アクセル全開

 朝6時50分。レイナさんによると勝利まであと10分。あれだけ話した後だ、眠れはしないものの不安や恐怖ではなく物静かに思いにふけるような、そんな時間。


 その時にもすぐに終わりが来る。琴音が俺の肩から頭をあげ起き上がると同時に俺も物音に気が付く。弱弱しい足音、人数は4人ほどだろう。


「奴らか?」

「いやちゃう。多分普通の冒険者や。にしてもこんな時間にっておかしな話やで。いくらダンジョンに昼も夜もないとはいえ寝とる時間やで」


 それはそうだ。もう少し耳を澄ましてみると確かに声が聞こえてくる。隠す気のないその聞き覚えのある音は俺の耳にすっと入り込んできた。


「なんで学校休んで一泊しようなんて提案したのよ大山、あんたのせいで……!」

「うっせえ冒険者の癖に野宿すらできねえ奴が悪いんだろうが」

「何を!君たちのわがままに付き合ったのにそういうことを言うとは、これだからガキは……!」

「やめてください!ほら二人も、もう少しで上の層にあがれるんだ!」


 あの4人組である。どうやら話を聞く限りダンジョンで一泊しようとしたら全く上手くいかなかったらしい。宥めているビルですら声に苛立ちと疲れが見えている。まあ自業自得なので放っておくしかないだろう。


 ため息をつこうとしたところで再びガサガサと足音が聞こえる。人数にして10人以上、これは……!?


 琴音と目を合わせると彼女も緊張した様子で壁に耳を当てる。彼らはこちら側に向かって一直線に進んできていて、すぐに方向を変えて4人の方向に向かってゆく。良かった、向こうに気を取られたか……と思ったところで高速で飛来する何かに琴音を掴み全速力で退避する。


「『ドロップキック』ようやく見つけたぁ!」


 コンクリートをぐしゃりと叩き破り正確に壁を突き抜けてきた足立の蹴りをギリギリで躱し勢いよく地面に着地、即座に来る追撃を回避する。そのままくるりと体制を取り戻し辺りを見渡す。


 異様な動きをして地面に落ちてきた俺に驚く4人、同じように驚愕しながら銃を構える重武装のSAT隊員、そして嫌な笑みを浮かべるSAT隊長、足立。どうしてバレた、一度たりともアクションはしなかったし何か特殊な術を使った感じはなかったのに!


「『ウォーキング』気、だよ。こちらにじっと気を張っている空気。なんとなくわからないか、立ち聞きされている時、背後から見られている時。全ての感覚器は気づいていないはずなのに何故か見られているとわかる感覚が。そこの四人の痕跡に釣られてしまったが結果的に正解だったな」

「わかるかファンタジー野郎、んで何の用だ……」

「捕まえる。全員、陣を敷け」

「おい何してるんだよ四辻、お前何やったんだよぉ!」


 SAT隊員たちがじりじりと足を動かし始める。『転移』で逃げることはもうできない。その隙に足立の蹴りが俺を叩き落す。だからこそ正面突破をする必要がある、後10分、耐え続ける必要がある。もう会話はいらない。俺たちが隠れ続けたことでSATの時間は限界まで削られた。第六感のような何かで察知しできる足立さえ来なければ見つからなかったし、あるいはもっと早く見つかっていたかもしれない。だがIFの話を考える余裕はもう俺にはなかった。


「琴音、いけるか?」

「勿論や。ただ隠れてるやつがおる、背後とられんよううちが先に潰す。援護するまで耐えてや」

「了解」


 大山たちが背後に押しやられると共に戦闘はどちらかともなく自然と開始される。俺の全身が黒い鎧に覆われたのを見て恐怖とも怒りともつかない表情をする4人を尻目に俺はスキルを発動した。


「『幻鎧』『幻装』!」

「『ステップ』『ハイキック』!」

「『鋼糸』!」




 琴音がビルの向こうへ飛び立つと同時に足立のハイキックが飛んでくる。生成した小太刀でなでるように蹴りの軌道に刃を置くと足立は無理やり体を曲げ躱す。態勢を崩した所に追撃を仕掛けるべく前に進む――のではなく初めての魔術を発動する。


