② 一刻を争う、地球vs△帝
――――地球□と△帝は同時に目を覚ました。どこかに倒れている。はっとしてお互いを見やり、敵を再認識。
どばああああ。
なんの音だ、地球□がそうおもった一瞬のスキに、△帝が起き上がりのバック転観覧車キックをした。とっさにそれをかわす地球□。地面をころがりながら地球□は、おや、砂利の上をころがっているぞ、と考えた。△帝の自重圧死ヒップドロップをかわしたかとおもうと続けざまに和太鼓連打パンチがきて、それをガード。そうかとおもうと右ほほに新幹線左脚旋風をくらい、たおれる。
上に乗っかられ、音速和太鼓連打パンチ。必死にガード。
地球□はガードしながら、なにかに気がついた。
「まて! まて!」
「なによ!」太鼓がやんだ。ちゃんと待つ△帝。
「なにかきこえないか」
「なによ」
耳をすますと、どばあああ、ときこえる。かなり近い。というか、目の前だ。
「川の音じゃないか。頭の上で川の音がするぞ」
「ええ、川があるわ」
「ここはどこなんだ」
「どこかしらねえ、どこかの川辺よ。もう夜遅くてあたりは真っ暗だからよくわからないわあ。岩の上に家がぽつぽつと建ってるのは見えるわねえ」と周囲の状況を細かく教えてくれる△帝。「もう再開してもいいかしら」△帝はふたたび和太鼓態勢に入った。
「どうやらそんな悠長なこといってられなくなってきたぜ」
「どうしてよ」
「空を見てみな」
△帝は言われたとおり空を見た。夜にもかかわらずはっきりと暗雲が立ちこめているのが見てとれる。
「これは荒れるわねえ」
「いまごろ雷と風がお越しですか」
地球□は、△帝が雲に気を取られている隙に、あばら骨を回転させ、四肢という四肢を人智を超える速さで動かし、△帝の下から抜け出した。
地球□は瞬時に起き上がる。ばっとみると、川がある。しかもかなり急流の。右からどばどばと左に流れている。岩にぶつかって水しぶきがあがる。マイナスイオンが飛び散った。
この荒れ狂う川に、嵐が直撃したらどうなるか。氾濫を起こし、ここにいる二人□は波に飲み込まれてしまうだろう。はやくここから逃げなくては。上へ登る場所はないか。
いそいで周囲を見回すと、みつけた。
登れそうな巨岩があった。地球□は一目散に駆け出した。
「待ちなさいよお!」△帝があとを追ってくる。
逃走者□は、ごつごつとしたところに足をかけ、ロッククライミングの要領で登ろうと試みたが、ねずみ返しのような岩で、どうやっても上まで到達できない。そうこうしていると片脚を△帝につかまれ、引きずり下ろされた。
「くっ」
砂利に顔をぶつける地球□。
△帝がとどめの和太鼓態勢に入った。すると、ぽつっとなにかが△帝の後頭部をさわった。
またたく間に雨が降ってきた。雨粒がぽつぽつと二人□の肌を伝う。ぽつぽつという擬音語が、さあさあという音に変わるまで時間はかからなかった。川が暴走しはじめた。
もはや一刻を争う。戦っている場合ではない。
△帝は我先に岩に飛び乗ったが、やはりねずみ返しと、雨に濡れて滑るせいで、登れなかった。地球□も△帝を押しのけ、登ろうとした。それを△帝が妨害し、自分が登ろうとする。それを地球□が邪魔をする。その繰り返し。
疲労で二人□は砂利の上に倒れこんだ。いくらやっても登れない。小雨が、二人□の顔の汗を洗い流した。雨が目に入る。さすがにいがみ合っていた二人□も、最終手段しかないということがわかってきた。
「手を貸してくれ」
「あんたのほうこそ、手を貸してちょうだい」
「わかったよ、ほら」
地球は肩を貸した。△帝は肩を土台にして、ジャンプした。
「よし! つかんだわ!」△帝は自慢の腕力でついに登りきった。
「やるじゃねえか」
頭上で、雷がなった。
「のんびりしてる時間はないわねえ。ほら、手をお出し」
地球は□を△帝にパスし、△帝□の手をとった。
「ちゃんと手を貸してくれるんだな」
「見捨てていくなんてあたしの信念に反するもの」
「悪役じゃなかったのか」
「失礼ね、あたしはあたしよ」
「よし、たのむ」
「ひっぱるわよ! せーの!」
