第一章エピローグ
『じゃあアイテムボックスに琴音君を入れて欲しい。あまり今回の事は表に出したくない、正確には表に出さないことで交渉したいから、傷まみれの子が表から帰ってくるのは大分不味いんだ』
『おや、てっきり儂はそこまで含めて交渉内容かと思っていたが』
『そのために反射防止シール、斜めのそこのカメラからさっき見せた映像を録画されないよう処理をしています。録画を持っているのは我々だけです』
『被害者が出れば証拠がなくても通るぞ?』
『最悪の場合私を始末するためにそこに兵を忍ばせているのはわかっていますからね。証拠と四辻博人、ともに奪われたら困りますので』
『人形でわざわざ来ているくせによう気が回るのぉ』
『気づいたからこそ人形で来たんですよ』
……全面的に手を組んだと勝手に思っていたがそれは間違いだったようで、あくまで一部の面だけのようだ。しかしスキルの存在により死体隠ぺいが容易に、なんて都市伝説は聞くがまさかこんなところで片鱗を見る事になるとは、と思う。
大山たちもSATも足立の足ももうなく4層には破壊の跡だけが残っている。あれだけ生えていたビルの山が軒並みなくなっているの、本物の木であれば環境破壊のバッシングをまぬがれなかっただろうなぁ……。
モニターがふっと画面の中へ引っ込んでゆくのを見て俺は改めて琴音に向き合う。四肢が無残にねじれて未だ痛そうにしている彼女はふっと笑った。
「おうおうやってくれたやん。こんな可愛い娘がぐちゃぐちゃになるのを見てみぬふりとか」
「何を。その方が良かっただろ?」
「勿論や。それで博人が降参してレイナさんの計画がうまくいかなくなるのは最悪やからな。うちの失敗の責任はうちが取るべきや」
「責任取るのが嫌なんじゃなかったのか?」
「嫌なのとやらなあかんことは別やで」
全く持って捻くれた奴だ。責任と不快を嫌う一方でそれらに真っすぐ向き合う。そこにうちを配置したせいや、とレイナさんのせいにはしない。よいしょ、とアイテムボックスを開き琴音を抱えそっと入れようとするともごもごと動きすぐに痛そうに呻く。
「どうしたどうした」
「うちご褒美が欲しいなぁ」
「なんださっきまで殊勝なこと言ってやがったのにその手のひらくるりと回す感じは」
「ええやろええやろ、ほいマーキングさせぃ!」
「んっっ!」
唐突に上半身を上げた琴音に口を塞がれ、思わず無言になる。琴音の舌が俺の口の中を舐め廻し舌を絡めとる。10秒ほどしてようやく満足したのか彼女は口を開く。俺たちの口の間には唾液の橋が架かっていた。
「な、な」
「夢ちゃんにパクられる前に確保や、ほんなら!」
そういって自分からアイテムボックスに頭から突入、中でゴスンという音が聞こえ呆けから戻り苦笑する。もうちょっと言い方やタイミングはなかったのか。あんなに顔真っ赤で言っているとまるで小学生男子が好きな子のスカートを捲くっているみたいな幼稚さを感じてしまう。もう少し筋道というか、やるにしてもしかるべき流れがあるのだろうにあまりにも脈絡がない。
吊り橋効果という奴なのかもしれないし、本当にお礼で俺の思い上がりなのかもしれない。ただそう思っても許されるくらいには今日俺は一つやりきったんだなぁ、という達成感に満ち溢れていた。
「で、キスどうだった?」
「やめてくださいレイナさん!」
「いやーあの琴音に春がくるとはね。ガードが堅いだけで実はちょろいタイプ?」
第一層出口、エレベーター。そこにたどり着いた時点でアイテムボックスからレイナさんは急に出てきた。こっちは本体で、二人してあの棺桶に乗り込む。
「それで何か目的は達成できましたか?」
「できたとも。まず君、どうしてSATがあんな強硬手段に出たと思う?」
「虚重副太陽生成がどうこう、でしたっけ」
「正解だ。では
……そう言われると謎だ。今回みたいに日曜日時点でほぼ決着のついていた俺にリスクを冒してまで取る価値はないはずだ。それが金儲けだとか国防のため、だとしても警察そのものや迷宮省の立場までを犠牲にするような立ち回りを行うだろうか? その疑問にレイナさんは何でもないような風で答える。
「まあ結論だけ言うとだね。近々世界は滅びるらしい。この虚重原子の増加、ダンジョンの生成は全てその
それは鱗だった。一枚一枚が鱗。そしてよく見るとその中の小さな粒のように見えるのがビルだった。つまりこれは巨大な魔物、サイズ的には街そのものが一つの鱗になるレベルの魔物がいる、いや世界が魔物に変換されていっている……!?