「『バーニングレイ』!」

「『ローリング』っ!」


 俺の目に集まった魔力が収束しビームのように視線上を焼き尽くす。通常のINTで打つのであればともかく俺のINTで撃てばそれは破壊光線とでも呼ぶべき代物になる。高熱は直線状のビルを悉く溶かしダンジョンの壁に新たな穴をぶち空ける。


 このスキルの利点は高速発動が可能な点、手を塞がない点、そして何より連射が可能な点。


「『バーニングレイ』『バーニングレイ』『バーニングレイ』!」


 この部屋そのものを破壊しつくすような攻撃の雨が辺りを砕き溶かしてゆく。ただのスキルの連射、それだけで近接型である足立を一方的に押し出すことに成功。足立が必死に近づこうとするならば打撃に合わせるようにナイフを振り、避けたところに『バーニングレイ』を連射する。


 いける、足立を完封できる! そう思っていた時に思わぬ衝撃が足を吹き飛ばす。ただこけただけだ。当然ながらこのステータスであればその程度ではダメージなど負わない。だが二打目、三打目と足や体への衝撃が立ち上がろうとする俺を滑らせ視線の固定をできなくする。


 原因は雑魚だとして放置しておいた視界外のSAT隊員たち。レベル180程度の取るに足らなかったはずの者たち。彼らが持っているのは銃ではなく空気砲。ダメージを与えるのではなく、柔道や合気道の要領で必要なタイミングに必要な力をかけ徹底的に地面にたたきつける技術。


 右足を軸に立とうとする。俺の足は当然上向きに力をかける。その瞬間SAT隊員隊の撃った空気砲が俺の体を下から跳ね上げ体が浮き、着地しようとしたところで3人が右足を銃撃し体が一回転、再び地面に戻る。


「3、2、1、イーグルリロード!」

「練習通りにやれ!相手はいくら強くても体重70kgに満たない肉の塊だ!適切な力で必ず宙に浮く!」

「3、2、1、ファントムリロード!」

「3、2、1、キャットリロード!」


 力が利用される。更に上からあの嫌な蹴りが来る。綺麗で、力強く、醜悪な蹴りが。


「『ドロップキック』!!」



 空気砲は威力が低い。正確には威力を与える範囲が広く肉体を貫通することが出来ないのだ。銃弾があの程度のエネルギーで壁を貫けるのは正に狭い範囲にえぐりこむようにその力を伝えるからで。小太刀が手から滑り落ちるのを気にする暇も作らないようSATは絶え間なくこちらを転倒させに来る。


 見たことのないSATの持つ金属製の銃には弾丸というよりはカートリッジを投入しているのが回る視界の中で微かに見えた。その次の瞬間俺の腹に『ドロップキック』が叩き込まれ体が大きく歪み地面に体が埋まる。鎧の上からであるものの確実に内蔵にずしりと痛みが走り、急いで起き上がろうとした瞬間再び鎧に空気砲が命中、起き上がろうとあげた体がくるりと一回転。


「『爆撃脚』!」

「3、2、1、タイガーリロード!」


 炎を纏った蹴りが顔面に向けて放たれ、体が浮くのを空気砲がまた抑え込む。自分のHPを確認すると14271/18739。単純計算であれば7発までは耐えられる計算。だが鎧は少しヒビが入り始めこのままだと不味いと判断した俺は足立を無視、周囲のSAT隊員を潰す方針に変える。


 回転する肉体を制御せず視界を水平に、俺を中心に円陣を組むように向けるSAT隊員たちに向ける。数は12、互いに声を出し弾数を調整して隙の無いようにリロードを行い続けていた。こいつらから倒せばいい……!


「『バーニングレ「一生下見とけや」ぐっ!」


 だが『バーニングレイ』を発動する前に両手が俺の頭を掴み地面めがけて衝突。スキルはキャンセルされ兜が半分砕ける。が、この段階で足立は致命的なミスを犯した。


 足立の強さはキックボクシングと空手。近距離における圧倒的な戦闘能力。刃を見切りAGI差をものともしない足さばき。気功によるスキル宣言無しでの攻撃。だからこそこの超近接距離だけはやってはいけなかった。


 足を絡め抱き着くような形で足立の方を向く。空気砲がまた体を揺らそうとするが足立の腰に手を当て無理やり固定されている以上、立つことはできなくとも足立に組み付くという状況を維持することだけはできる。


