第二章 認知、■月■却

第二章プロローグ

「で、今回の報告は以上か?」

「は、はい……」


 迷宮省の本部として利用されているビル、その一室にて二人の男が向かい合っていた。一人は迷宮省冒険者管理課課長、外原家太。現冒険者ランキング3位、四辻博人への襲撃に失敗した男である。もう一人は迷宮省の長、迷宮政策大臣の可部智也。50程の若さで大臣に上り詰めたこの男は苦そうな顔で報告内容を噛みしめる。


 二度の襲撃の失敗。

 SATの動向についての情報漏洩。

 そして金森レイナと四辻博人が皆主党とつながりを持ったこと。


 政府の企んでいる、世界の破滅から逃げる為に虚重副太陽を形成したうえで本州を地球上から脱出させるという作戦。今全てが最悪の方向に傾き始めていると、口には出さないが下げられた外原の頭が雄弁に語っていた。本来ここにいるはずのSAT隊長足立は四辻博人、ダンジョンを破壊した少年により切り落とされた足の治療に入っている。それだけでも異常事態なのだ。国内で運用できる数少ない戦力が行動不能になっているというのは。


「皆主党は中国と本格的に連携した様子はないのでしょうか……」


 外原が不安げに可部をちらりと覗きすぐに視線を下に落とす。可部はため息をつきながら備えられている模造紙に書き込み始める。パソコンの画面などではないのは言うまでもなくハッキングを恐れての事だ。


「現在我々は多数の勢力に取り囲まれている。中華人民共和国、ロシア連邦、アメリカ合衆国。SOD、皆主党、自由東向グループ、そして金森レイナ率いる迷宮保全党だ。中国やアメリカ、ロシアの目的は同じで『UYKIT』、『UYK』と略されるあの生物への戦線から逃走されないようにすることだ」


 そう言いながら資料をぴらりと開き一枚の写真を取り出す。それは四辻博人も見た、あの巨大な鱗だった。たった一枚のはずなのに街を飲み込むような、いや街を飲み込んで形成された鱗を憎々しげに可部は見る。


「中国はダンジョンが多すぎて湧き出る魔物の処理に手が追い付いていない。逆にロシアはあの広大な地にダンジョンが一つしかなく、高虚重元素置換者、高レベルの人間が生まれにくい状態だ。この二国は今のところ国内に意識が向いているからまだよい。無論外原君の言うように皆主党が計画を漏らせばまた違う結果になるが」


 ロシアはそのせいで人間の人工的改良に目を向けているんだったな、と外原はニュースを思い出す。ただこの二国も情報があれば間違いなくこちらの計画を阻止しに来るのは目に見えていた。が、そこで情報を漏らす人間はかなり少ない。


 旧来の計画、人数を要するものとは違い本計画は高レベルの人間を少数配備し発動するものだ。同じ人間でもレベルという性能が致命的に違うが故にこのようなことが出来るわけだがそれは幾つかのメリットを生む。


 例えば機密の漏洩についてだ。


「この規模の計画の詳細を掴ませていないという点において我々の情報戦は勝利している。少なくとも他国から『砲弾』を撃ち落とされることは今のところありえない」

「例外として金森レイナという不安要素がでてきましたがね」

「ああ、あれは父と全く同じだ。一から十を知って百まで拡張する」


 事実『砲弾』がどれか、各国はどこも把握していない。それがミサイルなのか、何らかの電波のようなものなのか、あるいは既に発射されたのかすら。


 正確には『砲弾』は虚重副太陽の生成と軌道固定の2種類あるのだという事実もまた。


 アメリカは友好国である以上簡単に攻撃をすることができない。よって大体の海外の戦力はこちらを睨んではいるが手出ししにくい状態になっている。だが複数国が組んで日本の宇宙への脱出を阻害すれば話は別だ。


「この国々を抑え込むために現有する高レベル者の半数を侵入者への警備に当たらせている。残り4割は計画の進行のための作業員として。すると残る戦力一割、これだけで国内に対処しなければならない」

「やはり一部を国内向けに……」

「それはだめだ。人数はギリギリで、仮に一部でも隙ができれば各国の高レベルの人間が我々の知らない術で悠々と潜入してくる。境界を緩める事だけはできないのだ」


 だからこそ金森レイナの一手は深く突き刺さる。四辻博人という最強格の人間を抱え込んだうえで冒険者達に好意的な党の設立。これにより国内の潜在戦力であった冒険者を誘導し有効利用することが難しくなった上四辻博人で国内のパワーバランスを完全に破壊しきる。


