雲仙が見え始めてすぐに、汽車はまた海岸線から離れた。

 すぐに諫早だ。だいぶ日は高く昇っていた。


 しかしなぜか諫早では、汽車はなかなか出発しようとはしなかった。もう三時間くらいは停まっている。すでにお昼頃ではないかと思われた。

 外を見ると、雨が降り出していた。それほど強くはないが、季節外れのみぞれ混じりの冷たい雨だった。

 船も鹿児島到着から上陸まで三日も待たされた。そしてこの汽車も、あと一足で長崎というところで足止めを食らっている。


 そんな諫早を発車したのは、もう午後の遅い時間だった。鹿児島ではほとんど満員状態だったのに皆途中の駅で次々に降りていき、今は同じ車両にはすでに八重子たち三人しか乗っていなかった。だから、景色に合わせて自由に右の座席に行ったり左の座席に行ったりすることができた。

 今度は右手に緑に囲まれた大きな湖が見えた。だが、県外者ならばそれを湖だと思っただろう。昔からそう滅多にこの路線に乗っていたわけでもない八重子も、最初は湖と思ってしまった。だが、知識としてそれは海であることを思い出した。


 それは湖ではなく大村湾なのだ。しばらくは車窓にその湖にしか見えない海を眺めながら、やがて汽車は山がちなところを抜け、やがて遠くを山には囲まれてはいるが平らな土地に出た。まだ田植えもなされていない水田は、ただの広い水面にしか見えなかった。


 ここまで来ればもう、あと一時間半もしないうちに長崎に着くはずだ。

 長与を過ぎ、道ノ尾駅を通過した。このあたりからいよいよ長崎市に入る。

 そして、「西浦上」という駅の看板が車窓の後ろに流れて行ったとき、八重子の胸は急に高鳴り、そして熱くなった。


 「のぶちゃん、れいちゃん、もうすぐ浦上よ。もうそろそろ着くよ」


 八重子は子供たちにそう告げて、網棚の大きなリュックを下ろした。

 右前方の畑の向こうに、紛れもなく稲佐山が見えてきた。八重子の胸はますます高鳴った。


 ところが……汽車は急に速度を落とした。まさかまた終点の直前で延々と停まったりしないだろうなという一抹の不安が、八重子の中に生じた。だが汽車は停まることなく、ゆっくりとした速さではあるが確実に終点へと向かっていた。

 いよいよ浦上川を渡る。八重子は左側の席に移った。


 その時初めて、八重子は異変を感じた。浦上川を渡る手前では、左側には広大な敷地に三菱重工の兵器工場の建物が軒を連ねていたはずだ。

 それが、ない。

 かろうじてわずかなコンクリートの建物が廃墟として残ってはいたが、多くの工場の建物は屋根も壁もなく、鉄骨だけがぐちゃぐちゃに押しつぶされたようなそんな光景が広大な敷地いっぱいに広がっていた。

 それまでは畑しかないようなところを汽車は走っていたので、特に異変は感じなかったのだ。


 すぐに浦上川を越える。汽車はさらに速度を落とした。川を越えたら、そこが八重子の生まれ育った町だ。畑に囲まれるように浦上の集落が見えるはずだ。その向こうには天主堂が威容を誇っているはずだ。

 上海にいた時にも、何度か夢に出てきた浦上の町……その浦上に帰ってきた。今はそのこと自体が夢ではないかと八重子は感傷にふけった……それもほんの一瞬の後にはすべての感傷が霧散した。


 何もない……何もないのである。

 あるのは一面の瓦礫が広がる焼けただれた廃墟の町……いや、もはや町とも呼べなかった。

 遠くにかろうじて建物と思われる残骸が、小高い丘の上に見える。だが、位置的にそれこそ天主堂に違いなかった。もはや原形をとどめておらず、大部分は崩れ落ち、わずか正面部分の下の方だけが廃墟の中に立っていた。


 八重子は言葉を失っていた。目を渇と見開き、走る車窓に展開する雨に煙るそんな光景を凝視した。

 まさかここまでとは……。


 「あああああああああ!」


 ついにこらえきれなくなって、八重子は頭を抱えて半狂乱になって叫び声をあげた。二人の子供がびっくりして母を見上げていた。


 「何もない! 何もないよ! 何もないよ!」


 被害は僅少……今後七十五年は草木も生えない……相反する情報が錯綜する中で、状況が分からずに不安だけが募っていた。そして現実を今目の前にして、八重子はこれまでの心配が一度に爆発した。


 「何もない! 何もない! 何もない!」


 鹿児島や熊本で空襲を受けた町の姿を見てはきた。だが、そのどこもここまでではなかった。

 八重子は汽車の床に倒れこみ、座席に顔をうずめて泣き叫んだ。


 「何もない! 何もない! 何もない!」


 ほかの車両からも同じような叫びや泣き声が聞こえてはいたが、八重子の耳には入っていなかった。

 あまりにも異常な母の様子に、嶺子も火をつけたように激しく泣き出した。そんな嶺子を手探りで引き寄せて、胸に抱きしめてともに泣いた、それを信吉は立だ茫然と見ていたが、やがて信吉も泣きだした。

