② チートかよ、メタ・フィクショナー
「なにを失くしたのか思い出せない。まあ、いい。あとでゆっくり思い出すこととしよう。それより、獲物が向こうからやってきた富士の高嶺に雪はふりつつ」
「ハクア……なのか?」地球は目を凝らした。
「無限視君(ひさびさにおまえをみた)。小生はハクアではなく、アユムハクアだ衣ほすてふ天の香具山」
気をつけろ地球っ! ハクアは〈朝昼晩の三著者〉の一人、アユムと融合しているぞ!
「融合ですって? そんなことができるの!」情報量が多すぎて頭がパンクすると言いたげなエンヘトゥアンナ。「いよいよ話が迷走してるわよ」
ぼくと地球のような感じだと思ってくれればいい! とにかく非常にまずい! 五大絶滅将軍が相手ってだけでかなりピンチなのに、よりにもよってあの悪著者アユムと組んでいるとは! そうか! 物語を好き勝手邪魔することができたのはアユムのパワーがあってのことだったんだな。
「こんな面白そうな世界観のストーリーは滅多にない。小生がいただく小夜更けて傾くまでの月を見しかな」
「ちょっと著者、ああ、ダサいほうね。あ、アラタのことよ。そうよあんたよ。なんなのかしら? さっきからあの敵、語尾が気持ち悪いんだけど」
「気持ち悪いとは失敬な、類人猿。アユムと融合した副作用で語尾が百人一首になっちまったのさ渚こぐ海士の小舟の綱手かなしも」
アユムハクアはすっとペンを取りだした。
「なんだそのペンは」
「ただのペンじゃない。これはこうやって使うんだながながし夜をひとりかも寝む」
アユムハクアはペンのスイッチを入れた。その瞬間、どくんと世界が脈打つ音が聞こえた。水面に滴り落ちる水滴の輪のように、その音は広がっていった。そして、木から滴り落ちる紅葉もまた、空中でぴたりと止まった。
「なんだ? 明らかになにかが起きたぞ」と地球。
地球っ! まずい! 〈侵入〉されたっ! あのペンを止めてくれ! 物語が好き放題されるぞ!
「おそい。小生はこう入力する春日なるみかさの山に出でし月かも」アユムハクアは空中に筆を走らせた。
空中で静止していたもみじの葉のうち、何枚かが突如としてひらひらと舞った。葉の一枚一枚に文字が書いてある。
「ア」「ラ」「タ」「は」「執」「筆」「権」「を」「失」「う」
「え? 著者? 著者!」
「なにがおきたでござるか著者どの!」
――――みんな! ああ! 声が遠い!――――
「ハクア! なにをした!」
「説明しよう名こそ流れてなほ聞えけれ!」アユムハクア、つまり小生は研究に研究を重ね、実験に実験を重ね、そしてアユムの力を借りて、登場人物の立場でありながら物語の展開に介入することができる装置を開発した! 装置の名は〈メタ・フィクショナー〉。このペンがそうさ。
メタ・フィクショナーのスイッチを入れたぜ。こうすることで地の文に侵入することができるのさ。これでこの物語はこの小生! アユムハクアの思うがままだ!
ほら、改行もできる。 ←一コマ空けることも自由だ。この話は乗っ取った!
事の重大さに気づいた地球がなにおおおと突進してきたが、
紅葉が舞った。
「そ」「れ」「は」「無」「駄」「に」「終」「わ」「っ」「た」
いつのまにか地球は無様に転んでいる。ふふ。小生に攻撃は届かない。エンヘトゥアンナは 【!】をぶん投げた。見てろ。小生はこう
入力する。「あ」「た」「ら」「な」「い」。アユムハクアは【!】をかわした! というより刃がアユムハクアという有機生命体の存在を無視したのさ。無駄だ! オルドビス は【!】で斬りかかるが、「あ」「た」「ら」「な」「い」。デボンも何度も飛び蹴りを試みるが、そのすべてをかわされる。
エンヘトゥ アンナは 【!】
を、待て待て、「投」「げ」「な」「い」。ふふふ。投げないの
か? 地球は焦ってきた。「何事も諦めないで最後まで」とエンヘトゥアンナは懲りずにまた【!】を放つ構えをとった。
おっとおっと、「【!】」「は」「つ」「か」「え」「な」「い」
一定以上の声量で話せばいくらでも使えたビックリセイバーは、あれだけ際限なく取り出せたにもかかわらず、消えてしまった! ついに膝をついたな、エンヘトゥアンナ。
――――アユム! もうやめろ!――――
騒がしいぞアラタ。いいか、小説において著者は神! その著者をも操るこの装置メタ・フィクショナーこそ無敵! ここらでこのわけのわからない話を終わりにして、小生のこれまでの自伝でも記すとするか。
なんと地球は諦めなかった。まだこちらに挑みかかってこようとしている。諦めが悪いやつだ。だが、小生
はよくわかるぞ。そういうやつが夢を掴むのだ。だからこそ、ここらで消えてもらおう。
――――よせっ! それだけは! やめろォ!――――
「地」「球」「は」「物」「語」「か」「ら」「消」「え」「る」
とつぜん、ぱっと消えた地球。
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