第2話 自称名探偵
「何かね。人の顔をジロジロとみて。」
緑色の瞳を電車のドアから一切そらさないままに、何の前触れもなくその人は声を発っした。少し高い声だった。性別どころか、年齢すらも分からない。
少し舌足らずな高い声。それだけをみれば、子どもにも見える。けれど、ハッキリとした物言いは、やり手の会社経営者にもみえる。
もう少し観察してそこら辺の考察をしてみたかったけれど、ジロジロ見るのも確かに失礼だったと思ったし、何より、得体の知れないこの人とは関わりたくなかった。本能的にそう思った。後から考えるとこの本能は適切だったと思う。
その本能に従って、
「いえ、失礼しました。」
とだけ言って、私もその少年に倣ってドアの窓枠に広がる一面の田んぼをみていた。
それ以降、私たちは一切話さなかった。
外に出るとカンカンとした日照りが私の肌を焦がしているのを感じる。電車を出て一分も経たない内に、汗も噴き出してくる。アイスクリームが固体から液体にかわるように、自分の体が溶けだしていく。
紫外線は肌に悪いと思い、一応、日焼け止めも塗ってあるが、この焦げ付かせるような白い光にはかなわないような気がする。
昼になって、太陽がぐっと近くなったような気もする。暑い。ヒートアイランドなんちゃらとかで、都会の方が暑いだとかよく言うけれど遮るものの何もないだだっ広いだけの田舎の方が暑い気がした。
それでも今日の私は探偵だ。事件は探偵を待ってはくれない。そう、自分を叱咤して、そのまま、ミステリーツアーの開催場所に行くためのバス停に行く。
バス停に行くと、ちょうど一〇分前にバスが出発してしまったことが、破れかけの時刻表で確認できた。次のバスは一時間後らしい。この暑い中で一時間待たなければならないことにげんなりする。
けれど、本好きにはこんな時でも小説がある。それを思い出す。傍にある、木陰を見つけて、その中で、バッグの中からザラザラとした感触を頼りに、汗が本につかないように気を付けながら、革製のブックカバーを探す。先ほどのミステリー本を読むつもりだ。このミステリーは孤島を舞台にしたものだった。簡単に要約してしまうと、そこで次々と数え唄の通りに登場人物たちが首をちょん切られたりして殺される話だ。
ミステリー女子あるあるだと思うけれど、こう言った話を分かち合ってくれる彼氏がいないのだけは悲しい。ジェンダーフリーで、下ネタを女子が言うのもある程度寛容になってきた世の中だが、首をちょん切った話を嬉々として語る女性を受け入れてくれる男子は少ない。
私にも彼氏がいたこともありこんな話をふったことがあるのも一度や二度ではない。けれど、その話の後で、若干ひかれた。
そして、男女のスキンシップが次第に少なくなり
「ごめん、俺、お前のこと女としてみれねーわ。抱けない。」
とか、目も合わせずに言われたこともある。
・・・三回もある。
ま、まあ、確かに楽しそうに、“殺された後の内臓の状態の変化”や、“惨殺死体”、“柵条痕”の話を一時間以上に渡ってしてしまったわたしにも悪いとこはあるかもしれないけど。
・・・
み、み、ミ、ミステリー好きならこのくらい当たり前だから仕方ないよね。
ごっほん。
気を取り直してこの本を読もう。ちょうど、ヤクザの人が頸動脈を切られて死んでしまったところだった。ふむ、恐ろしい。そう思いつつも事件のことを冷静に考察していく。一生懸命この事件を起こした犯人の意図を紐解いていく。
ついには語り部であった探偵役の人が殺されてしまう。
この人は、犯人を見つけそうだから殺されたのか?あるいは、最初から殺されるためにこの島に集められたのだろうか。
この本では次々と集められた人が数え唄になぞらえて殺されていく。
せっかく暇なので唄を紹介しようと思う。
唄はこんな風だった。
いちばーん初めは 海の方 指をちぎられ 赤いバラ 手から溢れてとまらない そうして
一人目いなくなる
にーばん 地味に~いなくなる 突然どこかへ消えたまま 帰ってこない さあ、次へ
さんばーん ぐちゃぐちゃ ミキサーに かけられた かけられた 美味しくするには次はなに
よんばん つぎーは焼いてみる にーばんのおててが混ざってみえた こんがり焼けたら おしまいです 実食したら どこかへ消えた弐番の味がちゃんとする よかったね。
そんな唄だ。一応、物語上では料理の唄ということになっている。
一番で新鮮な海の材料を切ってしまう。海の生物を一人と呼んでいるのは海の生き物も人と同じように生きている。だからその存在を一つ一つ大切に感謝して食するための教訓みたいなものらしい。まあ、ミステリー好きならこの時点で怪しい唄やなって思う。
弐番の唄はよくわからない。肆番で帰ってくるとはどういうことだろうか?参番は、出汁を作るために色々なことを混ぜることを言うらしい。
四番は最後に焼きの工程が大事だよ。ってことらしいが弐番が見つかる意味が分からない。
そういえば、辺境の片田舎に集められ、ミステリーツアーに向かう私と、この本の語り部だった人の状況が似ている気がする。この本の舞台が海の孤島ならば私たちが行くのは電波も入らぬ陸の孤島といったところだろうか。そうすると、今の状況にその事件を当てはめてしまう。これから起こるであろうことを小説の内容に重ねて妄想してしまう。
そうして殺されていく事件の人物たちに自分を当てはめていく。まだ、顔も知らない、これからミステリーツアーであう人が殺されていくのを想像する。
惨殺死体。
指をちぎられた人の遺体。
焼却遺体。
次々と数え唄通りに人が殺されていく。そして、最後には私も・・・
背筋がぞくりとした。制汗スプレーをしているのになお、汗がとまらない身体。それとは真逆の寒気を感じてしまう。
怖い
けれど、ワクワクしている私もいる。お化け屋敷に行くような感覚だ。まさか、本当に殺人事件が起こるわけもあるまい。一種のロールプレイングゲームだ。そういう意味ではそうした恐怖を与えてくれたこの本には感謝しかない。
そうやって自分と本の世界を同化しながら読み進めていくと、バスが来ようかという時間帯になった。
本もちょうど、終わったので、バスが来るまでの数分、本の余韻に浸ろうと目をつむって、この本の世界にもう一度入っていこうとした。
目をつむろうとした時、突然、ボーっとしていた私の視界が稲穂のような黄金色に染まった。目の前に、先ほどの性別不明のちみっこい人が目の前に現れたのだった。
「やあ、渡 蓮眠くん。私は、名探偵だ。よろしく。」
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