第5話

 全く蓄えもなかった無職の僕は、所謂いわゆる、貯金を切り崩して、などという生活も出来ない。

 とある出会いから、僕は生活保護を受給できるようになった。理由はもちろん、うつ病により収入を得る事が困難であり、尚且つ貯蓄もない為、である。

 僕は僕の人生に於いて、生活保護なんてものは無縁のものと思っていたし、してや自分自身が受給者になるなんて思ってもみなかった。だけど現実は、そうせざるを得ない事を示していた。

 投薬治療は続く。しかしすぐには効果は出ない。夜になると死にたくなる。気が付けば左手首が血塗ちまみれになっていた。どうやらカッターナイフで切りつけたらしい。記憶はないがそんなのだろう。

 普通なら慌てふためくところだろうが、僕は自分の真っ赤に染まった手首をボーッと見ていた。その時に考えた事は、本当にこんなので死ねるのか。血は止まらず流れてるけど、放っておいて死ぬのだろうか。そんな事だった。

 僕の冷静な頭は正解を導き出していた。そのまま眠って次に起きた時には、すっかり黒くなった膜が手首全体を覆っていた。つまりは血中の血小板が僕を死なすまいと働いて、見事に血を止めたのだ。

 僕の頭は死んではいけないと理解している。身体も死を拒む。だけど心だけが僕を死の世界へ連れて行こうとするのだ。それが心の病。それがうつ病というものだ。

 こんな話しを聞いたら、きっと健常者は、普通に生きている人は、なんて酷い症状なんだ、と思ってくれる人もいるかもしれない。

 だけどね、こんなのましな方なんだ。何故ならこれは薬のせいで頭がはっきりせず、記憶がない時の出来事だから。

 薬が効いていなくて、死にたい気持ちが膨らんで、飽和状態を興したら、僕は途端にどうして良いのか分からなくなる。頭の中を、得体の知れない何かが僕に、死ね死ね早く死ね。お前に生きる場所なんてないんだよ。だから早く死ね。

 そんな風に言っている声が聞こえる。これは幻聴なんかじゃない。もっと言ってしまえば聞こえると言うよりも、自己暗示を自分自身で掛けている、そんな感覚だ。

 とにかく僕はその声に耐えられなくなり、スウェットパンツの腰紐を解いて首に回し、端々を持った両腕を、目一杯に外側に引っ張った。

 それで死ねたら苦労はない。死ねる訳がない。だって意識が遠のいていったら、当然だけど引っ張る力が弱くなるから。最後のとどめを差す事が出来ないんだ。

 僕は高い所が苦手だし、痛い中でも、刺すような痛みは嫌いだ。だから自分一人で死ぬ事も出来ないんだ。そうして自己嫌悪に陥り、悪循環の堂々巡りを繰り返す。

 こんな僕だから皆んな僕の事を嫌いなのは分かってる。口先だけ心配してるような事を言ってても、どうせ影に隠れたら僕の悪口を言っているのに決まってる。

 もっと言ったら、好き、と言う人間もいる。どうせ僕のなけなしのお金が目当てなんだろう?僕にお金がなくなったら、途端にそっぽを向く算段だ。

 こんな風に、僕は社会から、人の輪から外れていった。

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