12月12日【エスカレーター】
改札を出てから、地下道のような一本道が続きます。天井には青い光の蛍光灯が埋め込まれていて、ゆうちゃんの影も深い青色です。
『海の中みたいだね』
と、ミトラが言いました。案外、その通りなのかもしれません。だってゆうちゃんたちは、マンホールの中からここへ来たのです。
マンホールの中には下水管が通っていて、それはずっと辿っていったら、海へ繋がっているのじゃないかしら。ゆうちゃんは詳しく知りませんでしたが、何となくそんな気がしました。
一本道を真っ直ぐ行きますと、下りのエスカレーターに突き当たりました。とても長いエスカレーターで、そこから下は、深い青色に飲まれてしまって見えません。
ゆうちゃんは一度立ち止まって、深呼吸をしました。昔から、エスカレーターに乗る瞬間、ぐいっと引っ張られる感覚が苦手なのです。
さあ、行くぞ。ゆうちゃんは心を決めて、一歩を踏み出しました。まず足の裏が引っ張られまして、それからくるぶし、ふくらはぎ、腰から上が引っ張られまして、無事にゆうちゃんのからだ全てが、エスカレーターに乗り込みました。
下へ下へ降りるにつれて、青色はずっと深くなっていきます。あんまりエスカレーターが長いので、ゆうちゃんは手すりにつかまって、右やら左やら、上やら下やらをきょろきょろ眺めます。
『あっゆうちゃん、見て見て!』
ミトラが指差した先を見ますと、ゆうちゃんの視界いっぱいに、銀色の輝きが広がりました。
『あれはなに? 海の中にも、星があるの?』
銀色は散らばったり、ひとかたまりになったりしながら、青の中を舞い踊ります。あれは、星ではありません。あれは、アジの群れです。
駅や、さっきの一本道の寂しさは一体何だったのかと思うくらい、辺りは急に賑やかになりました。
アジの群れが去ったら、今度は大きなコブダイが泳いで来ました。その後を追うようにヤリイカが現れて、彗星のように泳ぎ去っていきます。
『綺麗だねえ。ぼくはね、あのとんがったのが、かっこよくて好き。ゆうちゃんは?』
「私は、あれかな」
ミトラはカジキを指差して、ゆうちゃんはエイを指差しました。ゆうちゃんは、エイのひらひら波打つ胸びれが好きなのです。ずっと見ていたい気持ちです。
それにしても、あのエイは、とびきり綺麗なのでした。
群青色の体に、踊る胸びれの端は卵色に明滅しています。エイが泳いだあとに光が尾を引いて、即席の小さな天の河が出来上がります。
ゆうちゃんたちが見ていることに気が付いたのか、エイはゆうちゃんたちのすぐ真上を泳ぎ出しました。
卵色の光が、ゆうちゃんの頭に、肩に、降り注ぎます。ミトラの上にも降り注ぎます。
『あはははは、綺麗だね! 星の雨が降ったね!』
ミトラは大喜びです。ゆうちゃんもとても嬉しくて、肩の上に降り積もった光を、指ですくい取りました。
指先に光が瞬きます。ゆうちゃんは、それをちょっとだけ、頬っぺたにつけてみました。ミトラも真似をして、体中に光を擦り付けました。
エスカレーターはどんどん降りて、辺りはどんどん暗くなっていきます。
周りが暗く深くなるほどに、星の光をまとったふたりは、いっそうきらきら輝いて、いっそう素敵に見えるのでした。
今夜の夢は、ここでおしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます