3話 

 都市から少し離れた位置に出たのだろう。空を見上げると、強烈な太陽の日差しに目がくらむ。後ろには草原が広がり、青臭いにおいが鼻をくすぐる。目の前に年を囲んでいるのであろう大きな壁が広がっている。この門は見上げるほど大きな白亜の城壁だ。その一部が門となっておりそこには、武器を携えた兵士が立っていた。

幸か不幸か、俺が現れたことで騒いでいる人はいないようだ。

「本当に来たんだな」

 今すぐ探索したいが、今自分の手持ちはクンからもらった用途の分からないものばかりだ。この状態で探索することは得策ではない。

 確か―――エストラだったか。とりあえず、都市のどこかにあるであろう冒険者ギルドを探し始めた。



「ここは……どこだ」

 簡潔に言うと、道に迷った。

 およそ三時間近くさまよっただろう。

俺が見た感じ分かった事がいくつかある。

この都市は、よく異世界転生物でみるような西洋の中世の建物が並ぶ区画、昔の日本にあった寝殿造、武家造、町屋などが並ぶ区画などがあった。都市の中心と思われる場所には、高く聳え立つ、空を見上げても頂上が見えないほど高い塔が立っている。確かにいろいろな文化が混ざっている。町ゆく人も、俺の知っているような人だけではなく、獣人、エルフのような尖った耳を持つ人、小人など様々な種族が歩いていた。これが様々な世界が混ざっているという証拠の一つだろう。

ちなみに今俺がいるところは、川が流れており、西洋風の建物が並んでいる区画だ。そんなことはさておき、

「あの糞犬があ!地図位よこせってんだよ!服装も部屋着のままで道行く人の視線が痛いし、言葉も通じないし、文字も読めないし、どうしろってんだよ」

地団太を踏みながら愚痴をこぼす。これによりさらに視線がこちらに集まる。傍から見たらいい年した男が子供のように駄々をこねているのと同じだ。

 不満が口から出たおかげで、少し冷静になった。

 俺にはこのシチュエーションに喜びを感じるほどゆがんだ感性を持っていない。恥ずかしい。穴があったら入りたい、とはこの感情を表すのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと頭をよぎることがあった

 待てよ。

 何か忘れている。何か重要なことを忘れている気がする。あの適当な糞犬でも、こんな最初から詰みみたいな状況を望んではいないだろう。何か言っていたはずだ。

――――まず、現地に着いたら白い錠剤を呑んでください。

 初めての地に来たことでの高揚、不安、街中を歩いたことによる疲れにより、あいつに対しての怒りで忘れてしまっていた。

 体中をまさぐり、懐に入っていた錠剤を取り出した。周りの人に白い目で見られながら。

 錠剤をどのようにして飲もう。

 自慢じゃないが、過去に水を使わずに飲もうとして喉に詰まらせたことがある。

 困ったな。とあたりを見まわす。

俺の近くに存在している液体は……側溝を流れる水、もしくは川の水。考えるまでもなく一択だろう。

川に飛び込み錠剤を飲んだ。こんな状況で頭が回っていなかったので、仕方がないと思いたい。

ああ……いつになったら冒険が始まるのだろう。と考えらときに軽いめまいがした。

近くにいた人が俺を助けようとする。

「大丈夫ですか」

「やばいやつがいるぞ」

「衛兵を呼んでこい」

 言葉が分かる。

 不審な行動をしていた俺を誰かが通報したのだろう、すぐに到着した衛兵らしき人物が、俺に対して手を伸ばす。その手をつかみ体を持ち上げ、今一番重要なことを聞いた。このとき衛兵が顔をしかめたような気がしたが気にしないでおこう。

「冒険者ギルドってあります。案内してほしいんですけど」

「えっ…。ええ、ありますよ」

 衛兵があきれたような声で返答をする。


 ああ、ようやく、命を懸けた冒険が始まるのか。

 陸に上がった俺は、冒険者ギルドへ向かった。びしょ濡れで、下水のようなにおいを発したまま。

 俺、あの水飲んじゃったんだけど。大丈夫かな。



―――〈冒険者ギルド〉―――


その建物は、塔の麓に位置する場所に立っていた。

俺が知っている冒険者ギルドというものは、冒険者たちに仕事を斡旋し、冒険者を支援し、冒険者を管理するような場所だ。冒険者となるには必ず来なければならない場所だろう。

