② そう怒るなって、著者
道ゆくヒトビトがこちらを見て微笑んでくる気がした。山頂から見下ろしたときは点に見えたが、来てみると聖なる
アルディピテクス・ラミダスの子どもたちがはしゃいでる。
コートを羽織ったホモ・エレクトスの中年男性は空を見ながら歩いている。
赤いサリーを着たアウストラロピテクス・アフリカヌスの高齢女性は、噴水のところに座っていた。
どうやらニンゲンというものは、一種類ではないらしい。
「ややこしすぎるぜ。著者、これはおまえが考えた設定か」
どうやら世界観が当初のシナリオのままになっている。
「当初のシナリオ?」
きみが降り立つニンゲン界は、さまざまな人類種が生存と
「なんだか単語だけですでにすさまじいな」
うん。ストーリーがごちゃごちゃしちゃうとおもってね、ボツにしたんだけど、さまざまな人類種が住んでいるって設定はいいアイデアだとおもってさ、のこしたんだよね。世界は、〈パンゲア
「あーなるほど理解。この物語がやべえことだけは分かった。一種類でいいじゃないかと
ああ、これ予想以上にややこしいわってなったら、一種類にするよ。
突然、お腹がなった。ニンゲンの身体はお腹が空く。地球はお腹をさすりながら歩いた。
「著者、わたしは自分で歩ける」
いや待て、勝手に歩くな、どこへいく。
「うどん屋だ。腹が減った」
シナリオにないだろそんな展開。
「細かいこと言うなって。食事描写が怖いのか?」
そういうわけじゃないさ。
「じゃあ、店に入れてくれ」
地球はのれんをくぐった。
「へいらっしゃい」店主が迎えた。
ほらな、こうやって余計な登場人物を増やすことになるんだ。
「ごめんって。お詫びに一杯おごるさ」
食べられないよ、まったく。
窓から陽光がさしこみ、
「著者、さっきから見られてるぜ」
ああそうだよ。みんな主人公の君を知っているからね。君はみんなにとっていわばこの世界のスーパースターなのさ。
「はーい」となりの
「ナマステ。わたしが主人公だってこと、みんな知ってるのか」
うん。だけどほんとはみんな君のこと見ちゃいけないんだ。主人公の邪魔をしないっていう暗黙の了解があるはずなんだけど。気になって見ちゃうみたいだね。
「そうだったのか」
どうしたの、心なしか顔がほころんでるように見えるよ。
「えっ。そんなことないさ」地球は必死に照れを隠し、「ところで
「あたしたち、四人で結婚してるの」四人の女性のひとりがいった。
「昨日、式を挙げたばっかりなのよ」別の女性が満面の笑みで言う。「
「それはめでたい。お幸せに」地球は祝福した。
ホモ・ハイデルベルゲンシスの店主が、地球のまえへやってきた。「ご注文は?」
地球はメニューをぱらりとひらき、一番左にでかでかと太字で書かれていたものにした。
「アノマロカリスの天ぷらうどんをください」
「はいよ」
店主は麺を長く伸ばし、細かく刻んで、丼にいれた。外はさくさく、中はふわっと揚げた凄まじいビジュアルの天ぷらをその上に乗せる。
「アノマロカリスの天ぷらうどんってなんだよ」地球がいった。
海老みたいな古代生物だよ。
「アノマロカリスを聞いてるんじゃなくて。ネーミングセンスが悪いって意味」
あ、そう。いいんだ。ぼくのこと敵にまわしていいんだ。
「へいお待ち」
うどんがきた。アニは
「まって! ちょっとまって! わたしの名前変えるのは反則だって! わるくいってごめん。謝るから早急に元に戻して」
アニは地球という名前に戻った。
「もう。すぐ怒るなよな。著者、おまえ爽やかな好青年の感じでいくっていってただろう。いまのじゃまるで短気な赤子だぜ」
そんなことよりうどんがきた。食レポお願いしますよ。
「ずるずる。おお、さくさくとした食感と、やわらかい麺が、
店を出ると桜の木々が、物語の主人公を出迎えるかのように、一列に並んで立っていた。
「だからもう、なんども謝ってるだろう」
あの食レポはない。あの食レポはない。食レポ史を塗り替える駄作だよほんとに。ああ、だから食事描写はいやだったんだ。
「ゆるせ著者よ。だが、そうやって避けて通っているといつまでたっても成長しない」
そのとおりだよ。そうだよ。きみの言うとおりだ。わかった。定期的に食事シーンを織り交ぜよう。
「さて、オルドビスの家はどこなんだ」地球がお腹をさすりながらいった。
それがわからないから困っているんだよ。シナリオにも「モホロビチッチのどこか」としか書かれていないんだ。
「物語をはじめるまえに綿密に計画立てとけって」
わかっている。でも、おおまかな流れだけ決めて、あとはノープランがいいんだ。旅ってのは、ふと寄り道したようなところが一番思い出に残るものなんだよ地球。まあ、こっちでなんとかするよ。ほどよく街の描写をしたところで、ちゃんと家に着きました風に編集しとくさ。
「読者にどう思われても知らないからな」
旧市街へいくと、活気に満ちていた。レンガでできた家々が所狭しと並んでいて、屋根や電信柱から伸びている電線がこれでもかと絡まってジャングルのようだ。
混沌からガイアが生まれたとギリシア神話にあるが、混沌からはモホロビチッチが生まれたというありさま。クラクションがいたるところから耳をつんざく。泥や土や牛のフンの匂いが鼻をつんざく。そういった汚いもののすぐ横で、大きな布をフードのように巻いたしわしわのサドゥみたいなおばあさんたちがフルーツやベジタブルを広げている信じがたい光景と、倒れるほどの直射日光が、地球の頭をくらくらさせた。
メガテリウムが道のど真ん中でヒトビトの往来を遮り、ブーイングを浴びている。マンモスは一歩進むごとに地面に大きな穴をあけている。カチューシャのように信号機を身につけたブラキオサウルスが、その長い首を持ち上げて、青を知らせた。それを合図にニンゲンたちは歩き出す。しばらくすると向こう側で、同じく信号機カチューシャをつけたキリンが顔を上げて、赤を知らせると、往来はぴたりと止み、ムーの大群がドドドッと道を駆け抜けていった。それを追う獅子。ヒトビトはそれを特に気にもとめずに、またブラキオサウルスの青を待っている。
メトロに行って〈
そうこうしているうちにオルドビスの家に着いた。
「市街地から家への移行があまりにも雑すぎるだろ。もっとスムーズに移行できなかったのか」
まあまあ、そんなこといわないで、さあ、家の描写だよ。
「ったく。まじかよこの小説」
家は、人里離れたところにあった。湖の上に浮かんだ一軒家。先程の文字通りゴミゴミとしたモホロビチッチの一画にあるとは到底信じられないくらいに、この辺りは静かで、そしてクリーンだった。
家屋へとつながる木橋があった。その橋のまえ、青い作務衣を着た人物が桜の樹の下で、さも地球の来ることを知っていたかのように待ちかまえていた。
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