魔王だけど、宅配弁当頼んだら持ってきた奴が強すぎてヤバい

福山陽士

初めての宅配弁当

 昼間だというのに、とある城の上空だけが、おどろおどろしいほど赤く染まっている。

 喉が潰れたような声の鳥たちが、屋根の上でギャーギャーと合唱しているここは魔王城。

 その一番奥まった場所にある、謁見の間。


 二本の角が生えた黒髪の青年が、金色の玉座に肘を付いて座っていた。

 彼はこの城の主、魔王である。

 その魔王のもとに、一匹の蝙蝠こうもりがパタパタと飛んできた。


「魔王様。勇者の奴がやって来たようです」

「またか……」


 蝙蝠からの報告を聞き、魔王は露骨にため息をついた。


 勇者がこの城にやって来るのは、これで20回目だ。

 退しりぞけけても退けても懲りずにやって来る勇者に、さすがの魔王もうんざりしていた。

 毎回単独でやって来ては呆気なくやられて帰っていくので、そろそろ仲間を集めるなり、もっとレベルを上げるなりしろや――と敵ながら思ってしまう魔王であった。


「あと、このようなチラシがポストに入っておりました」

「ふむ。チラシとは珍しい」


 蝙蝠から受け取った魔王は、チラシを見るなり眉を開く。


「ほほう、これは……。なかなか美味そうな飯が並んでいるではないか。町にできた新しい食堂の広告か?」


 チラシには、様々な料理のイラストがズラリと並んでいる。

 料理のどれもが『弁当』という言葉で締められており、金額もそれぞれに書かれていた。

 魔王は、ひときわ大きく書かれた文字を凝視する。


『できたてのお弁当をあなたの所へお届けします!』


「なんと。ここに描かれた飯を運んで来てくれるというのか。実に画期的なサービスだ」


 魔王は蝙蝠に顔を向ける。


「勇者は今どこに?」

「漆黒の間を通過したところであります」

「ということは、この謁見の間に着くのはあと20分か30分程度といったところか……。魔法通信機ビッチを持って参れ」

「は。すぐに」


 魔法通信機――BHS(バラ・ハンディ・システム)――通称ビッチは、この世界に網の目のように張り巡らされた魔法回路を利用して、遠くにいる者と会話できるとても便利な道具である。

 一般市民にもかなり浸透しており、新し物好きな魔王ももちろん入手済みであった。

 ちなみに『バラ』というのは、この世界における魔法力の単位だ。

 花や豚肉とは一切関係ない。


「ちょうど昼飯時だしな。この『唐揚げ弁当』なるものを頼んでみるとしよう」


 今注文すれば、勇者を退けた後くらいに届くだろう。

 先に勇者の相手をしてから、昼食。

 脳内で予定を立てた魔王は、チラシに書かれてある魔法コードを魔法通信機ビッチに入力するのであった。






 待つこと15分。

 勇者を迎え撃つため、謁見の間の外で待機していた魔物たちが、突然ざわざわと騒ぎ始めた。

 いつもとは少し違う様子に、魔王は怪訝けげんな顔で扉を見つめる。

 そこに、慌てた様子で窓から蝙蝠が飛んできた。


「ま、魔王様! 大変でございます!」

「どうした? もしや勇者の奴、この短期間でかなり腕を上げたというのか」

「いえ、そうではなく――」


 ブロロロロロロ――!


