護衛養成高校に通うオレがアイドルJKをエスコートすることになりました

ヒチャリ

アイドルJKを護衛(エスコート)することになりました

「オリャっ」


 分かりやすい相手の掛け声とともに防具をまとった大男が襲いかかって来る。


 同い年の生徒の中では体格が良い相手で、全国高校生の平均身長であるオレとは体格差がかなりある。


 勢いに任せた直進的な動きが見え見えなので、軽くその力を腕でいなし、そのままの勢いを利用させてもらいながら相手の重心を崩す。


 相手の背に腕を回し捕獲する。


「アイタタッ、神谷ギブギブ」


 相手の降参の申し出を素直に受け、手を離す。


 これで10人抜き。


 同授業のメンバー全員の制圧に向けて淡々と訓練をこなしていく。


 次の相手を見つけようとしていたところ、練習場にボブカットの黒髪女性が入ってくる。


「おっ、神谷!実戦から帰ってきたんだな」


「どうも」


 彼女はここ日本護衛養成高等学院で教師をしている飯野春香。


 オレ、神谷義輝(かみやよしてる)の教育担当をしている。


 彼女はみなからハルセンと呼ばれているので、オレもそう呼んでいる。


「なんだ、おまえら〜。情けないぞ」


「いや、コイツまじで化物ですよ」


「実戦ではそんな言い訳は通用しないぞ」


「そんなぁ〜」


 先ほどの体格の良い男子がハルセンにグチをぼやいている。


 周囲の生徒たちも疲れがピークなのか、座り込んでいるものがほとんど。 


「まっ、コイツらじゃ訓練にならんか」


 何やら考え事を始めるハルセンだったが、咄嗟にオレの方へ顔を向ける。


「神谷!この後時間あるか」


「はい」


「じゃ、部屋まで来てくれ」


 返事をするオレに背を向け、そのまま手をあげて部屋を出ていくハルセン。


◆◆◆


 着替えを終えたオレはハルセンの部屋まで来ていた。


 中に入ると机の上の山積みになった書類を漁っているハルセン。


 20代半ばでありながら、この学校の特進クラス生徒をとりまとめるエリート教師である。


 しかしながら整理整頓は苦手のようでハルセンのデスクの上はいつも散らかっている状況だ。


 そんな彼女がオレに気付き、語りかける。


「あぁ、すまんすまん、そこに座ってくれ」


「どうも」


 ハルセンが冷蔵庫から缶ジュースを持ちながらオレへ差し出す。


「ほら差し入れだ」


「ありがとうございます」 


「んで、調子はどうだ?」


「順調です」


「そうか、そりゃ頼もしい限りだねぇ」


 ハルセンが机から書類を取り出し、オレの前に置く。


「そんな君に、スペシャルミッションだ」


「スペシャル?」


 書類にはいくつかのプロフィールと少女の写真が添えられている。


「この子を知ってるかね?」


「いや、存じ上げません」


「はぁ、君という男はアイドルとか興味はないのか」


「申し訳ございません。こういうものには疎いもので」


 なにせ、毎日が特訓の日々。


 一部の男子生徒はこういった類に精通している者もいるが、オレにとっては全くの関心の範囲外だった。


「まぁ、いい。それでだ、この子がストーカー被害にあっているようでだな」


「そのストーカーから護衛しろと?」


「あぁ、ただ守るだけでなく完全制圧までできたらミッションクリアだ」


「完全制圧?」


「あぁ、言い方はあれだが、この類いの輩は再犯性が高くてな。そういった種をつむことができるまでがベストだと考えている」


「犯人が2度とストーカーしなければいいってことですかね」


「まぁ、そうなるな。クライアントからの勝手の要望でな」


 なるほど、一人の生徒のミッションにしてはかなり特殊な案件だ。


 この学校で課外ミッションを言い渡される際には大概、どこかのビルの警備みたいな実習が多いものだから、スペシャルと言われるだけある。


「それで引き受けてはくれるかね?」


「了解です。すぐ準備します」


「あっ、待て待て」


 すぐさま書類を持ち、ソファから立ち上がろうとするオレに対し、ハルセンが待ってをかける。


 そして棚からなにか物を取り出し、オレの前に差し出す。


「これは?」


「スペシャルと言っただろ」


 なぜか自分の知らない学校の制服が一着、差し出された。


「アイドルと同じ学校なんて青春だね〜」


「はっ?」


◆◆◆

 閑静な住宅街の中、ひっそりと塀に囲まれた一軒家が見えてくる。 


 ハルセンからもらった書類をもとに依頼主の住む家の前へと訪れていた。


 目的の場所へと到着し、チャイムを鳴らす。


 しばらくすると、写真で見ていた顔と相違ない制服姿の女子、仲井美沙(なかいみさ)がドアから出てくる。


「はーい」 


「本日付で警護につくことになった神谷だ」


「ふーん。キミが例の」


 長い黒髪をなびかせながら、オレの方へ歩み寄ってくる。


 なぜだか彼女はオレの顔をマジマジと見つめている。


 今日初めてきる学校の制服サイズが合っていないのであろうか?


