成長限界
[『風纏』を習得しました『炎熱剣』を習得しました『氷槍乱舞』を習得しました『黒絶』を習得しました―――――]
時間稼ぎをしていたのは他でもないスキル習得のためだ。相手を見て必要な大量の残りSPで必要なスキルを取得、その場でメタを張る。第三位をその場で粉砕するための構築を組み立てる。
これができるのは俺だけだ。世界で唯一レベル9999、SP9999を手に入れた俺だからこそこんな馬鹿みたいなことが出来る。向こうからしてみれば後出しじゃんけんもいい所だ、このステータスで的確にメタを張ってくる敵。
現在勝っている点。STRを除く全ステータス、現在取得したスキル。負けている点は圧倒的な戦闘経験と術式開崩とやらで強化されたSTR。ダンジョンを破壊しただけで3位にここまで迫れるのは愉快というかなんというか。
今から追い越すのだが。
「『風纏』!」
「3、!?」
「効かない、倒縛陣が破られた!」
「ちぃ、『ステップ』『剄飛脚』!」
全速力で後ろに飛びながら『風纏』を発動すると俺の周囲に風が舞い空気砲の向きがずらされる。INT6000で作ってるんだその程度で転倒はもうしない。足立の飛び込みながらのハイキックの亜種のようなそれをガントレットで受け流しながら理解する。あの術式開崩は欠陥がある、身の丈に合わない力であるが故に全身が痛み気功の発動が出来ていない。
下半身麻痺によりスキルと気功でしか歩行できない足立がスキルしか使えなくなった。ならばスキルの宣言に合わせ防御を固めながら戦えば良い。
その様子を見て顔を歪めた外原が藁人形に向けて釘を叩き込む。
「1っ!!」
「ぐぅぅ!」
拘束された琴音の右腕が異様な方向に跳ね上がり一瞬で紫に変色、ばきりとあってはならない方向へ折れ曲がる。苦痛を漏らすものの琴音は助けて、とすら言わない。視界から外原と琴音を意識的に外しながら足立のラッシュをかいくぐりながら最後の鍵を投入する。
「『幻装』『炎熱剣』!」
大剣を生成、即座にあの引率の冒険者が使っていた魔法剣を起動、勢いよく振り回す。余波でビルが剥がれ落ち足立は迎撃しようとして上手く避けきれずかすり傷を負う。間髪入れずに『バーニングレイ』を連射、回避しながら接近してくるのを大剣で近づけさせないようにする。
もう足立は近寄ることが出来ない。組み付かれたときのあのダメージレースが記憶に強く残っているから本来のキックボクシングの距離で戦うことができずそこから一歩引いた大剣の間合いで戦わされる羽目になっている。
そしてその選択の背中を押す要素が背後からやってくる。
「2っっっ!降参しなさい四辻博人!」
再び悲鳴。今ので右腕右足が壊れたらしい。だが知ったことではない、いや知っても気にすることではない。
「何故です!早く彼女を救いなさい!」
外原が叫ぶ。そうじゃないんだ。俺が夢見たのは正義のヒーローなんかではない。
残り43秒。更に前に出て足立に回避を強要させる。大剣の破壊力は凄まじく床や壁を悉く粉砕、受け流しすら許さない。
「『氷槍乱舞』『黒絶』」
「『ステップ』『ステップ』『ステップ』……!」
更にノテュヲノンの使った二種の魔術、追尾する氷の群れ『氷槍乱舞』と広範囲に暗闇とMPを吸い取る空間を作り出す『黒絶』。それをスキルで起動、足立の背後を『黒絶』で塞ぎ氷槍の群れが足立を追い詰め高速で連射される『バーニングレイ』が逃げ場を失った足立を少しづつ削っていく。
「3っっ!このまま勝っても私の呪いは残る、糸井川琴音は残りの人生を左手一本で生きることになる!」
「てめぇ、『ステップ』、ふざけんなよどういった心持ちだなんでこの前まで一般人だったお前が俺に並んでいるんだ!」
足立の言葉に何も返さない。心の中ではお前が言うな、その才能という不条理を持っているくせにこちらの不条理にはケチつけるのかよ、と思っているが。琴音のうめき声はほとんど爆音にかき消され聞こえない。この広場の外からあの同級生三人組と引率が化け物を見ているかのような目をこちらに向けている。そちらに向かってSAT隊員たちが急いで避難してゆくのも見える。足手まといになるのを避けての事だろう。
