③ おもしろいね、壁画館

 次の日、さっそく三人で壁画館へ足を運んだ。昨日、露天風呂で聞いた作品たちが上映されている。どれも観たかったが一番話題ということで『アラタ・サピエンス』を観た。オルドビスとデボンの二人は二度目にもかかわらず、笑顔で付き合ってくれた。

 はじめての壁画館に地球はわくわくした。壁画館は洞窟のなかにあって、なかのひろい空洞に、シアターが七つもあった。館内は少し寒いくらいに涼しい。

 まずチケット売り場で半券を買い、売店でジュースとポップコーンを買った。シアターへはいってみると、石の席が闘技場のように円を描いて広がっている。スクリーンとよばれる巨大な石壁が目の前に立ちふさがっていた。

 座席はほぼ満席で大ヒットしているのが見てとれた。席についてしばらくすると法螺貝が吹かれ、室内が暗くなって、壁一面に広がるスクリーンに壁画が映し出される。そして絵が動き出した。

 おもしろい! なんておもしろいんだ! 地球は我を忘れて画面に見入った。壁画は観るものではなく、はいるものなんだと思った。主人公サーペントと恋人マツカズの恋模様に一喜一憂した。後半の怒涛の展開に目が離せなくなり、涙を流す観客の鼻をすする音がいたるところから聞こえてきた。クライマックスの展開、地球がオオサカーのなかで唯一観た場面、サーペントが相棒カーズとともに行方不明になったマツカズを探しに山へ登るシーンでは、会場の観客全員の心が一つになった気がした。声には出さないが全員で主人公サーペントを応援していた。ストーリーにのめり込んで、あっという間に壁画が終わり、気づいたときには場内は明るくなっていた。地球はそのときになってはじめてジュースとポップコーンを買っていたことを思い出した。集中していたあまり、いっさい口にしていなかったのだ。面白さのあまり、しばらく席から立てなかった。

「すごいおもしろかった!」シアターを出て、歩いているときに地球が興奮した口調で言うと、オルドビスたちは嬉しがった。

「そんなに楽しんでもらえてこちらも嬉しいですよ」

 主人公サーペントが蛇になるという驚愕のラストには、三人で議論を交わした。壁画館に併設されていたカフェで、何時間も何時間も語りあった。飲んだココアは甘くて美味しかった。次は粘土板を読んでみたいという地球に、デボンは自分の家にある粘土板をおすすめした。さっそく三人は家に帰った。オルドビスは夜ご飯の買い出しにいってくると言って家を出て、デボンはそこの粘土板棚のなかの、どれでも好きなものを読んでいいですからねえと言って買い出しについていった。

 地球はデボンの粘土板棚を上から下へと眺めた。たくさんの石板がジャンル問わず収納されている。デボンの好みが反映された粘土板棚だ。

 初心者の地球にとって、ちょっと縦長の粘土板は近寄りがたかったので、小ささで選んだ。手にした粘土板は『となりのハンニバル』。ためしに読んでみると、粘土板もまた、おもしろかった。

 景色も音も匂いもなく、ただ文字があるだけだったが、その文字を読むことで知識を得、景色を見、音を聞き、匂いを嗅ぐ。文字を読むことでべつのニンゲンの人生を生きることが出来る。それが読書だと知った。

 地球はのめり込んだ。主人公〈わたし〉のベストフレンドのベサニーがなかなか強烈なキャラでその後の展開に目が離せなくなった。

 物語の主人公がナイフをもち、扉をそっと開いて部屋にはいる場面には、ハラハラさせられた。文字だけのはずなのに、地球には部屋のベッドで横たわるベサニーの死体が見えた。主人公と同時に地球も驚きの声をあげた。おもしろかったのであっという間に読み終えた。物語自体が人生のように短かったのもあるが。

 地球は二冊目の粘土板に手を伸ばした。ぱらぱら読みはじめたところで、ふと顔をあげた。デボンが帰ってきていて、オルドビスは台所で料理をしているところだった。気がつかなかったと地球は笑い、料理を手伝った。包丁でにんじんを切って、鍋にいれた。ぐつぐつと鍋が沸騰した。今日の夕飯はトムヤムクンとガパオライス。穏やかに時間が流れていた。

 そのときだ。どんどんと扉が叩かれたのは。

 立っていたのは、夢にまでみたエンヘドゥアンナだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る