 色々と思考をめぐらせている最中、彼女から質問が飛ぶ。


「キミ歳はいくつ?」


「十七だ」


「同い年ねぇ、ホントに護衛のプロなの?」


「実戦歴は二年。与えられたミッションはオールクリアだ」


「へー、オールクリアかぁ」


 いくら護衛学校の生徒とはいえ、実習先ではプロとして扱われる。


 今回も実際、彼女の事務所から学校にきた列記とした依頼であり仕事である。


 実際、オレも何回か学校経由の仕事をこなしてきたので、簡易的だが経歴を彼女へ告げた次第だ。


 仲井はなにやら考えごとを始め、


「じゃあさ、一週間!」


「ん?」


「一週間で私に付き纏うストーカーを捕えて頂戴」


 急にムチャな要求を告げ、家から出発しようとする彼女。


 こうして仲井美沙の護衛任務(ミッション)が始まった。

 

◆◆◆


 人混みの少ないバス車内。


 席に座ってスマホをいじっている仲井美沙のそばでオレは周囲を見張っていた。


 どうやら普段から彼女は通学路としてバスを使っているようだ。 


 家を出発してから特に会話がなかったのだが、チラチラと仲井がオレを見て質問を投げかける。


「っていうかさ、ずっと私につきっきりなわけ?」


「あぁ、それが最優先だ」


「最優先か……」


 オレの言葉を聞き、何やら黙って考えはじめる仲井。


 そして、仲井が急に席から立ち上がる。


「どうした?」


「ずっと立ってるの疲れるでしょ。だから交代」


 バスが停車し、乗客の乗り降りがはじまる。


「不要だ」


「いいの、いいの。一日長いんだし」


 仲井に無理やり椅子に座らせられる。


「あっ、ちょっと目を瞑ってて」


「なぜだ」


「いいからいいから」


 素直に目をギュっと瞑る。


 しばらくして、またバスが動きはじめる。


「目を開けていいか」


 オレの投げかけに返事がなく、バス内のエンジン音のみが響く。


 目を開けると仲井の姿はなく、窓からバス停の方を覗いてみる。


 するとそこには手を笑顔で振っている仲井がいた。


♡♡♡


「何がプロよ。ちょろいもんね」


 笑顔を繕いながら、護衛のプロと名乗る男の子が乗っていたバスに手を振りながら見届ける。


 事務所からストーカー対策で護衛がつくって聞いていたけど、ただの同い年の子どもじゃないの。


 あんな古典的なやり方で出し抜かれるんだから、軽々しくプロなんて名乗って欲しくないわ。


 その瞬間、走っているバスの窓が勢いよく開く。


 そして、咄嗟に空いた窓から躊躇いもなく勢いよく飛び降りる男の子。


「はっ!?マジ何やってるの」


 受け身をとっている様子だが、走り出したバスの慣性の力はモノすごく強いらしく、勢いよく道端に転がっていく。 


「もーなんなのよ」


 私は繕っていた笑顔からすぐに焦りへと転じ、彼に急いで駆け寄る。


「バカっ、何やってんの」


 こんなんで死んだなんてホントシャレにならないんだから。


 焦る私とは対照的に彼の方は何ごともなかったかのように淡々と立ち上がる。


「降りただけだが」


「いや降りただけって、降り方オカシイでしょっ!」


「そうか?」 


「そうよ、もっとマシな方法があるでしょ」


「今のが最優先の結果だ」


「プふっ……」


 思いがけないコメントを平然と口にする彼に大して思わず笑ってしまう。


「どうした?」


「アンタ、最高だわ。ホント」


 私の反応に理解できないのか不思議そうに見つめる男の子。


「ホントに大丈夫なんだよね?」


「あぁ、大丈夫だ」


「そっか、じゃあいきましょ」


「バスに乗らなくていいのか?」


「えぇ、もうすぐ着くわ」 


 歩き始める私に彼も素直についてくる。


 ホント変な子。


 この子だったらもしかしたら……。


 ちょっとした希望を抱き学校へ向かう。


◆◆◆


 チャイムが鳴り響く校内。


 オレは仲井美沙の通う安梅(おうめ)高等学校に着き、彼女のいる教室前に立っていた。


 仲井の側に終日付いていて問題ないようにハルセンが一時的にこの学校への転入手続きをしてくれていたのだ。


「ねぇねぇ、今日は転校生がくるんだって」


 半開きになっているドアから教室の中の様子を伺うと、オレのことを指しているような会話が聞こえてくる。


