2話

 うん。ここに来る直前のことを思い出してみたが、どうして此処に来たのか全く分からん。

 世界は俺が考えているよりも、不可解なことが多いみたいだが、

「どうやってここに来たのかが全くわからないんですけど。自分の意思って言えるのが、あのふざけた独り言しか該当しないんだが。何かの手違いじゃないですかぁ。帰してください」

 もう泣きそう。というより泣いちゃっている。

 あんなふざけた独り言で。こんなことになるなんて、聞いてない。

「おや、お目覚めになられましたか。今回は、しっかりこちらに存在出来ていますね。ここに来れた理由ですが、あなたは願ったじゃないですか。『命を生を感じれるような世界に生まれたかった』と。ふざけて言ったつもりかもしれませんが、無意識の内に最も大きな願いになったのでしょう。なら、自分の持つ意志として立派な桃ではありませんか。さて、他にはありませんか」

 靄が指を鳴らしたのか、手をたたいたのかはわからないが、乾いた音があたりに響いた。それと同時に、ようやく周りを見渡せるくらいに明るくなり、靄の本当の姿と思われるスーツを着て、サングラスをかけた、犬の顔をした、筋肉質の大男が立っていた。ちなみに尻尾もついている。ドーベルマンだ。ちなみに、手は人間だ。

 少し噴き出した。

 だってんな敬語の話し方をしてるんだったら、年寄とか、執事のような人を思い浮かべるのが普通でしょうが。

 そんなことはさておき、さっきの続きか。確か質問だったよな。

そんなのこれ以外ない。

「帰らせろ。いや、返してください。何でもしますから。方法だけでもいいんで。」

 両膝を地につけ、我が国の、伝統的な、そして最強であり、最高の交渉体制に入る。

そう。D☆O☆G☆E☆Z☆A☆。

 父曰く。これを使えばどんな相手にだって勝てる。らしい。さらに靴をなめれば完璧。とも言っていたな。

 でもこんな得体のしれない奴の靴なんて舐めたくない。

「あ、申し遅れました。私、クンと申します。クンとお呼びください。ため口でも結構ですよ。では質問はありますか」

 俺の言葉がきれいにスルーされた。

 こいつ、会話という言葉を知らないんじゃないか。頭が沸いてやがる。

 しかも、犬の顔をして、名前がクンなんて、狙ってるのか。それはそうと、ほかの質問を聞くしかないのか。

「帰る方法はあるのか」

「残念ながらありません。あなたという存在はもう、あなたの居た世界にはないのです。こちらの世界での存在が安定してしまっている今、どうしようもないことです。他には」

 元の場所に帰るのは、どうやらあきらめるしかないようだ。ならほかのことを聞くしかない。

「ここはどこだ」

 どうやらため口でもいいようなので、お言葉に甘えてそのようにさせてもらう。

「ここは様々な世界線の一部が収束した場所の一つ。とでも言いましょうか。ゆえに様々な種族、魔物、魔術、が存在します。己の命で、望みをかなえることができる、ある意味あなたの望みにあった世界ですよ。」

 なるほど、信じたくないがここは異世界のような場所か。ライトノベルにあるような異世界転生みた異なものと考えていいだろう。

 つまり、ここでチートのようなアビリティや武具、使い魔なんかをもらって、≪俺強ええええええ≫ができるってことか。

 捨てたもんじゃないな異世界。

「ちなみに、ここは異世界なんかじゃあ、ありませんよ。いったでしょう様々な世界線の一部が存在すると。その中にあなたの世界線の一部が存在します。なので貴方にとっては異世界とは言いきれないでしょう。異世界とあなたの世界が混ざったと考えるのが妥当です。ちなみに転生とも違いますよ。貴方死んでませんし。残念ですね。私があなたに与えることのできるものなんて、微々たるものですよ。貴方の想像するようなものではありません。」

 俺の心を読んでいたのか、考えていたことがことごとく否定される。

 この糞犬、俺の事嫌いなのか。

 初対面で嫌われると結構来るものがあるぞ。

 ちょっと待てよ今なんて言った。

「与えるものがないだと。つまり、俺の知っている異世界転生のように強力な武器とか、スキルとかはないってことか」

「そうですね。異世界転生としてこの世界に来た場合でしたら可能であったかもしれません。一回死んでいるので存在や魂の輪郭があやふやなわけです。その場合でしたら、強力な武具、スキルに適性を持っている、または、耐えれるような魂に調節ができるのです。しかし、あなたは生きてここに来たわけですから、それができないのですよ、残念ながら。まだありますか」