この街に来て、見た中では塔を除いてニ、三番目に大きな建物だ。

とりあえず二階に上がった。中は、冒険者たちの騒ぎ声で賑やかだ。彼らが頼んだであろう食べ物とアルコールが入っている飲み物のにおいが混ざり合って充満している。

冒険者登録の案内所がないのかと、あたりを見渡す。

すると右のほうから声がした。

「いらっしゃいませ。今回はどういった御用でしょうか。お食事の注文ならここをまっすぐ進んだところに、お仕事の案内なら三階の中央窓口にて指示された窓口へ、宿泊の手続きなら四階の窓口でお願いします」

 金色で短髪の身長の高いお姉さんが案内をする。

 冒険者登録について何も言われてないぞ。流石に仕事案内の窓口や、食事場でまとめて行うほど杜撰な場所じゃないだろ。

「冒険者登録用の窓口はありませんか。」

 恐る恐る聞いた。

「既存のクランメンバーから、もしくは、他の冒険者の人からの推薦状は持っていませんか」

 なぬ。そんなのあいつから聞いてないぞ。どうすればいいんだ。推薦状をもらえるような人物がいるわけがない。身分証を証明できるものも持っているはずがない。持っていたとしても元居た場所の保険証とか、二輪用の免許書とか通用しないしなあ。

 周りからの視線も集まってきた。視線が痛く感じる。

 あるものは、冒険者などという命がいくつあっても足りない職業に就くような酔狂な男を見る視線。

あるものは、新参者への歓迎の目線だろうか、という視線。

 あるものは、この後、俺からどうやって金を巻き上げようか、という視線。

 あるものは、いつ自分のクランに勧誘しようか、という視線。

 あるものは、この後お相手してもらおう、という視線。

 などと様々だ。

二番目のものと、最後のは本当に勘弁していただきたい。俺にはそういった趣味はない。今もこれからも。……多分。きっと。おそらく。男子校に居た知り合いがそういった趣味を持つようになったから、この特殊な環境に身を置く場合、そうはならないとは否定しづらい。

「その方の案内は私がやりますよ。他の方についてください。」

 それはさておき、左手にある階段から聞き覚えのある声の、身に覚えのある猫頭のスーツの男がおりてきた。そんな知り合いはこちらに来てからできてないはずだが。と首をかしげた。

俺の前に来た途端、顔の皮を剥いだ。出てきたのは犬頭。しかもドーベルマンの。こんな風貌で知っている奴は一人しかいない。クンだ。

思わず声をかける前に殴り掛かろうとしてしまったが、それよりも早くクンが口を開いた。

「遅かったですね。道草食いまくりですよ。それが許されるのは小学生までですよ。馬鹿なんですか。後、くさいです」

 殴った。人生で一番きれいな右ストレートが決まった。

「なんでいるんだよ!この糞犬があ!」

「痛いですよ。いったじゃないですか。また何時かって。そんなことより手続きしますよ。あなたの手続きのためにづっと待っていたんですよ。ついてきてください」

 疲れ果ては俺は犬の後をついていく。臭くないもん。……多分。きっと。おそらく。

外に出て塔の入り口に入った。中には強大な、自分の心のうちまで見透かされるように透き通った、紫色の水晶と、受付、扉がいくつかがある。

一つの扉はシャワールームだった。先に体を洗い、用意された服に着替えた。用意されていたものは、皮素材の上下の服、その上に羽織る上着、手袋、厚めのブーツ、チェストプレート、片手剣、小さめのラウンドシールド。初心者の冒険者が身に着けるような武具の一式だ。

その後、俺は受付とは違う室に案内され、クンと二人きりで、手続きのための細かい説明を受けた。

「まず。なんでここまで来るのにこんなに時間かかかっているのですか。あなたは冒険者になりたいのでしょう。道草食うのもその後でいいのでは」

 とりあえず事情を知ってもらうべく、俺はクンにここまでの経緯を話た。

「馬鹿ですねえ。人の話はしっかり聞きなさいと親に教えられませんでしたか」

 これはぐうの音も出ない。

「ところで、なんで別室なんだ。あとなぜここにいる」

「あなた、必要なもの何も持ってないでしょう。他の方たちに贔屓したとばれると面倒なんですよ。あの時省略した説明はここでするつもりだったので。ここにいるのは趣味ですよ。あんな空間にずっといたら精神がやんでしまいます。一応この塔の管理人ですからね。さて、私が渡した道具の説明をしますか」