 各グループの会話で弾んでいる中、仲井はどことなくつまらなそうに外の窓を見て、一人で佇んでいた。


 この教室の担任がやって来て、目の前の教室のドアを開ける。


 ドアが開かれるとともに教室内の生徒たちも席に座って落ち着いていく。


「じゃあ中に入って」


「はい」


 教師の申し出に素直に従い、教壇に立つ。


「では、今日から転校してきた神谷くんです」


「今日から転校してきた神谷だ。以後よろしく」


 簡易的に自己紹介を済ませ、周囲の生徒から拍手をもらう。


「えーと席は……、ん?どうしたの神谷くん」


 担任が続きを発する前に、オレは教師の方を軽く叩き、  


「あそこで」


 オレは仲井が座っている席の隣のスペースを指差す。 


「えーと」


 何か歯切れが悪い教師の反応だったので、再びオレは明言する。


「仲井美沙の席の右隣。最優先事項だ」


「はぁ?えーと、じゃあそうする?」


 教師は困った様子だったが、オレの発言に押し切られた模様。


 周囲の生徒たちも少しざわついていた。


「ククっ、ホント最高だわ」


 周囲のどよめきとは対照的に笑いをこらえる仲井。


 何か面白いことでもあったのであろうか。


◆◆◆

 昼休みに入り、食堂では生徒たちで賑わっていた。


 各グループで談笑や食事が進んでいる中、オレも仲井と一緒に二人で食事をしていた。


 仲井が食堂のラーメンをすする一方、オレは携帯式のブロック食品を摂取している。


「アンタさ、ご飯ぐらい食堂でちゃんとしたもの食べれば?」


「大丈夫だ」


「あらそう」


 会話が特に進むわけではなく淡々と食事をしていた二人だったが、周囲のグループは楽しそうに食事をしながら談笑している。


 オレは他のグループを横目で見て、


「そういうアンタは誰かと食べなくていいのか」


「あー、そういう心配いらないから」


「そうか」


「この学校で私に話しかける奴なんていないから」


 どこか寂しげな仲井。


 再び会話が途切れてしまったところに、スマホに通知が来る。


 オレはスマホを取り出し、ハルセンから見ておくようにと指示された資料を確認する。


 オレはついついスマホと仲井の顔に視線を行き来させていたのだが、


「もー、ずっとスマホ見てていいわよ。朝みたいに逃げないから」


「そうか」


 スマホを横にしてしばらくジッと資料を見つめていた。


 すると突然、彼女がスマホをオレからとりあげてくる。


「ふふーん、気を抜いたわね。どうせ機密の資料とか何かでしょ。私に見られたらマズイんじゃないのぉ〜?」


 彼女は、オレのスマホの画面を見ようとする。


「いや、それは……」


「なっなっ、何ガン見してるのよ」


 慌ててオレの前にスマホを向ける仲井。


 画面にはハルセンから共有されていたmytubeリスト、仲井美沙アイドルPVプレイリストの動画が表示されていた。


 今の彼女からは想像できないが、PV動画内では投げキッスやハートのポーズといった世間でいう可愛らしいというポーズを多用していた。


「それは上司から見ておくようにと言われた資料だ」


「何が資料よ!私の動画じゃないの!?」


「あぁ、そうみたいだな」


「もー、なにがみたいだなよ!」


 何故か不貞腐れている彼女。


 その彼女とは反面、動画の彼女は笑顔を振りまき、手や腰を振り、ピースポーズを決めていた。


 しばらく俯いていた彼女から、


「そのさ、どう思う?」


「どうって?」


「いやその動画見てさ、感想とかないわけ」


 不機嫌そうに問いかける彼女に対し、オレは思ったことを口にする。


「普段とは違うんだなって」


「えっ」


「この動画だとよく笑っているなと」


 しばらく黙っている仲井。


「どうせ、アンタもこっちの私の方が好きなんでしょ」


 なにやら神妙そうな面持ちの仲井に対し、


「こっちのというと?」


「あぁ、だからこんな風に可愛く笑った方がいいって言うんでしょ」


「それは……」


 食事を終えたのか、急に立ち上がりお盆を持ち立ち上がる仲井。


◆◆◆


 食堂を出て、早歩きでどこかへ向かう仲井。


 オレも彼女の後を淡々と追っている。


「アンタ、もしかしてここも付いていくつもり?」


 仲井の指さした先は学校の女子トイレ。