残り26秒。足立はまだ避け続ける。俺が五本目までに降参すると未だに信じているんだ。
「4っっ!頭が壊されると終わる!解除しない限り植物人間になって一生帰ってこないぞ!」
「だから何だよ」
足立が回避しきれず氷槍を正拳と廻し蹴りで一気に打ち払う。足が止まった瞬間に『バーニングレイ』が直撃、肉が焦げる音と共に足立が勢いよく吹き飛ぶ。ビルを蹴飛ばし飛翔、容赦なく追撃をかける。
ステータスを見ると既にHP0、体はボロボロ。対する俺はHPがまだ半分以上残っている。その歴然とした差の中でなお足立の目は俺を強く突き刺し態勢を立て直そうとしている。
残り10秒。最後の交錯。
「5っっっ!」
もはや悲鳴と区別のつかない外原の叫びと共に足立と俺は互いに一撃を放つ。
「『ステップ』『ハイキック』!」
「『弱スラッシュ』!」
足立の鍛え上げられたハイキック、それが届く前に大剣の一閃が足立の足を撫でするりとあるはずであった場所から足が落ちてゆく。最弱の一撃。だが速度において最速であるこの一撃は狙い通りにハイキックより早く相手を断ち切った。
3階ほどの高さから焼け焦げ元の面影を残さぬ地面に叩きつけられる日本ランキング3位。実質世界で三番目に強い冒険者。それを確認した瞬間無意識に体は全力で琴音の方に向かっていた。だが全ては終わっていて。月曜日午前7時。静けさの残るダンジョン4層。
「やるやん、博人」
「博人君お疲れ様、きちんと預けてくれたね」
とある屋敷、そこで勤務している秘書は主の指示で郵便物を受け取っていた。コンビニで手に入れた「衣服」とラベリングされた小さな箱を大事そうに持ち帰り、指示通り誰もいない予備の客間に置く。そして箱を開け女性ものの黒のスラックスを椅子に掛けその前にお茶菓子と電気ケトルのお湯をセットした。
『明日の朝6時にお客様がいらっしゃる。その時間の前にはお茶を入れお待ちしろ。大事な大事な客だ』
主の言うことは何一つ理解できなかったがそのうえで秘書は正しく行動した。その結果朝六時、その客人は時間通りにズボンのポケットから這い出てきた。アイテムボックスからぬるりと。そう、四辻博人の
それは関節人形だった。顔はどうみても金森レイナそのものだが動きがぎこちなく何より裸の下半身は女性の物ではなく人形の関節部そのものだったからだ。
「ほっほう。本当にSATを潜り抜けて侵入できるものなのですな」
「いや、この状況はかなり最悪に近いですね。というのもSATは軒並みダンジョンに向かってしまっいましたから。私がわざわざここに来る情報を漏らしたのは陽動の意味もあったのに」
そして時間通りにこの屋敷の主は訪れる。皆主党代表、玉手直樹議員。この日本において野党の中では最も力を持つ党の党首であり政界に大きな影響を与える人物だ。だが皆主党はここ数年支持率は急落を続けている。
というのも反ダンジョン派が余りにも強いのだ。その結果この日本で起き続けている政府のきな臭い事件の足すら掴むことが出来ず、逆に自身たちの汚点はスキルを使える兵による内偵で次々と明らかになってゆく。
だからこの交渉の要点は初めから決まっていた。その点を確認するためだけに金森レイナはここに来ていた。
「単刀直入に話を。我々迷宮保全会は27個目のダンジョンを破壊した少年、四辻博人を仲間に迎え入れました。必要な時にこの戦力をお貸しするので代わりに我々を政党と認めていただきたい」
「政党として我々が擁護することでこの件は少年が容疑不十分で逮捕された、という話ではなく現与党を批判するものを警察権力が捕まえようとしたという話に。民主主義の根幹を揺るがす政治事件に発展するという訳じゃな。お嬢ちゃんは話を大きくするのが得意じゃのう」
「それはお互い様でしょう。それに困っているのではないのですか?高レベル冒険者が政府により独占されているこの現状を」
その言葉を聞き玉手議員は苦そうな表情になる。冒険者、というよりはこのシステムに乗る人間は皆レベルを上げなければ強くなれない。だがいくら魔物を倒しても近年、彼らはレベルを上げられなくなっていた。