 汽車は滑るようにして、終点長崎駅のホームへと入っていって停まった。


 鉄道はまだこの先、長崎港駅まで続いているはずだが、この列車は長崎駅が終着だった。

 長崎駅のホームは、静かだった。

 これまでの駅のように引揚者出迎えの人々や「引揚者の皆さん、ご苦労様でした」という横断幕も何もなく、親族の出迎えの姿すら全く見えなかった。

 汽車から降りた人々は荷物を背負ったまま、黙々と屋根もないホームを小雨に濡れながら改札へと向かった。

 誰もが足元がおぼつかなく、体中が小刻みに震えていた。寒いからではなく、あまりの衝撃のせいだった。そして八重子とて例外ではなかった。

 うつむいて、まだ泣きながらとぼとぼという形で、子供たちの手を引いて改札へと向かう。故郷に帰って来たという感慨など、そこに入る隙間もなかった。

 改札の上の駅舎も、跡形もなかった。小さな小屋が建てられ、それが臨時の駅の業務をしている場所のようだ。あとはすべて雨ざらしだった。

 歓迎の横断幕はなかったけれど、改札の近くに木の立て札はあった。


 「引揚者の皆様、行先が被爆して無くなっている方は引揚者相談所までお越しください」


 そう書かれて、下に所在地と地図が書かれてあった。

 もうすぐ夕方である。これから浦上に行って自分の家がどうなったのかを探すよりも、まずは相談所に行こうと八重子は思った。

 出島町ということだから、長崎港駅の近くだ。歩いて行っても十五分くらいだが雨も降っているし、この大荷物だ。さらに子供もいる。

 もうここは上海ではないのだから、黄包車ワンポーツ(人力車)などはあるはずない。そこで八重子は電車で行こうと思ったが、問題は走っているかどうかだ。

 八重子は改札にいた駅員をつかまえた。


 「あのう、出島まで電車は動いていますか?」


 「ああ、はい。出島までだったら、動いとっとですよ。西浜町までしか行っとらんですばってん」


 その答えを聞いて八重子ははっと、なぜ自分は長崎弁ではない言葉で聞いてしまったのかと思った。まだ気が動転していて、長崎に帰って来たのだから長崎弁でという頭もなかったのだ。


 駅舎はなくなっているが駅前の広場はそのままだ。だが、人の往来はほとんどなかった。そして路面電車の線路はきちんとあって、電停も見えた。

 だが、その向こうの町はすぐそばの山のふもとまで一面の廃墟だった。それでも近くで見ると、ごくたまに掘っ立て小屋のバラックが建っているのは見えた。


 すぐに電車は来た。上海から帰って以来、初めて直接に接する故国なのだ。八重子は子供たちを連れて電車に乗った。電車はがらがらだった。乗るとすぐに、車掌が回ってきた。


 「出島までですばってん、今はいくらになっとですか?」


 上海に行く前は六銭だったが、今はいくらになっているかわからない。


 「二十銭ですたい」


 やはりかなり上がっている。八重子は懐から鹿児島の援護局でもらった封筒を出して、百円札を一枚抜いて車掌に渡した。


 「ひゃ、百円!?」


 車掌は最初は目を剥いたが、すぐに慌てだした。


 「そぎゃん大金ば渡されても、釣りばなかとですたい。小銭は持っとらんとですか?」 


 「ばってん、これしかなかとです」


 たしかに、援護局からのこの金が支給されるまでは、八重子は現金という現金は一切持っていない無一文だったのだ。


 「困ったとですね」


 その時、信吉がポケットから稲穂が刻まれたアルミニウムの軽い硬貨を三枚出した。


 「お金、これ?」


 車掌がそれを見て、安心したように微笑んだ。


 「ああ、そんでよかですよ。それが二枚です」


 八重子が硬貨二枚を車掌に渡し、車掌はすぐに切符を切ってくれた。

 残った一枚を八重子が見ると、やはり初めて見る貨幣だが、十銭と書かれてあった。


 「あんた、こぎゃんお金、どぎゃんしたと? なして持っとったと?」


 「え?」


 信吉は首をかしげた。そういえば信吉に長崎弁で話したことはなかったので、八重子の言葉が信吉には分からなかったようだ。


 「このお金、どうしたの?」


 もう一度聞き直すと、信吉はにこにこして言った。


 「お船、降りたところのおばちゃんがくれた。飴でも買いなさいって」


 おそらく鹿児島のあの小学校の体育館で、援護局職員の人がくれたのだろう。同じ援護局からでも百円札を何十枚ももらったのよりも八重子は助かったし、うれしかった。

 そして、わずか五分ほどでもう、出島の電停に着いた。


 このあたりの町は駅前のように廃墟とはなっておらず、ある程度破壊はされていたがだいぶ原状は残していた。家なども半壊という感じだった。コンクリートのビルなどは割とそのままで、建物として使われている。

 引揚者相談所が入っているビルも、そんな中の一つだった。

 八重子はここまで来て、やっと少し感傷にふけることができるようになった。


 思えば上海に行くときもこの電停で電車から降りた。そしてすぐそばの港から船に乗ったのだ。長崎港駅は被爆せずにそのまま残っていた。だが、もうこの駅に旅客が到着することはないだろう。日華連絡船はもうないのだ。


 ここから上海へ行った。そして今その降り出しの地に、八重子は戻ってきた。ほんの少しため息をついてから、八重子は近くの引揚者相談所に向かった。

 もう、あたりは暗くなり始めていた。

 雨も小降りになったが、三月も下旬というのにやけに寒い。ここでも雨にほんのわずかだがみぞれが混じり始めた。

 上海を離れる時も雨の中、長崎に着いた今もまた雨の中であった。

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