第4話 ~Ⅳ~

 実際の魔術の実行には、比較的開けた場所で、人の目が気にならない場所が望ましかった。そこまで、地理に詳しい訳ではなかったが、一つだけ思い当たる場所があった。

 子供の頃、浅井と一緒に行った風凪山だ。あそこには、シーズン中、花見客が利用できる広場のようになっている箇所があり、季節が過ぎれば、よっぽどの物好き以外は近づかない。特に夜中ならば尚更だ。俺は、次の満月の夜に魔術の実行を決め、人知れず必要な道具を集めていった。


 そして満月の夜、必要な道具を詰め込んだバッグを背負い、こっそり家から抜け出し、俺は風凪山の方へと向かった。


 風凪山に着いた時、時刻は11時を少し回っていた。時間的には丁度良かった。この魔術を行うには、12時を過ぎる前に所定の段取りを済ませておかなければいけなかったからだ。

 

 具体的には、少量の塩と、小瓶に入れた清涼水、スーパーなどで売っている鶏肉、後は相手が生前使用していたモノを、一緒に土の中に埋め、その上に書籍に書かれていた呪符を書き記していた紙を張り付けた粘土人形を置く。

 その周りをろうそくで取り囲み、12時を超えるまで、決められた呪文を唱える、というモノだ。生前使用していたモノには、遺品としてもらった櫛を使う事にした。

 自分でやると決めておきながら、こんな所は、本当に誰かに見られたくないなと、どこか冷静な考えが浮かんだ。


 所定の段取りを手早く済ませ、後は呪文を唱えるだけとなった。呪文を唱えている最中は、なるべく相手の事を考えていた方が良いと思い、俺は、自分の頭の中の隅々に残っている浅井の記憶を引きずり出した。


(もうすぐだ・・・きっともうすぐ会える、浅井に・・・)


 根拠は何もなかったが、ここまでしたのだから、と俺の中では言い表しようのない自信みたいなモノが溢れてきた。

 

 時刻が12時を過ぎ、呪文を唱え始めてから、20分程が経ってきた頃、徐々に周りの空気が変わってきたように思えた。夜中なので、元々空気はヒンヤリしているんだが、そういうのとは違う、急に異世界の中にでも入ってしまったような、そんな感覚があった。

 加えて、これは気のせいかもしれないが、何だか自分の周りを黒い霧のようなモノが蠢いているように見えた。時刻も遅くなって、とうとう幻覚を見始めてしまったかと、俺は自分の目を何度かこすった。


 何度目をこすっても、目の前の黒い蠢くモノは消えなかった。それどころか時間が経つにつれ、何だか大きくなっているように思える。


(何だ、こいつは?・・・俺は、とんでもないモノでも呼び出してしまったのか?)


 目の前に広がる黒いモノは、とうとう俺の身体を遥かに超える2、3M程の巨大な大きな靄となって、俺の前に立ちはだかった。その形状ははっきりとはしていなかったが、両手、両足のようなモノがあり、どことなくヒトガタの形状をしていた。


「・・・な、何だよ、この化け物!?」


 テレビドラマや映画の中の話ではなく、俺は、今、現実に目の前に起きてる事に恐怖し、身がすくんでしまった。やっぱり怪しい魔術なんて試さなければよかったんだ、とこの期に及んで、後悔の念が芽生えた。

 俺が、目の前の化け物に恐怖し、何とかこの場から立ち去ろうとした瞬間、ある声が聞こえてきた。


「ゆぅ・・・ゆぅくぅん・・・」


 聞き覚えのある声だった。いや、聞き覚えどころか、今、俺がこの世で一番会いたい人間の声だった。


「浅井?・・・いや、ユキ・・・その声はユキなのか?」


 こんな状況ながら、声の出どころを必死に探した。微かにしか聞き取れない浅井の声を捉えようと、必死に耳を澄ました。


「ゆぅくぅん・・・ゆぅくぅん ・・・ここだよ・・・私は”ココ”にいる」


 信じられない事に、その声は、今、俺の目の前にいる化け物の方から聞こえてきていた。


「ユキ?・・・本当にお前なのか?・・・その中に、本当にお前がいるのか?」

「そう・・・だよ・・・ゆぅくぅん・・・ねえ、ゆぅくぅん も”一緒に”なろうよ?」


 ”一緒に ”という言葉の意味を、この時は深く考える事が出来なかった。ただ浅井の声が聞けて嬉しかった。この何か月、何度想ったかわからない、その人間の声に、俺はすっかり憑りつかれてしまった。


