12月2日【海の方へ】
やっぱり気が付いたら、ゆうちゃんは鳥居の下に立っているのでした。
でも、今夜はよく分かっています。ここが夢の中であること。そして、ゆうちゃんの足元にいる目玉が、ミトラというものであること。
『ゆうちゃん、こんばんは』
「こんばんは」
ふたりは挨拶を交わして、それからちょっとだけ上を見上げました。今夜の星空も、とても綺麗です。
「ちょっと歩かない?」
と、提案したのはゆうちゃんでした。
星を眺めるのも良いけれど、それだけじゃつまらないなと思ったのです。せっかく夢の中でこんなに自由に出来るのですから、色々と見て回った方が楽しいに決まっています。
『良いよ。ゆうちゃんの行きたい所に行こう』
と、ミトラも大賛成。
『でも、ぼくを肩の上に乗っけてね。体の大きなゆうちゃんについて行くのは、とても大変だから』
「良いよ」
ゆうちゃんはミトラを手のひらで掬い上げて、それから肩に乗せました。いつもより遠くが見渡せるので、ミトラは大喜びです。
さあ、そしたら、どこに行きましょう。
『どこに行きたいの?』
ミトラに尋ねられて、ゆうちゃんは考えます。どこに行きたいだろう。どこに行きたいのかしら。
「海に行きたいな」
ゆうちゃんは答えました。そういえば最近、何年も海なんて行ってないことを思い出したからです。『良いね』とミトラは言いました。
そして、『海はあっちの方だよ』と、並木道の向こうを指差しました。このクスノキ並木を歩いていけば、海に着くのだそうです。
ゆうちゃんは歩きます。誰もいない深夜の並木道。ここをずうっと歩いて行くのは、星明かりだけでは、ちょっぴり心許ない気がします。
そこで、ミトラは空の星に向かって、おいでおいでをしました。
そうしたら、空にあるうちひときわ明るい星々が、ふうっと舞い降りて来たではありませんか。
『みんな、並べえ。整列!』
ミトラが号令をかけると、星たちは並木の両側にきちんとおさまって、橙色のナトリューム灯になりました。
これでずいぶん歩きやすくなって、ゆうちゃんは弾む足取りで海へと向かいます。ミトラは『せきしょくきょせい、せきしょくきょせい』と言いながら、ゆうちゃんの肩の上でたくさん踊りました。
程なくして、ゆうちゃんとミトラは並木道を抜けました。
来た道を振り返ると、役目を終えたナトリューム灯たちが光の尾っぽをたなびかせながら、空へと帰って行くところでした。
『ありがとー』
と、ミトラが星たちに手を振ったので、ゆうちゃんも「ありがとうー」と手を振りました。
潮と金属の香りが混ざった海風が、ゆうちゃんの頭を撫でていきます。
『海に来たよ』
「海に来たね」
ふたりは海を見つめました。鉛色の夜の海が、どろんどろんと波の音を従えて、一心不乱に陸地を削っていました。
今夜の夢は、ここでおしまい。
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