「わかった、ここで待つ」


 彼女がトイレに入っていくのを見届ける。


 再びスマホを取り出し、あることを確認していた。


♡♡♡

 どんだけあいつ追ってくるわけ。


 手洗い場の鏡に映された私。


「どうせ、私は……」


 そう、本当の私のことを見てくれてる人なんて……。


 私は室内の窓の方へ向かう。


 窓の外を見て誰もいないのを確認し、窓から飛び出すのであった。


◆◆◆


 オレは下校口の下駄箱に足を運んでいた。


 まだ昼休みで帰る時間ではないのでひと気が少ない様子だ。


 そんな中、一人下駄箱前でたたずむ女子生徒がいた。


 彼女に近づき、背後から近寄り、彼女の肩を軽く叩く。


「ひっ!」


「すまん、驚かせた」


 そこにはかなり動揺した顔の仲井美沙がいた。


 先ほどまで手洗いにいくと言っていたのに、下駄箱にいる次第だ。


 慌てて仲井がロッカーを閉めようとすると、1枚の写真がオレの前に落ちる。


 オレは写真を拾い、事実を確認していく。


「さっき、この写真を下駄箱に入れようとしていたな」


「ずっと見てたの?」


「あぁ」


 気まずそうな顔でオレをチラチラ見ている仲井。


 写真には盗撮っぽく加工された仲井美沙の姿と脅迫文まがいな内容が記されていた。


 わざわざオレの目を欺き、この写真を彼女が自身の手で自分の下駄箱に入れようとしていたことからあることを推察していた。


「もしかして、ストーカーというのは」


「そうよ、私の自作自演よ」


「なるほど、やはり」


「っていうかなんでここにいるのよ?」


 あっさりと認めるものの、オレに疑問をぶつける仲井。


「これだ」


 オレはポケットからスマホを取り出す。


 画面には地図と赤い点が記されている。


「なによ、これ?」


「GPSだ」


「えっ、私の?」


「あぁ」


 一瞬、呆然とスマホを見つめている仲井だったが、続けて反論しようとする。


「なんで勝手に」


「勝手にではない。契約書にも書いたぞ」


「はぁ〜、もーどっちがストーカーなんだか」


 その場で肩を落とす仲井。


「なぜ、こんなことを?」 


「なんかさ、色々つまんなくて」


「は?」


「いやさ、私、学校だと空気だからさ。なんか面白いことないかなって」


 外ではサッカーをするグループや会話を楽しむ女子生徒たちが通りかかる。


「意味がわからん」


 オレは彼女に写真を返す。


「アンタには言われたくない」


 しばらく沈黙が続く。


「さっきの答えだが」


「答えってなんのよ?」


「オレは、アンタのふとして笑った顔の方がいいと思っている」


「へっ?」


「上司からお前は世間とはズレているとよく言われるから、当てになるか分からんが」


「プふっ。そうわね、あなたズレてるわ!」


 咄嗟に笑顔になる仲井。


 そう、その咄嗟の笑顔の方が動画の中の仲井美沙よりもいいとオレは思っている。


「またこういうことをするのか?」


「うーん、どうかな。あるかもね」


「それは困る」


「いや困らないでしょ」


「アンタがこういうこと止めないと任務クリアにならん」


「プふっっ!」


 再び笑い出す仲井。


「どうした?」


 そんなに面白いことを言ったであろうか。


「じゃあさ、アンタが私のストーカーになってよ」


「はっ?」


「私のこと見ててねっ!」


 急にオレの顔元に顔を近づけ、見つめてくる仲井。


「いや、えーと」


 咄嗟の展開についていけておらず、戸惑っているオレに対して、彼女は再び、


「はーい、それがあなたの最優先!決まりね!」


 なんだか分からないが彼女にその場を制される。


 そして再び、教室の方へ歩き始めようとする彼女。


 オレも慌てて彼女に付いていこうとすると、彼女が振り返り、


「ねぇ?」


「どうした?」


「キミの名前は?」


「神谷だ」


「いや下の名前だよっ!」


「義輝(よしてる)だ」


「じゃあ、義輝って呼ぶね。よろしくね」


 歩みを進め始める仲井。


 その表情は動画では見せない、オレのいいと思う笑顔が映っていた。

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