Ⅶ アユムハクア記

① 勝負だ、アユムハクア

 ――――どのくらい気絶していたのか。

「うっ……」地球はぼんやりと目を覚ました。目の前に木があった。視界が横になっている。倒れているのだ。横転したウドイカッホのなかで。

 地球! おきろ! はやくここから離れるんだ!

「なにが…起きた……」

 地球は理解が追いつかないまま、よろよろと立ち上がり、辺りを見まわした。羽根が飛び散っている。ぺしゃんこになった翼。血がついていた。動け頭。徐々に状況がつかめてきた。どうやら、ウドイカッホがとっさに翼で地球たちを包み込んで衝撃をカバーしてくれたようだ。

 横にいたはずのオルドビスが上にいた。やつもいまちょうど目を覚ましたところで、茫然自失の表情。うしろのデボンは「ウドイカッホォ!」と連呼していた。となりのエンヘドゥアンナは焦点が合っていない。エンヘドゥアンナの足の裏から血が出ている。デボンの口は切れていた。

 なんだかわからないがゾッとするほど嫌な予感がした。

「いそいでここから出なきゃいけない」地球はやっとのことでそういうとデボンの腕を肩にまわし、覆いかぶさっている翼を上に押し上げた。がん! と翼が落ちてきて頭を打った。もう一度押し上げるがまた落ちてきて頭を打つ。二回も頭を打っているとだんだんと頭も冴えてきた。そうだ、おさえていないといけないんだ。再び翼を持ち上げ、おさえておく。「よし、みんな、いまのうちにでよう」

 皆、ろくに機能していない脳の車輪を動かして外へ出る。ウドイカッホのまわりは煙がのぼっていてよく見えなかったが、だだっ広い赤い森のなか。紅葉。

「ああそんな! ウドイカッホ!」デボンが聞いたことのないような叫びを上げた。嫌な予感がして、ウドイカッホを見ると、血だらけで倒れ込んでいた。身体の半分がぺしゃんこに潰れている。

「ウドイカッホ! ウドイカッホ!」相棒の呼びかけにも答えない。地球たちは言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。いやだ。そんな。うそだといってくれ。デーヴァペルムだけでなく、ウドイカッホまで。地球たちは嫌々ながらわかっていた。認めざるをえない。ウドイカッホは、生き絶えている。どんなに叫んでも、命が尽きるのを止めることはできないのだ。


 デボンの涙は枯れることを知らない。落ち葉の舞う紅葉の世界に悲愴の声がこだまする。

「翼をみて」エンヘトゥアンナがいう。両翼には大きな穴があいていて、血が流れている。「きっと、レーマンで捕まっていたとき、鎖でつながれていたんだわ。それを無理矢理引きちぎってあたしたちのことを助けにきてくれたのよ……命の恩人」

 地球の目からナイアガラの滝。エンヘトゥアンナの目からはアカカ・フォールズ。皆、泣いた。

 ありったけの落ち葉を集めてきて、ウドイカッホにかぶせた。せめてものの埋葬。デボンが舞う落ち葉に追悼の意をのせて一言。

「――――おやすみ、相棒」そういうと腕で目元をぐいっとぬぐい、いつもの調子で叫んだ。「さて著者どの! ここはどこでっせ!」

「デボン。無理しなくていい」と地球。

「いつまでもくよくよしてるわけにはいきませんぜえ! それにウドイカッホの声が聞こえたんす! 前へすすめって。だからいきやしょう! 著者どの! 教えてくだせえ! ここはどこですかい!」

 ここは〈著者の茶室〉と呼ばれる空間さ。

「(著者の茶室)だと?」地球が反応した。「わたしたちが『オルドビス記』の冒頭でいたところじゃないか。戻ってきたのか?」

 いや、ちがうよ。ちがうからまずいんだ。いいかい。心して聞いてくれ。ここは、ぼくとはちがう〈別の著者〉の茶室だ。

「別の著者? おいどういうことだ。著者は二人いるのか?」

 落ち着いて。落ち着いて。とりあえずきいてくれ。この世界には、〈著者〉と呼ばれる存在が、ぼくを含めて三人いるんだ。〈朝昼晩の三著者〉と呼ばれている。

「なぜ隠してた?」

 隠してたわけじゃない。言う必要がなかったんだ。だってそうだろう? 『アラタ・アース』の著者は、紛れもなくこのぼくただ一人なんだから。でも、全編にわたって邪魔が入っていた。台風も△帝もシュメールもなにもかも。作者のぼくの制御が効かないことが多々あった。これで納得がいったよ。

「くわしく説明してくれ。頭の上をクエスチョンマークが飛び交ってる」

 つまり、別の著者が『アラタ・アース』を乗っ取ろうとしてたんだよ。ここは『アラタ・アース』の裏の世界。いわば、『裏アラタ・アース』ってとこだ。

 見上げると空は黄金色だった。雨が空に向かって登っている。クリアな晴れ空なのに、まるで空を映す水たまりのように、雨によって雫の輪がたくさんできていた。不思議な空間。山があって、森があったが、静かな絵葉書のような世界。

 つまりだ、ここにいるのはずっとぼくたちを邪魔していた存在ってこと。ついに、これまでの黒幕の登場ってわけさ。

「どこのどいつですかい。そのくそったれは。ウドイカッホとデーヴァペルムの仇をとってやる」デボンがいった。

 この奥にいるぞ。

 紅葉の木々の間に、地球たちを奥へといざなうように石の階段が続いていた。恐る恐る先に進む。どこまでも続く階段に、無数に鳥居が立っていて、赤いトンネルのよう。千本鳥居をくぐりながら、先に進んだ。陽の光が千本鳥居の隙間からちらちらと見え隠れしていて眩しかった。ひらけた場所に出た。

「なにか――大切ななにかを失くした気がするのだがわが衣手は露にぬれつつ」と声がした。

 一同ばっと身構える。落ち葉がぶわあっと舞って、一面、赤と橙、黄、茶の世界。しとしとと雨のように赤葉が降っている。そのなかで何者かが座っていた。

 地球は、そのヒトをみた。

 目の前に鎮座するアウストラロピテクス・バールエルガザリは、平安時代の貴族のような服を着ていて、すでにこの時点でファッションセンスが壊滅的なのは明白なのだが、なおもこいつがやばいのはなんと首元が土で覆われ、首から大きな〈×〉が生えていること、そしてその〈×〉の中心に能面を配置し、〈顔〉としているところである。こんなものではとどまらない。さらにさらに、木陰からすっとなにかがうごめいて出てきた。その〈×〉の上下左右から恐竜の頭部の化石が四つ、こちらを向いて口をあけているのだ。正面からみると〈※〉←こんな感じの顔。絶望的なキャラクターデザイン。うむ、これなら闇堕ちしても致し方ない。

 五大絶滅将軍最後の一人、五人目、アユムハクアは、ティラノサウルスのような王者の風格をもち、ヴェロキラプトルのような知的な雰囲気を感じさせ、それでいて始祖鳥のような神聖なオーラを身に纏っている。

 彼はなにかを失って、茫然自失の表情だった。

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