まさに山での救助活動。信じられるだろうか。地球の身体は腕一本で持ち上げられた。すごい力だ。
地球は足をかけようとしたが、ねずみ返しの部分に膝がぶつかって、まったくかけられない。腕一本でぶら下がっている状態である。
「すこしは協力しなさいよ!」
「したいさ! したいのは山々なんだが、ひざがぶつかってこれ以上、足が上がらないんだ!」地球は、ひざをぶつけまくった。
「ったく、しょうがないわねえ! 風呂上がりに飲むコーヒー牛乳のほうがあんたより頼りになるわよ! おらああ!」
△帝□は腕をおもいっきり振りあげ、それによって地球はもう片方の手を岩の上にかけることに成功した! ねずみ返しの上に足をかけ、ついに登りきった。
「やったぞ!」
顔をあげると、△帝□は「はーはー」言いながら岩にもたれかかっていた。「ふふっ」
「あっはははは」地球は吹きだした。
「おほほほほ」△帝□も笑いだした。
「いまのはやばかったな!」
「△帝! △帝! △帝! あたし△帝!」
「ひゃははははは」
「おっほほほほほほ!」
二人□は腹の底から笑い転げた。ひとしきり笑ったところで、ざばあんというおよそ川の音とは思えない音によって現実にもどされた。
「はやくいかないと」
地球は□を背負い、二人□は岩の上を歩いて道路に出た。
ヒトの気配がしない寂しい夜の田んぼ道。
いよいよ雨は勢いを増し、風もでてきた。
地球□は、□から傘を取りだした。が、傘を持ちながら走っていると、片手がぶらぶらゆれてまどろっこしいので、けっきょく傘をしまい、△帝のあとについて地球□は走った。ばしゃばしゃと水が跳ねる。
「著者! さっきからなんで怒涛の展開なんだ!」地球□が走りながら不平を言った。
待ってくれ。そんなこと言われたってどうしようもない。ぼくにだってわからないんだ!
「わからないってのはどういうことだ」
△帝の登場だってぼくが意図したことじゃない! 龍のお怒りもぼくのシナリオじゃない! この台風だってそうさ! 物語がぼくの言うことをきかなくなってるんだ! ひょっとしたら〈朝昼晩の三著者〉のほかの二人が……
「大事件じゃないか!」地球□が言う。
「ちょっとこのあたしを邪魔もの扱いしないでくれる! こんなときに語りかけてこないでちょうだい! ほんっとにぐちぐちうるさいのよ著者! 騒いでないではやくこの台風を止めて!」
いまやってる! だけど、どんなに叫んでも雨を止めることはできない。なんとか台風を抑えてるから本降りになるまえにはやくどこか屋根のあるところへ!
「まちがいなくなにかが起きてるぞ著者。この物語全体の問題だ」
ああ、はやく対処しないとストーリーが迷走してしまう。
「とっくに迷走してるわよ」と△帝。
「だめだ! ぽつぽつ見かけた家すら見失った!」
あてもなく彷徨っていると闇夜にぽつんと明かりが灯っている。「明かりよ! 駅だわ!」△帝が叫んだ。豪雨が降りしきるなか、二人□は大急ぎで駅にはいって引き戸を閉める。
「ふう、たすかった」なんとか本降りになるまえに着いた。この安心感たるや何事にも代え難いものがある。窓口と改札、それにぽつぽつといくつかベンチがあるだけの小さな田舎の駅構内には、地球□と△帝のほかに客はいなかったが、薪を燃やしているのだろうか、少しだけあたたかかった。この町の地図がでかでかと壁に貼ってあった。アウストラロピテクスたちの片田舎。
町の名は、ウトナピシュテム。
田畑が広がる土地にひっそりと佇む駅なだけあって、とても静かだった。雨風もここには入ってこない。遠くで遠慮がちに雨音がするほど静かだった。地球□は△帝に言われるまで駅員がいたことに気づかなかったほどだ。駅員さんはたった一人で駅員室にいてコーヒーを飲んでいた。彼は地球たち□が来たのを見ると、腰をあげて窓口までやってきた。「もう今日の龍はいないよ」耳を疑う台詞である。
「うそ」△帝が崩れおちる。
「ほんとうだ。明日の始発まで龍はみんな睡眠だ」
地球□は面食らった。こんなどこかもわからない土地で、畑以外なにもないところで夜を明かせというのか。しかもこの猛烈な台風のなかで!
