくれる妖が居て」

 私はもう一度、彼の頭を撫でようとした。今度は手を払われない。優しく包むように撫でてあげた

「…妖は優しいよ。俺は知ってる…」

 彼は少し微笑みながらそう言った。私以外にも、妖の事を分かってくれる人間が居たなんて…

 しかし彼はすぐにその顔を下に向け、同時に歯を食いしばりこう言った。


「人間の方が余程酷い事をしている。邪気なんて集めて何がしたいんだ。何もしていない妖を虐めて何が楽しい…何が正義だ。俺は信じない。人間なんかより、妖の方が賢くて、優しいんだ!」

 彼は私達だけに聞こえる声でそう宣言した。しかし、その言葉は意外な者によって訂正される。

「それは勘違いだよ。」

「え…?」

 渼月だ。私も芹も、質屋のお兄さんまでもが驚き、彼を見る。渼月はただ、目の前に立つ小さな子供を、上から見下ろしていた。

 私がこの時の渼月の感情で読み取れたのは、静かな空間。ただそれだけだった。

「おい、渼月。何が勘違いだって?」

 芹が聞き出す

「勘違いだよ。妖は賢くない」

「え、でも。妖は無闇に人間を襲ったりは…それに父さんだって、俺を育ててくれたんだ!」

「それはごく一部の妖にしか出来ない行為だ」

 朔が言った事を、全て否定する渼月。子供に対して酷いとは思う。けど、彼は彼なりに何か否定したい事があるようだ

「妖は知能が低い。それは君も知ってるだろ?」

「うん…」

 それは私も知っていた。あの本で読んだ事があったからだ

「なら何故君は、妖が賢いと思ったの?」

「だって、人間が何かしていたって、妖は知らないふりを…っ!」

 何かに気がついたように、朔は自分の口を塞いだ。

「もしかして…気づいてない?」

 私も芹もお兄さんも、驚いて顔を見合わせる。そんな事があるのだろうか、と

 ただ渼月だけは、静かに冷静を保っていた

「いや、彼らも気づいてないわけでは無いと思うよ?ただ、それを見ても何も解決できないから無視することにしているだけだ」

 確かにそれなら納得が行く。だけど…

「けど…鵺が書いたあの本には、『知能が低い故に人を襲う』って書いてあったわ」

 私が一番好きな鵺が書いた本。妖の王の事が沢山載っていたから、私にとっては凄く大切な本なの。華流亞に奪われてしまったけどね

「そうだね。確かに人を襲うよ。感情を制御出来ないからね」

 そういえば…戴冠式の宴での芹もそうだった。冷たい霊力を漂わせて、私が声をかけなければどうなっていたことか…

「でもこの国では、どこかにいる鵺によって制御されているから、妖達は無闇に人を襲う事が出来ないんだよ」

 渼月は、自分が鵺だとは決して言わないけれど、正しい情報だけを言っている。

「え、じゃあ。なんで鵺は人間の行動を野放しにしているんだ?妖を制御出来るなら、人間だって出来るだろ」



「…出来るよ」

 少し黙っていた渼月が口を開いた

「え…?」

 朔は聞き間違いをしたのではないかと、目を丸くする

「出来るよ。」

 渼月はもう一度その言葉を繰り返した。


「ちょっと待て、なんでお前が言うんだ?お前…鵺なのか?」

 芹が慌てた様に問いだす。芹だって、私が鵺かもしれないと言ったから、そう思っているだけであって、本当なのか確信はない。何しろ本来の姿を見た事が無いのだから。

 私は彼の霊気で鵺だと確信している。何故そう思うのかは実のところよく分からない。ただ、彼の纏う霊気がその辺の妖とは全く違うのだ。


「…違う」

 少し間が空いたが、声を低くして答えた。渼月にとって、自分が鵺だと暴かれるのはきっと危険なことなのだ

「ならどうして確定できる」

「僕は鵺じゃない。だけど、時々その鵺から手紙が来る」

「て、手紙⁉︎」

 これに驚いてしまったのは私だ。先程から話が複雑過ぎて着いて行けていなかったが、流石に自分からの手紙というのは笑えてくる。無茶すぎる

「いわゆる命令みたいな物だけどね」

「それにはなんて書いてあったんだよ」

 いくら勘がいいとはいえ、朔はまだ子供。色々な矛盾には気がつかなかったようだ。


「今年のパーティ来る招待客の中から、裏に繋がる者を探し出せ、とね」

「ふーん。鵺は招待客の中にいるって事がわかっているんだな」

「そうみたいだね」

 成る程…つまり、この女装大会の優勝者ではなくて、招待客の中にいる事までは分かっているが、分かっているのは人物までで、それ以上の事は捕まえないと分からない、という事か。


 というか…そんな話聞いてしまったら、パーティー本気で行きたくなるじゃん!いや、元々行ってみたいとは思ってたよ。思ってたけど、その続きがあった!

「瀬兎、落ち着け。面白そうな匂いがするのは、よーく分かる。けどまずここで勝たなきゃ話にならないだろ?」

「そ、そうね」

 興奮してしまっていた私に、芹はほんの少しの霊力を自身の手に流し、私に伝わるよう、頭にそっと置いた。

 他者の霊力を少量流されると、気持ちの整理が付きやすくなるり、私は段々と落ち着きを取り戻す

「芹くんは瀬兎ちゃんの扱いをよく分かってるみたいだね」

 少し低めの声で渼月が言った

 ん?怒ってる?でも何で?

「そうでなきゃ困る。」

 渼月の発言に対し、芹がそう言った。でも渼月はそれが気に入らなかったのか

「ふーん」

 とだけ言って、奥の方に消えてしまった。私と芹の事を聞いたって事は、杏様と何かあったのかな?

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