SATのレベルが200以下、琴音より低いのは彼らが無能だからではなくレベルという物が信じられないほど上がりにくいからなのだ。序盤は上がりやすいのに急にレベルが上がらなくなる。いや上がらなくなるというよりは経験値がそもそも吸収されていないようなそんな感じに。
それを成長限界という。
「我々の方で解析した結果ですが一度レベルが上がるのが止まった人間はそこからレベルがあがりません。というのも魂内部の虚重原子構造が安定化しすぎて経験値というものが来ても入る余地がなくなるからです。これは正の虚重原子と負の虚重原子との反発によりレベルが上がりにくくなる現象とは違います。あなた方の兵は経験値が足りないのではなく既に限界に到達しています」
「……では君の見せたあの情報はなんだ?レベル9999など聞いたことがないし限界という物を無視しているぞ?」
「簡単です。一気に経験値を取り込むと成長限界で魂が安定化する暇もなく魂に経験値が吸着しその周囲を魔力が覆うようになる。化学の活性化エネルギーという話をご存知ですか?」
「知っている。物質が反応し反応物質が生成物に至るにはある特定のエネルギーが必要で……!?」
「そう、レベルが上がるために必要なのは経験値を貯めることではなくレベルを上げるという魂の反応に必要なエネルギーを一気に摂取するか、あるいは少ないエネルギーで活性化エネルギーのようなものを超える事に賭ける、そのどちらかでしかありません」
玉手議員は愕然とする。確かにそうだ、他の全てがゲームのようだからといって経験値に関わる話までゲームのような形であるという保証はない。ゲームに似ていてもゲームではない、経験値を貯めれば必ず報われる、雑魚を1万匹殺しても実力が付くとはかぎらないのだ。
「故にあなたの兵も大半の政府お抱えの者たちも成長限界に達した以上もうレベルが上がることはまずありません。だからどの勢力も新たな戦力を手に入れる必要がある。国の息がかかっていない、それでいて高い実力のある兵を」
「……貴重な情報をありがとう。で、取引を受けるとは限らんぞ?儂がおぬしらを政党と認めこの少年への攻撃をやめさせることはできるだろう。だがこの少年が取引に応じるほどの価値があるか、儂はまだ見せてもらっておらんからのぉ」
「ではお見せしましょう」
そう言って金森レイナは画面を開く。イヤリングにできた極小まで小さくした霧から視界を飛ばし、彼らは一部始終を監視し続けた。
『……という訳だ。時間稼ぎご苦労様。いいデモンストレーションだったよ』
「やっぱりこれ意図的に俺たちをSATとぶつからせていたんですね!?」
『うん。まあここまでギリギリだとは思わなかったけどね。因みに足立君の感知した気配みたいなの、私がイヤリングからうっすら魔力を放ったからだよ』
「完全にハメられてた!」
うぎゃあと頭を抱える。外原は藁人形を捨て両手を高く上げていた。足元の琴音は四肢はねじ曲がっているが頭は無事、そして呪いは解除されたらしく只の傷となっている。
「そいつ口だけやで、もう4本目あたりから腕プルプルで涙目、5本目は恐怖で釘を打つことすらできとらへん」
「うるさい同い年の娘がいるんです!」
イヤリングから浮かぶモニタに映るレイナさんとその後ろにいる玉手議員が悪そうに笑う。この一件、彼らは面白いように嵌められた。ただ迷宮保全会、いや迷宮保全党としてのデモンストレーションに使われてしまった。
『一部始終見せてもらったぞ、見事。勝利の為に犠牲を払うことのできる君なら駒として使える。第3位を正面から破れる戦力と駒として立ち回れるという二点が揃うのであれば四辻博人は交渉材料になりうる。
『因みに琴音君が死ぬ場合はその前に私が出て止めていたよ。良く信じてくれた』
……これは玉手議員からのテスト、という面と共にレイナさんからのテストという面もあったのだろう。SATの面々は足早に去ってゆく。彼らはこれから大変だろう、なんせ状況を政府にとって最悪なものにする手伝いをしてしまったのだから。
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