第5話 ~Ⅴ~

 窓から見る景色が、今日も夕方のモノになった。

 とても単調な病院での一日は、一日の価値を、自分の中で希薄にさせるには十分だった。


 それでも、そんな単調な日々に、このまま明日も来月も来年も、こんな風に過ごしていけたら、と、私はどこか救いの気持ちを求める。でも、きっとそんな日は来ないという事もわかっている。



 高校に入学した所までは、異常は感じなかった。でも、2、3か月と時間が経過した頃、自分でも忘れかけていた心臓の異常が、はっきりと感じ取れるようになってきた。


 一旦、自分で理解してしまうと、症状は目に見えて悪化し、遂には普段通りの生活も送れなくなってしまった。

 ゆうくんからは心配のメールが頻繁に届くようになり、私は彼だけには、衰弱し、元気のない自分を見せたくない、と努めて明るい返事を返すようにしていた。

 しかし、入院が決まり、そのごまかしもきかなくなってしまった。彼は、ほぼ毎日のようにお見舞いに訪れ、常に笑顔で、学校で起こった事や、面白かったテレビの話、元気になったらどこかに旅行にでも行こうか、など、とにかく私を元気づけてくれるような話ばかりしてくれた。


「私たち、付き合い始めたばかりなのに、病院にばかり通わせちゃってごめんね」


「気にするなよ、場所なんて関係ない、こうやって顔合わせられれば、デートみたいなもんだろ?」


 彼の優しさが支えでもあり、それと同時に、以前のように一緒に過ごす事はもう叶わない、という大きな未練を、私に感じさせた。


「おっ! これって、もしかして中学の時の風凪山のやつ?」


 ふと、彼が、病室に飾っていた一枚の写真に気付いた。本当は、随分前から置いていたんだけれど、彼はようやくそれに気づいたようだ。


「うん、そうだよ。あの時の桜、本当に綺麗で、今でも、たまに思い出しちゃうんだ。お母さんにお願いして、ここに飾らせてもらったの」


 中学の時に、彼と私の家族でピクニックに行った飾凪山での写真。

 そこには、まだどこかあどけない彼と私が写っており、写真の中の私は、満面の笑顔を浮かべ、彼の左腕にしがみつき、母親の持つカメラのレンズにピースサインを向けている。

 私たちの後ろには、写真でも、その優美さが感じられる満開の桜の木々が写っていた。


「ふふ、本当に、この時のユキ楽しそうだったよな~。毎年、春の桜の木とか見るとさ、この時のユキの顔思い出しちゃうよ!」


 写真を眺めながら、彼が茶化すように言ったその言葉を聞いたとき、私は、ある言葉を、誰に聞かすわけでもなく、一人でに自然とつぶやいていた。


「・・・きみにまほうをかけました」


 ハッと我に返り、今の言葉に、自分自身が一番驚いていた。


「ん? 何か言った?・・・あれ、何でユキ泣いてんの?」


 彼に指摘され、気づいた。私は、自分でも驚くくらい静かに、自然と涙を流していた。何でもないよ、と、慌てて誤魔化し、涙を拭って、なんとかその場をやり過ごした。



 肌寒い冬の夕方の景色を眺めながら、そんな昨日の出来事を、私は思い返していた。

 死期が迫っている中、一体どれだけの人間が、同じ景色を見て、それぞれの想いを馳せたのだろう? 私には想像もつかなかった。


 でも、一つだけ自分でも理解出来る気持ちがあった。

 

 それは、ありふれていて、とても単純な、


(今日も、きっと眠れないだろうな)


 という平凡なモノだった。

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