第19話 二人の気持ち

「貴方。さっきまでのラブコメの波動はどこにやったの?」

「はい?」


 ら、ラブコメの波動? 何かの技かな?


「さっきまであの子といい感じだったじゃない。それなのに今はとっても近くて遠い感じにいるわよ」

「そ、そんなこと無いと……」


 そう言おうとしたけど、さっきの彼女の視線が、その言葉の続きを言わせてくれなかった。


「別に貴方がどんなことを思っているのか知らないけど、その思いは話さなければ伝わらないわよ」


 言葉に……。


「私は他人の恋路が嫌いだから邪魔をするけど、バッドエンドはもっと嫌いなのよ。だからちゃんとしなさい」

「ああ、分かったよ」

「失敗してもまたどこかでいい出会いがあるわよ」

「ああ、店員さんにもいい相手が見つかることを祈ってるよ」

「余計なお世話よ。私は他人がそうやってもがくのを見るのが好きなんだから」

「いい趣味してるよ」

「どうも」


 俺はその言葉を背中に店を出る。そこには彼女が星空を見ながら佇んでいた。


「車に乗ろうか」

「うん」


 俺達は無言で車に乗って、無言で車を走らせる。これまで一緒にいて会話が無かったことなんてほとんどなかった。大抵はくだらないことでも何でも話していたはずなのに、今は言葉が出てこない。


 俺はずっと頭の中でさっきの店員さんの事を考えていた。店員さんのことというか、言われたことと言った方が正しい。


(言葉にしなきゃ伝わらない……)


 今まで俺は彼女なら大抵の事は分かってくれると思っていたし、俺も彼女のことならなんとなく分かるつもりでいた。だけど、今は彼女が何を考えているのかは分からない。


 それでも、俺は俺の気持ちを伝える為に彼女に言わなければならないと思う。彼女に受け入れて貰えるのか、拒絶されないのか。相手は隣人と言うことを考えて嫌々ながら受けるんじゃないか。そんな事が頭の中をずっと回っている。


 答えは出ないまま、彼女の家に到着してしまった。


「着いたよ……」

「うん……」

「「……」」


 お互いに言葉はない。それでも彼女は降りないし、俺も促さない。何か言わなければ、何か言おうという気持ちはあるのだ。だけど、怖くてそれを言うことは出来ない。


 彼女も何か言いたいことがあるのか黙っている。俺と同じように何か考えているのか。


 こういう時にもっと学生時代や社会人時代に恋愛のスキルを取っておけばと思わずにはいられない。その時に取っていれば、こんな空気にならずに上手い事彼女と話せていたのだろうか。


「ねぇ」

「な、なんだ?」


 一人で考え事をしていたため驚いてしまった。


「もうちょっとドライブしない?」

「分かった」


 俺は返事をして車を出す。なるべく信号のない人通りの少ない道をゆっくりと走らせる。


 俺は、さっきから続く問答をずっと頭の中で繰り返す。何度も何度も、でも、言わなければいけない。そう、『話さなければ伝わらない』そうだ。あの店員さんの言っていたことじゃないがそうなんだ。年下の女の子に察してくれとは少し格好が悪いんじゃないのか。


 俺は偶々赤信号で止まった。周囲に車の陰はなく、人も歩いている様子はない。田舎だとこういう場所は多々ある。その時に思い切って声を出す。


「「あの」」


 あれ?彼女に話そうとそちらを向くと、彼女も俺の方を向いている。何だか今同時に声を出しちゃったような。


「あ、先に言ってくれ」

「ううん、そっちこそ先に言って?」

「俺は大丈夫だから」

「うぅ、分かった。あのね……」

「待った」

「?」

「やっぱり俺から先に言う」

「え? 何で?」

「いいだろう?」

「いいけど……」


 彼女は何か大事な告白をしようとしている気がした。でもその事は今俺が俺がこれから話すことと必ず関係している気がする。俺のラブコメの波動とやらがそう言っているように感じたのだ。


「俺はさ、お前のことが好きだ」

「!?」

「こんな年のおっさんだし、他の人に誇れるような物なんてほとんどない。それでも、お前が一番好きだって事は、言える」

「……」

「だから俺と付き合ってくれないか?」

「…………」


 言った。言ってしまった。だけど、後悔はしていない。もし断られた後にこれからの関係がどうなってしまうんだとか。気まずくなるんじゃないのかとか。知ったことか。俺が言うと決めたんだ。だから、言う。


 彼女はずっと無表情で俺を見つめ返していたが、ふっとした拍子にその瞳に涙が溢れて、ぽろぽろと零れ始めた。


「わ、私も。私もずっと好きだったんだよぉ~! これまでずっとアプローチしてたのに気付かれてるのか分からないし、それでも一緒に遊んでくれたり、居てくれたりはするし。今日もいつものまま終わるのかなって思ってたら、同じ位の店員さんと仲良さそうに話してるしで。やっぱり私みたいな子供はダメなのかなって……」