 蝙蝠の声を遮って扉の向こうから聞こえてきたのは、聞いたことのない低音。


「何だこの音は? 扉を開けよ!」

「すっ、すぐに!」


 扉の前にいた二体の骸骨騎士が、言われた通り扉を全開にする。

 そして目の前の光景に、魔王は一瞬絶句した後――。


「俺の配下がああああああああああッ!?」


 思わず立ち上がり、絶叫するのだった。


 謁見の間に繋がる長い廊下の向こうからやってくるのは、見たことがない白い三輪の乗り物にまたがった、年若い黒髪の男。


 対勇者に備えて配置していた魔物たちは、謎の三輪の乗り物の下敷きになり、見るも無惨な姿に果てていく。

 モザイクが必要なのでは――と思うほど、なんかもうぐっちゃぐちゃで酷い光景である。

 白い乗り物には、緑やら紫やら、魔物の返り血や肉片がベッタリと付着。


 しかし、黒髪の男はまったく気にする素振りを見せない。

 小さな段差もなんのその。あっという間に謁見の間の中へ入って来たのだった。


 黒髪の男は謎の乗り物から下りると、慣れた手付きで後ろの箱部分を開く。

 そこで魔王の身の危険を察知した二体の骸骨剣士が、不審な男に向けて同時に襲いかかった。

 が――。


「あ、すんません。お客様のお弁当が崩れるんで」


 黒髪の男は平坦な表情のまま、裏拳を一発。

 骸骨騎士の頭はたちまちバラバラに。

 もう一体の骸骨剣士も、流れるような動作で繰り出された払い蹴りを受け、胴体部分がきれいに解体されてしまった。


「な――!? 勇者を毎回ボッコボコにしている、最強クラスの魔物だぞ? それをたった一撃でだと――!?」


 魔王はおののく。


 一体何者なのだ、この男は――。


 もしや、勇者の仲間なのか。

 奇襲というやつか。

 このまま攻撃を仕掛けてくるのか。

 ついにこの城を明け渡す時が来てしまったのか。


「魔王様ですね? お待たせしました。いつもニコニコニコニコ食堂です! ご注文の唐揚げ弁当をお持ちしました。650ゼニーでございます!」


 戦闘体勢を取りかけた魔王とは対照的に、黒髪の男はあくまで接客姿勢を崩さない。

 弁当を片手に、食堂の名前通りニコニコと笑顔で魔王に接近してくる。攻撃を仕掛けてくる気配もない。


 見たところ、あの食事は本物らしい。

 男の持つ箱から、胃を刺激する良い匂いが漂ってくる。

 どうやら本当に食堂の人間らしいが――。


「ていうか来るの早い。早くないか? いや超早いって!」


 思わず口調が変わってしまうほど魔王は混乱していた。


 そもそも、勇者を退けてからゆっくりと食べる予定だったのに。

 その勇者よりも早く食堂の人間が来てしまうとは、まったく予想していなかった。

 しかもなぜか強いし。

 得体の知れない乗り物でやって来るし。


「ご注文を受けてから迅速にお届けすることをモットーにしておりますので!」


 魔王の疑問に、接客スマイルで真面目に答える黒髪の男。


 ――うん、あれだ。

 たぶんこいつ、話は通じるけど、肝心な部分が通じないタイプの奴だ。

 ここはさっさと金を払って帰ってもらおう。

 仮にトラブルになった場合、先ほどの骸骨剣士のようにワンパンで倒されかねない。


 これまでの経験により、魔王は即座に男の人となりを判断。

 長年魔王をやってきているだけあり、そのあたりの洞察力は確かなものであった。

 魔王はポケットから金を取り出し、黒髪の男に渡す。


「650ゼニーちょうどですね。ありがとうございます。あとこれ、初回利用のお客様にお渡ししている割引券です。よろしかったら次回もご利用ください」


 渡されたのは、『次回利用時のみ4割引』と書かれた小さな紙切れ。

 4割引はかなりお得だ。ほぼ半額である。

 なるほど。リピーターを獲得するなかなかに上手い戦略だな――と少しだけ感心する魔王であった。


「それではありがとうございました!」


 黒髪の男はそう言うと、魔物の返り血で染まった謎の乗り物にまたがり、あっという間に謁見の間から出て行ってしまった。


 ブロロロロ―――。


 遠ざかっていく謎の乗り物の音を聞きながら、魔王はトスン、と玉座に腰を下ろす。

 渡された箱からは、相変わらず良い匂いが漂ってくる。

 箱の底は温かい。

 まさにチラシの文句そのままに、できたての料理がこの中に入っているのだろう。


 魔王は手の中の弁当と、謁見の間の外に広がる惨状を交互に見比べる。


「先に……食べるか……」


 それは現実逃避とも言う。


 そういえば以前、魔王を倒すために(勇者が失敗ばかりしているので)異界から人間を召喚したという市民グループの話を聞いたことがあったが、まさかその関連の人間だったのだろうか。


「まあ、今は考えてもわからんか」


 かくして魔王は、多くの魔物たちの命と引き替えになった、唐揚げ弁当に手を付ける。

『唐揚げ』が何かはまだわかっていなかったが、匂いが良いので味もたぶん良いのだろう。

 付属していたフォークで、茶色の物体をひと突き。

 そして魔王らしく優雅な動作で口に運ぶ。


「ふむ、これは――鶏肉か」


 外はサックリ、中はジューシー。

 肉自体にもしっかりと味が付いているのでご飯にも合う。

 魔王の予想は当たっていた。とても美味い。 


「お前にもやろう」

「あ、はい。ありがたき幸せ」


 食堂の人間に怯えて死んだふりをしていた蝙蝠にも、唐揚げの一つを分け与える。


「こ、これは……! とても美味でございますね!」

「うむ。この味に免じて、配下の件については許そう」


 まぁ、魔物は粘土をこねればいくらでも作れるし。

 魔王は唐揚げを頬張りながら、また注文しようと決意する。


「4割引だしな」


 店の戦略に見事にはまる魔王であった。





 配下の魔物が食堂の男にすっかりやられてしまったので、その後勇者が楽々と乗り込んできてちょっとだけ焦ったのは、また別のお話。

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魔王だけど、宅配弁当頼んだら持ってきた奴が強すぎてヤバい 福山陽士 @piyorin92

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