秋 Ⅴ デーヴァペルム記

① 決めるんだ、覚悟

 季節は秋になった。緑だった木々は紅葉へと衣替えをし、赤と茶、黄の世界。気温もすこし肌寒くなってきた。地球も、夏のあいだ着ていた緑の着物を新調し、すこし生地が厚めの赤い着物へと衣替えをした。

 地球たちは田園の匂いや心地の良いそよ風を浴びながらウドイカッホにゆられていた。首都レーマンに向かっているのだ。

 いくらウドイカッホ・フェニックスといえど、パンゲアの首都レーマンまでは一〇日かかる。世界大陸の端から端へ移動するようなもので、地球を半周する距離。かなりの長旅になるのでそのあいだに、なぜ急にレーマンへ向かうことになったのかを説明しよう。


 ――――話は扉がノックされたところまで遡る。

「やあエンヘドゥアンナ。ひさしぶりだな」と地球。

「こんな時間にいったいどうしたのですか」とオルドビス。

 エンヘドゥアンナの息は上がっていた。様子がおかしい。はあはあ言いながら呼吸を整えて、ようやっと台詞を絞り出した。

「……トーリと…マッキーが……」

「落ちつけ。どうしたんだ。なにがあった」

「……あたしの取り巻きコンビ、トーリとマッキーがいなくなったの」

「いなくなった? 迷子とかそういう話ではなくて?」

「あんたとちがってあの二人は迷子になんかならないわよ失礼しちゃうわね。ちがうの。ほんとうに突然、いなくなったの。神隠しにあったかのような……」

「神隠し?」デボンは思い当たる節があるようだ。「とりあえずなかへ」


 トムヤムクンとガパオライスを食べ終えて、四人でココナッツジュースを飲みつつ秘密会議をひらいた。デボンが飲み口をくり抜いたヤシの実を地球に渡しながら言った。

「王さま、それとエンヘドゥアンナどの。ちょっと難しい話になってしまいやすが、そもそもニンゲンってどうやって誕生してると思いますか?」デボンが訊いた。ココナッツタイムの囲炉裏は突如、プラトンの著書でよく見るようなソクラテスたちの対話の雰囲気につつまれた。

「生殖活動によってだろ」と地球。

「正解。ではここで難問。さいしょのニンゲンってどうやって誕生したんですかい」

 デボン、質問の内容がむずかしいよ。

「つまりニンゲン社会には複数の人類種がいますよね。アウストラロピテクス属だったり、パラントロプス属だったり、ホモ属だったり」

 うぅ〜、カタカナ・ラッシュ。

「すべての人類種に共通しているのはさっき王さまがいった生殖活動によって、誕生し、命のバトンを次へつないでいくわけでっせ」

 それはみんな知ってるよね。

「じゃあ、個々の人類種の一番はじめの始祖はいったいどうやって誕生したんですかいっつーことですわ」

 急にとんでもないこと言いだしたなおい。永遠の問いだぞそれ。

「……たしかにな」ココナッツジュースはすこし甘い水のよう。

「うーん、やんなっちゃう。まったくわからないわ悔しいわね。あたしの人類種ホモ・ネアンデルタレンシスもある日とつぜん爆発的に世界に広がっていったのよ。さいしょの一人はどうやって誕生したのかしら。考えたこともなかったわあ」

 深いぞこれは。マリアナ海溝のように。

「ここで出てくるのが『神』っていうワードなんす。神と呼ばれる人智を超えた存在がいて、その高等生命体が始祖のニンゲンたちを創った、そう考えるニンゲンたちもいるんでっせ。ですが」

「「ですが?」」地球とエンヘドゥアンナはハモった。なんか良いね。

「最近、一つの人類種が丸ごと行方不明になるという事件が多発しているんです」

「そういえばそうだ。わたしもいたるところの新聞で読んだ」

 うん。ぼくも読んだ。たしかスルーした。

「どこかの国でサヘラントロプス属の一人が姿を消したと思ったら、数日後にはすべてのサヘラントロプスが地上から姿を消しました」

 え? 天変地異じゃんそれ。事件ってレベルじゃないよ。

「直近だとホモ・フロレシエンシスですね。ホモ・フロレシエンシスの一人が消えるとそれを合図に数日後にはフロレシエンシス全員が消えます。まるで神隠しにあったかのように、です」デボンは語り終えるとため息をつき、ココナッツジュースをがぶ飲みした。

 ふと、エンヘドゥアンナが遠くを見て言った。

「……トーリとマッキーが消えたとき、あとに残ったのはどこからきたのか、身に覚えのない茶葉だけがすこし床に散ってたの」

「おい著者。たしかおまえ以前、多すぎて複雑すぎる人類種について、こう言ってたよな。『予想以上にややこしいわってなったら、一種類にするよ』。まさかとはおもうが、おまえの仕業じゃないよな」

 ちがうよ! そんなことするわけないじゃないか! 一種類なんかにしたら、登場人物みんないなくなっちゃうじゃない! ぼくじゃないよ! 信じて。

「ごめんごめん大丈夫。ちゃんと分かってるさ」

 地球〜泣。

「でも、そんな人智を超えた所業ができるのはたしかに著者どのくらいしかいないのもたしかですね」とオルドビス。食器を洗ってくれていた。

「そのとおりでっせ。だからこそヒトビトはこう恐れています。『神』の仕業にちがいない。きっとお怒りになっているんだと。悪いことをした人類種を抹消しているのだと」

「興味深いな。長年、空の上にいたが、神という存在には会ったことがない」地球は飲んでも飲んでもまったく減らないココナッツジュースに違和感をおぼえ、くり抜かれた蓋をひらいて実のなかをみてみると予想以上に体積があって、まだ三分の一も減っていなかったことに驚き、そっと蓋をした。