 一応納得した体で頷いた。


・白い錠剤 ――― 無理やり脳にある、元の世界で得た言語等を、この世界のものに置き換えるもの。魔術など超常現状を理解できるようにする。

・赤の錠剤 ――― 冒険者は自身の体のステータスが戦闘などを行うたびに上昇する。それと同じものにするもの。

・青の錠剤 ――― スキルなどを発現できる身体にするもの。

・得体のしれない箱 ――― ゲームなどでいうアイテムボックスらしい。収納できる量は、体積にしておよそ一メートル四方の立方体。武器は二つまで。ストレージと言うそうだ。

残りの黒の錠剤の効果はお楽しみ。銀色のナイフは戦闘用ではないこと以外。説明がなかった。これがもらったアイテムのすべてだ。ちなみに錠剤はすべて飲んだ。

「冒険者になられましたら。書類とかは気にしなくて結構です。あなたの身分証とかは、こちらで用意しておきますので。塔の攻略から帰ってきたらあの水晶に触れてください。ステータスの更新がされます。モンスターから出たものは窓口に行って、渡してくれれば換金できますので。一度水晶に手を当ててきましょうか。今のあなたのステータスが分かりますので」

「ところで、あの水晶に名前はないのか。〈水晶〉って、そのまますぎて味気ないな」

「そうですね、記憶結晶でしたかね。あらゆる冒険者のステータスの記録、いつ何を討伐した、どの階層名で攻略したといった、冒険者の歩んだ記録が入っています。でも記録だと味気ないので、記憶となりました。ゆえに記憶結晶といいます。ですが、今では水晶、と認識されていますね」

 話しているうちにその記憶結晶とやらに到着した。

「えっと、これに手を触ればいいんだっけ。ステータスはどうやって確認するんだ」

「詳しいステータスは手続きが終わったら渡しますので、とりあえず手をかざしてください」

 いわれるがままにした。

 手をかざした瞬間、軽い頭痛がした。

 頭の枷が外れ、体の芯、手足の末端に軽い電流が流れたような気がした。

 体中に熱がこもる。

 俺が俺でなくなったような、体の中で抑えられていたものが、無理やり表に引き出されたような感覚。一種の万能感が得られる。この感覚に一生身を委ねていたい。

 ああ、これが生きているということか。

 意識がこの世界から離れた俺を呼び戻すように、クンが俺の頭を小突く。

「変な快感に身を委ねて、公衆の面前で絶頂するのは勘弁してください。他の冒険者や受付などのスタッフもいるのですよ。そのような趣味がお有りなら止めはしないのですが」

「会ったときから少し思ったけど、お前俺の事嫌いなの。」

「いえいえ、そんなことはございません」

 クンが一枚の紙を覗く。

「ステータスの確認が出来ましたし、適性試験と行きましょうか。これの結果で冒険者になれるかどうか決まりますよ」

 クンが歩き始めたので、それについていく。

「そんなのきいてないぞ」

「ええ、言ってませんから。冒険者は、ただでさえ一般的な職業よりも死亡率が高いです。誰も彼も採用していたら、塔の中や、他のダンジョンが屍の山になりますよ。いくら自己責任とはいえ、死なれすぎると、責任の矛先がこちらに向くんんですよ。そこまでの責任は負えません。ですから、適性試験を受けてもらうというわけです」

 確かに、筋は通っているような気がする。

「なるほど。で、何をすればいい」

「とりあえず、塔の中に入っていただいて、モンスターと二匹ほど戦っていただきます。倒したモンスターは、はぎ取ったりした方がいいですよ。あと、忠告ですが、一層のモンスターですが、初心者がなめてかかると死にますよ」

 塔―――無限回廊の入り口に到着したのか、クンが道を譲るようにどいた。

人生初めてであるモンスターとの戦闘、というよりも、生まれてこの方殴り合いの喧嘩すらもしたことがない。いざ扉を前にすると、ドアを開けようとする手が止まる。自分は命のやり取りをするという実感がわいてくる。おそらく顔から脂汗が出たのだろう。冷たいものがほほを伝い、動悸が早くなる。

『この扉をあければ本当の生が待っている。今までの死んでいた自分と決別ができる。それは恐れではない。それは緊張でもない。どうしようもなく興奮している自分を認めようとしていないだけだ。扉をあけろ。それが死を招くことになっても、お前は後悔しない。

さあ……さあ……さあ!己の快楽に身を委ねろ!』

 脳内に何かが響く、自分とは別の何かが声をかけてくる。気味が悪い。けれども、こいつの言う通りだ。元の生活が嫌で、命を感じるような人生を送りたくてこの世界にすることを良しとしたのだ。もう迷いはない。

 扉を開け、塔の中に一歩踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目が覚めたら異世界に居たからとりあえず冒険者始めます 沖天斗 @nkmkt09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