 納得はできるようなできないような。

 まあ、現実はそう甘くないってことか。

「ほかの質問か。納得しきったわけではないが、ひとまず置いておこう。俺はこの世界で何をすればいい。流石に無条件でここに来ることが出来た訳ではないだろ。何か条件とかがあると思うんだが」

「何をとはまたいい加減な質問ですね。言ったでしょう。あなたが望んで、自身の力でここに来たと。こちらが連れてきた訳ではないのに、何か見返りを求めるわけないでしょう。まあ、例を挙げるとしたら、商人になって財を稼ぐのもいいでしょう。悪人になってこの世界を壊すものいいでしょう。あまりお勧めはしませんが。あなたの望みに合うものとしては、この世界にはダンジョンや、強大な力を持つモンスターが多々存在します。それらを攻略して英雄になるのもいいでしょう。何をするかはあなたの自由です。」

 なら俺の望みは決まっている。





「英雄になりたい。誰もなしえなかった事がしたい。」




 思わず口に出してしまった。

 あまりに幼稚でばかげている。

 荒唐無稽だ。

 現実的でない。

 分不相応だ。

 親にも、友達にも、教師にも。

 全員に笑われた。馬鹿にされた。現実を見ろと諭された。

 こいつも笑うのだろう。

 クンが目を丸くしてこっちを見ている。そして口を押さえながら

「いいですね。いいですね。いいですね。」

と言った。この表情はばかにしているよりも、喜びのほうに近いだろう。

「えっと、バカにしないのか」

「するわけないじゃないですか。一人の、人としての願い。実行しなければただの夢で終わってしまう。しかしあなたは一歩踏み出し、先に進もうとしている。ばかにする意味なんてないですよ」

「どうすればいい」

「自分で考えてください。子供じゃないんですから。」

 こいつ。

 いいことを言ったと思ったら、これか。

 クンが話を戻すかのように咳払いをた。

「さて、結城悠様、あなたは、私が、自分が思っている以上にこの世界にふさわしい人物なのかもしれません。そんなあなたに私からのプレゼントです」

 与えるものは無いんじゃなかったのか。 

 そういってクンは俺にいくつかのものを渡してきた。

 錠剤が数粒、刃渡り十cmの、持ち手から刃のすべてが銀色のナイフ一本、得体のしれない箱。

「まず、着いたら白い錠剤を呑んでください。後の説明は――――省略でいいですよね。いつまでもここに居られても迷惑ですし。面倒ですし。」

 クンは伸びをしながらそう言った。

「おいおいおい。この糞犬、最後の最後で手を抜くなよ!その本音は隠すべきだろ!」

 結構本気目に切れた。

 そんな俺を無視して、クンは後ろに現れた扉を指さし、口を開く。

「さあ。この扉を開けてください。この扉の先はそうですね―――大都市の一つエストラにしておきましょう。この都市には誰も攻略していない無限回廊というダンジョンを筆頭に、数多のダンジョンが存在しています。あなたの望みにはもってこいの都市でしょう。」

 クンが両手を広げ仰々しくセリフを言う。

「この先に待ち受けるのは、困難か、絶望か、希望か、栄光か。この世界では、あなたの生き方によって、あなたという存在が決まります。強力な武器、スキルなども今はなくともいづれか得ることができましょう。つまり、何を得るかはあなた次第。無限の旅路へようこそ。あなたの旅路に祝福があらんことを。」

 

 この場所にきて絶望した自分がいる。

 元の世界に帰りたい自分もいる。

 しかし短い時間ではあったが、それらを覆すほどに興奮している自分がいる。

 今はこの興奮に身をゆだねよう。

 扉に向かって一歩踏み出すごとに顔がにやける。

 扉に手をかける。

 扉自体は全く重くなく、すんなりと押すことができた。

「短い人生の中で一番重い扉だ。」

 後ろを振り返りクンにお礼を言った。

「ありがとう。」

「いえいえ。ここに来たのはあなたの力、あなたの意思、あなたの願いによるものです。私は何も関係ないですよ。それよりも扉の先は何が起こるかわかりません。決して後悔のないように。ではまた何時か。」

 

 この会話を最後に俺は扉をくぐった。

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