「ではここから核心に入りやす」いつになく真剣なデボン。「王さま、〈オックス・シュメール〉って人物をご存知ですかい」

「ああ、なんか聞いたことあるな。それもたしか新聞に載っていた」

「このパンゲア大陸の女王ですぜい」

「一番偉いってことか?」

「そーゆことですぜい。エンヘドゥアンナどのは知ってるとは思いやすが、もともとこの世界はたくさんの国であふれていやした。人類種たちはそれぞれ自分たちの国を作ったんす。戦乱の人類種戦国時代を経て、それらの国を一つに統一したのがいまの女王オックス・シュメールってわけなんす」

 ぼくが当初、考えていた時代設定そのまんまだ。

「で、そいつが圧政を敷いているっつーお決まりパターンだろ?」

「ご名答。〈社会人〉という奴隷をたくさん有し、自分のいいようにこき使っています。酸素でものやサービスを売り買いする制度もシュメールが作りました。シュメールに刃向かうとその地区への酸素供給が断たれるんです。地区のものたちも皆、巻き添えでっせ。呼吸ができなくなるんですよ」

「やなやつねえ。激辛スパイスの匂いがするわ。トーリもマッキーもそいつの仕業ってわけ?」

「確信はないですが、女王シュメールの人類種パラントロプス属はあんなにも種族が多いくせに、誰一人として行方不明になっていないんす。これは偶然ですかい? ぜったいなにか関係がありやす」

 怪しいなそれは。

「じゃ、さっそくシュメールに問い詰めにいってくるわ」

「どうします? 陛下」オルドビスにそう訊かれた。オルドビスとデボンは釈迦についていった舎利弗と大目連のように、地球のあとをどこまでもついていくだろう。この決断で、二人を危険にさらすことになってしまうかもしれないのだ。

 地球はぞくっとした。新聞で何気なく読んでいた内容が、自分には関係のない遠い話だとおもっていたことが、息がかかるほど身近に感じられたからだ。

 それと同時に後期重爆撃期の宇宙大戦のことを思い出して震えた。これまで心のどこかで逃げ続けていたことだ。すなわち、わたしは負けたのだ、という紛れもない事実。一度、五大絶滅将軍たちを含む輩下の部下たちを、殺されているのだ。わたしの闘うという決断のせいで。怖くて踏み出せないのは至極当然ではないか?

 いや、それは言い訳かもしれない。夢破れるのが怖いだけなのかもしれない。すっかり自分に自信がなくなっていた。これまで思いもしなかったが、地球自身気づいていないだけで、さきの大戦でプライドや自尊心はずたずたになっていたのだった。それを思い知った。

「このまま、旅をつづけよう」そう言いかけて、やめた。

 地球はエンヘドゥアンナを見た。無念をはらさんとする炎の目を見た。わたしが闘わないでどうする。わたしは地球。唯一無二の存在。唯一無二の存在なのだ。新たな道を切り拓こうとする者たちの道しるべになってやらねばならない。わたしが闘わないでどうするのだ。

「オルドビス、デボン」

「はい陛下」

「すまないが、わたしもエンヘドゥアンナと行きたい」

「王さま」

「危険なのはわかってる。だが、わたしは社会の圧力とか周囲の反対とか言いようのない強烈な現実という壁に、立ち向かわなくてはならないのだ。立ち向かうヒトビトに光を与える存在であるはずなのだ。いかないわけにはいかない」

「はは。なにをおっしゃいます。存じておりますよ。それが陛下です。共に参ります」

「おまえたちを危険な目にあわせたくない」

「がっはっは! 安心してくだせえ! 吾輩らはまだ生命たちが陸に上がるとか上がらないとかで日夜議論して論争してた時代からサバイブしてきたんですぜえ! 死にゃしません!」

「おまえたち……」

「なによ。ついてきてなんていってないわよ」そう言いつつも彼女の顔は嬉しそうだった。

「ともあれ戦力差が圧倒的なのは確かです。仲間を集いましょう。強力な仲間を。心当たりはありませんか」

「デーヴァペルムはどうだろう。やつがいる。オルドビスいってたよな、あいつはたしかパンゲアの首都レーマンで教師をしているんじゃなかったか」

「ええ、申しました、あいつがおりましたね」

「それは本当かい、オルドビス! しっかし、あいつは山頂に住んでるんじゃなかったか!」とデボン。

「いまは教師になっているんだ。ヴィクター先生さ」

「がっはっは! あいつが仲間になれば心強い! じゃレーマンに潜入後、デーヴァペルムを探しやしょう」

 というわけで一行はいま、レーマンにむけて移動中というわけだ。レーマンにはデーヴァペルムが住んでおり、なによりもオックス・シュメールの宮殿がある。これからこの世界の王に会いにいくのだ。いよいよ、ほのぼののんびり旅行記の様相はさらさらなくなってきた。これでこそアラタ・アースである。ぼくは常に、社会に抗いながらも、周囲の反発に抗いながらも、自分の道を切り拓こうとする者たちを描くのさ。

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