 さらに皆主党との連携。これが痛い。少なくとも皆主党のトップも今中国に身を売りはしない。だが日本の計画が失敗した時。四辻博人と金森レイナを土産に亡命できるのであれば、皆主党にとって大きな意味を持つ。


 直接の戦力の支援はなくとも物資、資金、協力者、これらの面で大きなアドバンテージを金森レイナは得た。皆主党はいざというときの保険と戦力を得た。


 これらを包むカバーストーリーこそが『与党による迷宮保全党への不当な弾圧』というものなのだ。


 きゅきゅっと音を立てながら可部大臣はペンを走らせる。国内、自由東向グループ、SOD、皆主党。


「皆主党は知っての通りの風見鶏、利権をこの混乱の中守り切ることが目的だ。成長限界について知らないらしく必死にお抱えの戦力を迷宮に送っていたのは笑ったがな。おかげで彼らは大分タイムロス、戦力としてはカウントしなくてもよい」

「SODは極めて強力、ただし性質上奴らは統率を取れない。きちんと戦力を当てれば十分に処理できる。そして自由東向グループ、ここは迷宮の資材の横流しなども行っているようだが現状計画に介入する様子はないので放置だ」


 こうしてみるとつい先日まで計画はSODと政府の直接対決の様相を呈してたとわかる。だがそれらは全て踏みつぶされ、気が付けば第三勢力が生まれてしまったわけで。


 金森レイナたちが計画に関与してくるかは不明だ。だがそのレベルである以上SODからは狙われ続けるし『砲弾』の素材として使わなければならない以上政府としても是非捕獲したい対象である。


 彼を素材として術式を完成させれば地球から脱出するのは本州だけではなくなる。そもそも計画が何故本州の宇宙への脱出なのか、それは北海道や沖縄などを範囲対象にするにはあまりにも余裕がなかったからだ。


 緊急の移住政策を進めているもののこのままでは確実に本州以外に住む者たちは置き去りにされてしまい。世界崩壊に巻き込まれる。だがレベル9999の内蔵や皮を使って基幹術式の改良を行えるのならば。より安全に日本全てを救うことが出来る。


「やはり彼らを狙うのはやめておいたほうがよいのでは」

「何を言っている。一人の為に本州外に住む人々を犠牲にする気か。何か代案でもあるのか?」

「いえ……しかし娘と同じ年頃の人間を殺そうとしたときこれが本当に正しいのか、と思ってしまいました」

「で、何か代案はあるのか?」

「……」


 可部の結論は結局ここだ。世界の滅びに対抗しなければならない。そのなかで最も安全で多くを救う方法はこれしかない、それだけなのだ。代案もなく感情論を言う外原を見ながらいらだった様子でペンをトントン叩く。キャップがぴきりと音を立て斜めに線が入る。


「なあなあでは済まされないのだ。早ければ一年後には第一陣が来る。数多の選択肢を前に悩む主人公ではなく何を切り捨てるかを強要されている犬、それが我々だ」

「……失礼しました」

「それで、次の一手をどうするか君の意見を聞きたい」


 外原を呼んだのは報告だけが目的ではない。彼のもっとも得意とする分野は戦略、だからこそ外原は金森レイナの取る次の一手を容易に想像できる……わけではない。


「……現状、襲撃の件に対しケジメをつけろ、という話は全く来ていません。これは水に流す、というよりは一旦その件を棚に上げているのだと思われます。もしそちらから攻めるのであれば注目度の高い今叫ぶべきですから。しかし他の手を取るわけでもない。何をするでもなくただ待機」

「何もわからないと?」

「いえ、ただSODの一手は読めます。ここしかない、彼らが金森レイナの急所を突くにはこれしかない。誘拐するんです、四辻博人の両親を」

「そこから逆算すると」

「迷宮で見せた四辻博人の兵士として統率される能力。指揮官に命や未来を託して言われた通りにただ動く力が彼にはあります」

「本当に厄介なものだ。ただの力を持った子供かと思いきや立派な戦士なのだから。面倒ごと、あるいは思わぬ好機だと思っていたがここまでくると明確な脅威だ」



「だからこそ金森レイナの次の一手は決まっています。――四辻博人の両親をSODに

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