「……」


 そんな、そんなことを考えていたなんて。俺は何も出来なかった。いや、気付けなかった。


「そんな事を考えてたのか?」

「ぐすっ……そうだよ……。じゃなきゃ男の人の家にあんなラフな格好で行くわけないじゃん!」

「そこはそういう意味で信頼してくれているのかと……」

「そんな訳ないじゃん!」


 彼女の顔は泣いてるのか怒ってるのか混じったような顔になっている。


「最初に行った時は大丈夫なのかな。乱暴にされないのかなって心配していったのに。普通にアニメ見てそのままバイバイだったし。それからも続けても何の変化もなかったし」

「だけど最近ジャージになってたよな?」

「あれは……実際にそんな目で見られることに恥ずかしく……って何言わせるの!」

「いたっ、痛い、いたいっす」


 彼女はぽかぽか叩いてくる。だけど、力は入っていないのか、そこまで痛くない。


 彼女は止める気はないのか暫く続けた後に大人しく手を降ろしてくれる。


「恥ずかしいこと言わせないでよ……」

「ごめんって。そんな気持ちで俺の家に来てくれてたんだな。俺はてっきり襲ってこない人畜無害な男の家で、アニメとか漫画を見に来てるだけなのかと思ってた」

「だったらあんな格好でいかないよ……ていうか、その為だったら流石にいかないよ」

「そうか、ありがとうな。と、取りあえずこれで涙拭け」


 俺はこんなこともあろうかと入れておいた新品のハンカチを彼女に差し出す。


「ありがと……」


 彼女は俺の渡したハンカチで涙を拭う。もしかしてと思って持って来たのが良かった。


「俺もな。本当は怖かったんだぞ」

「怖かった?」

「怖かったっていうか……その、感情に任せて襲ったりしないかとか、もしそれでもし今までの関係が壊れてしまったりするんじゃないのかとか、通報されたりするんじゃないのかとか……」


 今のところかなり充実した生活になっていると思う。それを彼女を襲ってまで壊そうと思わなかったのも事実だ。欲望に負けないような相棒も見つけることが出来た。いつも俺を串刺しにして我に返らせてくれる。


「そんなことしないよ……、って私も勝手なことを思ってたんだから一緒だね」

「そうだな。お互い様だ」

「それじゃあ今日は……と、泊まろっかな」

「どこに?」

「家に」


 彼女の指は俺の方を指している。


「ん?」

「ん? じゃないでしょ?」


 彼女の言葉の意味を悟って俺は嬉しくなる。でも、それはまだ駄目だ。


「それはもうちょっと大人になってからにしよう。俺は今すぐにでも準備は万端だけど、感情のままにやるのは良くないと思う。だから……」

「もう、分かったよ。それじゃあ帰ろ」

「ああ」


 俺は一時の、今そう言ったからそうしなければならない。そうなるのが嫌だった。大事なことはちゃんと考えて、ちゃんと決める。それと、色々な意味で今手を出すのはまずい。


 俺は車を運転してもう一度彼女を家に送り届ける。


「着いたぞ」

「うん。さっきとは違った気持ちで降りられるよ」

「そう言えばさ」

「なに?」

「さっきの俺の返事は?」


 俺がそう言うと彼女の顔はみるみる赤くなっていく。


 してやったり、そう思ったが、何かが俺の口を塞ぐ。唇に当たる何かは柔らかく、目の前は彼女の顔がドアップで見える。こんなに近くても綺麗だなんて。


 そう思うのも束の間、すっと彼女は離れていった。


「これが答え、満足?」

「もうちょっとやりたいような」

「馬鹿」


 いかん、さっき感情に支配されるなって言ったばかりなのに。


「それじゃあ、また明日な」

「うん。また明日」


 そう言って彼女は車から降りて夜道を歩く。


 俺は彼女が家の中に入るまで見送った。彼女は最後に俺に手を振って家に入っていく。俺はそれに手を振り返し、彼女が扉を閉めるまで見続けた。


******


 次の日。雲一つない晴天。最高の気温。絶好の農業日和だ。


 昨日遊ぶために結構仕事を今日に残してしまったから、やらなければいけないことは多い。だけどトラクターの運転や、クワを振って体を動かしている時はとっても気持ちがいい。


 こうやって一心不乱に作業をしているだけで、俺は体にやる気と気力が充実して来るのが分かる。そして今は。


「おーい!そろそろ10時のおやつにしよう!」


 彼女が手を振り、いつも通りに迎えに来てくれた。


「分かったー!今行くー!」


 俺は彼女に手を振り返す。


「「……」」


 それから二人でなんとなしに笑い合う。


Fin

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