⑤ たのしいね、ショッピング
ニンゲン界でモノを買うには、〈酸素〉を払わないといけない。朝のうどん屋でもそうだったが、服屋さんは〈ボンベ土器〉という特殊な縄文土器をもち上げ、地球のまえにすっと差し出す。その土器のなかにおもいっきりぶうっと息を吐く。するとニンゲンの肺に遺伝子で組み込まれている財布から、料金分の酸素が引かれ、支払いが完了する。
通貨は酸素なのだ。働いた分だけ新たな酸素を肺に支給される。もちろん、なんでもかんでもむやみやたらと散財していると、肺が吸える空気の貯金がなくなるというわけだ。これを〈ウォレット・ラングシステム〉という。テストに出るから覚えておくように。
カバンを探して夜市をぶらぶらした。どうせ買うのだから一生大切に使いたいと思えるカバンがいい。だが、とうとうそのハードルを越えるカバンは現れないまま、食べ物エリアに迷い込んでいた。ファミリーたちがわいわいとそれぞれの夜をそれぞれのやり方で満喫していて、いよいよディープだ。
この食べ物エリアが面白すぎた。アウストラロピテクス・アナメンシスの親父さんがなにやら怒鳴りながらセールスしていたのは、ティラノサウルスの頭部の化石を粉状にすりつぶしたティラノ香辛料。もう片方の手で、ほれ見ろと勧めてきたのはアンモナイトのエスカルゴ。大航海時代かオスマン帝国かなにかのような独特な香りが地球の狩猟採集民族としての嗅覚を呼び覚ました。
ちょっといくとまた面白そうな店があるではないか。こんどはホモ・ジョルジクスの姉妹、姉のほうが鉄板でなにやらウォンバットみたいな肉を焼き、妹のほうがトッピングと勘定を担当している。油と熱気が充満していた。
「この食べ物はなんですか?」
「なにー? 聞こえなーい!」
じゅううという鉄板の音と夜市の騒音で聞こえなかったらしい。
「この食べ物はなんですかー!」
「ディプロトドンの首の肉よー!」
姉のほうが汗をかきながらせっせと器用にトングや箸をつかって、まるで鉄板の舞台で肉のダンスを踊っているように焼く。
「モホロビチッチの伝統料理なの」
となりもまた興味深い。なにやら唇の突き出した焼き魚が何匹も串刺しにされ、磔の刑みたく並べられている。
「オパビニアの塩焼きだよー! 美味しいよー!」
だんだんとわかってきた。屋台で買ったものを野外食堂に座って食べるのだ。ニンゲンのファミリーは皆、そうしていた。机には箸が何本もぶっ刺さって置かれていて、手を拭く用の葉っぱ、なにかの骨が散らばっている。あまりの賑わいに店員さんも掃除をする余裕がないらしく、そのままの状態でカオスと化していたが、地球はむしろそれを旅情だと感じたのだ。洗濯機のなかでぐるぐると振り回されているような感覚、なんだかわけのわからないヴォルケーノの真っ只中にいるということが、良かったのだ。
そんな中、ヒトでやけに賑わう人気店があった。見てみると、なるほど、これまた一段と興味深い。
「ほら見た、ほら見た! 寿司ショーだ! モサ・サウルス! メガロドン! 新鮮だよ! たくさん仕入れているよ!」
アウストラロピテクス・セディバの板前がいった。白い丸帽子を颯爽と着こなし、匠のオーラをたぎらせて、いざ、モサ・サウルスに包丁をいれる。さらさらと流れる奥入瀬渓流のように刃を走らせる。そして切り身をオドントグリフスで巻いて、付け台にそっと置いた。こんな芸当を見せつけられたら、否が応でも立ち止まらざるをえないではないか。このパフォーマンスで観客が増える。うまい作戦だ。だが、パフォーマンス止まりではないらしく、しっかりと美味しいらしい。ヒトビトからどよめきが起こった。
「美味しいー!」
あまりの美味にその場で崩れるヒトが続出し、事情を知らないヒトからしたらなにかのテロだと思われただろう。
飲まず食わずで時間も忘れて楽しんだ。なんとなにも食べなかったのだ。目でじゅうぶん満足して、気づけば、夜市から抜けていた。そういえばカバンを買いにきたんだった。
「陛下、カバンどうします。また買いに戻りますか?」
「歩き疲れたなあ」
足はもうぱんぱんだ。
ねえ、二人とも、ぼくのカバンあげるよ。
「えっ。ほんとか著者」
「まことですか著者どの」
うん。まかせとけって。
「なんだ、あるなら最初から言ってくれよ。どこにあるんだ」
ほらよ。
地球。
地球□。
「え」
よいしょ。
オルドビス。
オルドビス□。
「え」
「いったいなにがおきた? 著者、カバンはどこ」
もう背負っているじゃない。
「もう一度きくよ? カバンはどこ」
だからもう背負っているじゃない。名前のうしろにさ。
「いやわからない、わからない、わからない。まってまって、〈著者ワールド〉すぎる。追いついてないよ、わたしたち」
「なにがおこっているのですか著者どの。ご説明くだされ」
詳しい話はあとで説明するよ。ほら、家が見えてきた。
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