「これから駅を閉めて帰るところだ。もう今日の最後の龍も飛んでったしな」
「この駅にいさせてよ! 行くところがないのよお」△帝が食い下がるが、すまねえ、閉めなきゃなんねえんだと駅員さん。残酷にも構内の照明が消されていく。闇夜に浮かぶ希望の灯りが消されていく。地球□と△帝は顔を見合わせ、それから外に目をやった。暴風雨とはまさにこのこと、木はおおきく左右に揺れ、一軒家の屋根の瓦は飛び、大気がまるでかさぶたを剥がそうとおもいっきり引っかき回すように荒れ狂っていた。「さあ」と外へ促され、二人は駅を出た。びゅうびゅう。ごおごお。狭くて細い屋根の下に立つことでかろうじて雨風を防ごうとするが、吹きすさぶ嵐のまえには無力に等しい。容赦なく、全身に雨が叩きつけられる。これはもはや雨の域ではなかった! 行くあてもなく途方にくれる二人□をよそに、駅員さんは「まあそんなに慌てるな。人生は、山あり、谷あり、緑あり、そして雨があるものだ」と言い残して、虎にのって帰路についた。
お勤めご苦労様です。
「あたしは□すら持ってないのよお! どうしろってんのよお!」
△帝にさっきまでの最強なオーラはすでになく、すでに全身びしょ濡れである。地球□は自分の□から和傘を取り出し、それを△帝に手渡した。
「つかえよ」
「なによあんた! 恩を売ろうっての!」
「横でびしょびしょになるのを黙って見ていろっていうのか。かといっておまえとあいあい傘なんてしたくないしな。だからおまえがつかえ」
「なによ。あんたがびしょびしょになるじゃないの」
「まあな。でも雨ははじめてなんだ。もうすこし雨を、感じていたい」
「とんだ変態やろうだわね」そう言いながら△帝は和傘を受け取って、それをひらき、「ほら、あんたもはいんなさい」と言った。朱色の傘が二人□を雨から防いでくれる。
このまま駅にいても雨風をしのげるわけでもないので出発するしかない。
「行くしかないのか。こんな真っ暗闇のなかを。しかも凄まじいスーパー台風なのに。わかってはいても前へすすめない。大きな困難の壁が立ちふさがっているみたいだ」
「ふん。弱音を吐くのはクライマックスだけにして」ついさっきまでさんざん弱音を吐いていたのはどこのどいつだ? 「お黙り著者。あたしはね、いつも自分に言い聞かせてきたわ。壁が立ちふさがったなら、世界を傾けよう。さすれば壁が道になるってね」△帝がギリシア文学風にいった。
「なにちょっとかっこいいこといってんだよ。ソクラテスかよおまえ。しかもWhat do you mean? 世界を傾けるくらい思い切って行動するってことか?」
「そのまんまの意味よ。世界を横にしたら、壁が倒れてそれが道になるでしょう」
「気に入った。おまえにしてはいいこというな。名言集かなにかに収録してやってもいいレベルだ」
「ふん、あたしのお口はフリードリヒ・ニーチェ」
「ほら、さっさといくぜ」
覚悟を決めた二人□は出発した。雨宿りできる場所を求めて。
「おい待て、歩調合わせろ、濡れるだろ」
「あんたのほうがあたしに合わせなさいよ、やんなっちゃう」
「はやいはやい歩くのはやい、もうちょっとスピードおとせ」
「もぉう、焦ったいわねェ…!」
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