「そうか・・・中に行けばもう一度会えるのか・・・ユキともう一度同じ世界で暮らせるんだな・・・だったら、俺も、今からその中に・・・」


 すっかり声に憑りつかれてしまった俺は、自らその黒い靄の中に歩み始めた。ところが、それとほぼ同時に、強烈な衝撃が自分を襲った事も感じた。そして、そのまま意識を失い、俺はその場に倒れこんでしまった。



 目が覚め、意識を取り戻した時、さっきまでの光景は跡形もなく消え去っていた。その代わり、周囲には朝の清々しい空気が広がっていた。


(・・・夜が明けたのか?)


 野外で気絶し、そのまま眠ったしまっていたせいだろう、全身からギシギシと痛みが伝わってきた。


「よう、もう目が覚めたのか?」


 ふいに誰かから声をかけられ、俺はその言葉の主を咄嗟に探した。まだ意識が朦朧としている中、そこには普段から見覚えのある人間が二人、俺を見下ろしていた。


「秋山?・・・それに青木か?」


 そこには、クラスのお調子者の秋山と、その秋山とよくつるんでいる同じクラスの青木がいた。


「だいぶうなされていた。目を覚まして良かったよ」と、青木が冷静な口調で答える。


「・・・お前ら、何でこんな所に?」

 

 純粋に思った疑問を、俺はそのまま二人に尋ねた。


「ああ、俺たちか? まあ部活動の一環だよ。”風凪町課外地域研究部”、街中で噂される話の真意を確かめるのが、俺たちの役目でさ。この山に朝方にしか現れない”幻の青い鳥”がいるとかいう話があってよ。それを、確かめにここまで来てみたら、お前がここで寝てたっていう、そんな所さ」


 まだ朝早いにも関わらず、秋山が普段の語り口と変わらないテンションで、俺にそう説明してくれた。


「フフッ・・・何だ、それ?・・・でも・・・介抱してくれたんだな・・・有難う、な」


 俺は、クラスメートに怪しい魔術を試している最中に、気絶してしまったなんて、もちろん話せるわけもなく、軽く礼をいい、この場から立ち去ろうとした。


「おい、藤堂! お前、全身土まみれだし、そんな状態で本当に帰れるのか?」

 

 秋山が、立ち去ろうとする俺に心配の言葉をかける。


「・・・大丈夫だ、心配いらないよ。あと・・・ここでの話は誰にも言うなよ」


 心配の目を向ける二人にそれだけ告げて、全身ボロボロの身体を何とか動かし、俺は帰宅の途に着いた。心身共に本当にクタクタだったが、一つだけ有難い事があった。

 日付が変わった今日は土曜日で、疲れ切った身体を休めるには、十分な時間があるという事だ。

 夜中に家を抜け出し、全身汚れて帰ってきた事は、もちろん母親にバレ、こっぴどく叱られた。俺は適当な理由をつけて、何とかその場をやり過ごした。


 夜中、自分のベッドに寝そべりながら、昨夜の夜の出来事を思い出していた。本当に、今考えても信じられないくらいで、こうして、何事もなく自分の部屋に帰ってきてるのが、どこか不思議な気がした。


(結局・・・俺が見たのは、全部夢か幻で、何もなかったっていう事か・・・)


 その後も、頭の中に色々な思考が駆け巡ったが、とうとう、自分の気持ちに整理をつけるのも面倒くさくなって、その日の夜は、早めに就寝する事にした。

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