「そして今政府は日本を地球から脱出させようとしている、虚重副太陽は脱出した後のエネルギー源、太陽という星の周りを地球が回るように虚重副太陽という偽物の太陽の周りを日本が回ろうとしているんだ。冗談だと思ったけど情報を統合するとそれが正しいとしか考えられない」
あの外原とかいう琴音を痛めつけていた男は娘がいるとかどうこういいながらそれでも役目をこなそうとしていた。それは高い使命感、例えば日本を滅びから救おうとしていたからこそあんな行為にも手を染めたのではなかろうか。
これが嘘なら良いのだがレイナさんは嘘を言っているような様子ではない。その確信した様子から恐らく本当に世界は滅びるのだ、数年以内には。
エレベーターは間もなく地上に到着しようとしている。
「俺は正しいことをしたのでしょうか……。もしかして」
「馬鹿なことを言うな、正義などないさ。全ては人間の都合の集合体だ。都合の良い人が多い、都合の悪い人が多い、それだけの話だ。それに彼らの行為もまた正当化されるわけではないだろ?重火器で一般市民を追い回し四肢をへし折る、それは国を救うために許容されるのかい?」
「……そうは思いません」
「だろう?だから私たちのやることは正しいとは何かを考える事ではなくこちらの都合を飲ませることだ。例えば君を殺さず日本や世界をどうにかする手立てを提示できれば?」
「するんですか?」
「してみせるさ。その道は隠された情報たちに直結しているからね。いやはや、こんなのが隠れているとはこれだから探求は辞められない」
相も変わらずの知識欲だ。しかしそれならこれからの道も安心できる。俺は降りかかる火の粉を払い、レイナさんはその頭脳で俺が死なずに終わる結末を提示する。その道を琴音とグレイグさんが手伝う。
「その時についでに今日の件について突っついてやろうじゃないか。足立に裸踊りでもさせてみたくはないか?」
「50のオッサンにやってほしくは無いですね……。それにやるなら外原さんの方が見栄えがいい」
ひとしきり笑ったあと、ごんとエレベーターが止まり扉が開く。三重に密閉されたその先には大量の報道陣が押しかけている。本田さんの流した情報により集まった記者たちなのだろう。口々に飛び掛かる質問とフラッシュをどこか他人事のように眺めているとその向こうで憎々し気に俺を睨む大山と椎名の顔があった。
「27個目のダンジョンはどうやって破壊したのですか!?」
「何故そんな傷だらけの姿でダンジョンから出てきたのでしょうか?奇妙な行動が確認されたSATとの関係は?」
「迷宮保全党に所属する経緯を教えてください!」
レイナさんが俺の肩を持ち耳打ちする。
「それじゃあ今後の目標だ。提案を飲ませるのは難しい、国とは大量の人間の集合体だ。だからこそ私たちの都合を飲ませるためには力が必要になる」
「はい」
「一先ずは冒険者ランキング1位を目指せ、応援しているぞ暫定3位君」
「……え!?」
「当たり前だろう足立に勝ったんだからね」
レイナさんに連れられ記者の山をかき分け冒険者ギルドの中心、冒険者登録所へ向かう。一体どうやって手を回したのか渡された特例と書かれた書類に書き込む。
6月15日月曜日朝9時。俺は夢の冒険者となった。冒険者名簿に俺の名前が新しく刻まれる。
冒険者 四辻博人 Lv9999 冒険者日本ランキング暫定3位
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