 そう、寝技の領域だ。腰も体も固定されている状態では空手の技など使うことはできないのだから!勿論俺も寝技なんてまともにやったことがない。だが互いに素人でありステータスは俺が上回っているという点に戦いの焦点を当てられる、それだけで大きな意味があるのだから。



「てめぇ!」

「じゃあ一生地面で這いつくばっていようぜ、お前の体が砕けるまでよ!」


 スキルを発動すると顔を殴られ発動を中断される、兜が割られるとなおさら。俺に腰と足をがっちりホールドされ抱き着かれたまま地面に倒れこんだ足立に自由に動く左手のメリケンサックで腹に攻撃を返す。


 一打、二打、三打。空気砲は不安定な二足歩行という前提において成立していた技でありこの状況であればただの強風と大差なく、全力で拳を叩き込む!


「なめんな!」

「効かねぇよ、一緒にダメージレース走ろうぜ!制限時間目一杯、拳のバイキングの食い残しはもったいないぜ!」


足立友夫 特殊強襲部隊SAT隊長

レベル425 ジョブ『拳士』

STR 7142 VIT 3189 INT 327 MND 768 DEX 2876 AGI 2984

HP 9830→7739→6621/12230 MP 2563/2764

スキル 『ウォーキング』『ハイキック』『スタンド』『カーブ』 他  SP 0


四辻博人

レベル 9999

STR 8712 VIT 9643 INT 5923 MND 7632 DEX 4678 AGI 5698  

HP 14271→13598→12973/18739 MP 9235/11839

スキル 『弱スラッシュ』『転移』『鷹目』 他 SP 9662


「認証コード、kwevobajcdwcyeiwucbcbjq」

「させるか!」


 顔面に向かい勢いよく拳を振りかざす。だがそれでも足立の詠唱は止まらない。


「承認、っ完了。術式開崩『STR』!!」


 決死の表情で俺の拳を受けながら気合だけで詠唱しきった足立、そのステータスが唐突に歪む。黒い文字列がちらちらとステータス画面を覆い尽くすようになり足立の拳が異様な音をたてはじめる。肉の軋むような、いや事実軋んでいる音と共にホールドが力づくで外されてゆく!


 次の瞬間俺の体はトラックにでも轢かれたかのように勢いよく弾き飛ばされビルにめり込む。足立は追撃してこない。SAT隊員たちが円陣を組みなおすのを待っている。


「……身体強化、ではない。基本8大術式の一つ『STR』を強制的に高い出力で発動する、ってところか。それ通常の肉体強化と何が変わるんだ?」

「強化魔術は一種類しか乗せることが出来ねぇ上に何倍になる、とかではなくあくまで加算だろ?だがこいつだけは例外だ、全ての基本であるステータスを直接上昇させる。肉体の限界さえなければ際限なくな」


 強化魔術は好まれない。というもののSTR800の人間に強化をしても1.2倍になったりはせず術者のINTを元に値が出て足される。800×1.2=960ではなく、術者のINTを100とすると800+100×0.2=820なわけでINTの高いものであれば効果はある。だがそれだけ力があるなら強化などせず攻撃魔術に力を注ぐのがセオリーだ。


 足立の部隊は本人以外は練度は高くとも能力値は高いわけではない。故に強化はできないものと思い込んでいた。そしてもう一つ不味いのがその倍率である。際限がないと言っていたが今の一撃、体感ではSTR10000の壁を明らかに超えていた。あの値で蹴りを喰らえば鎧ごと砕け散ることは間違いはない。


 悪いことは続く。高そうなスーツを着込んだ男。30代ぐらいのそいつはビルの向こうから現れた。魔力の籠った紙きれ、式神とでも呼ぶべきものに拘束された琴音と一本の藁人形を持って。


外原■人 迷宮省■管部課長

レベル 312 ジ■ブ『陰陽師』

STR ■23 VIT 9■4 INT 3198 MND 2132 DEX 678 AGI 198  

HP 143/1523 MP 1242/72■6

スキル 『呪圧殺』『式■招来』 他 SP 0


 ……準足立クラスの化け物。しかも遠距離型で迷宮省所属の術士。これはレベルも劣りダンジョン探索メインな琴音には荷が重い相手だったか、と舌打ちする。そして何よりそのステータスは足立と同じく時折砂嵐と読むことのできない黒い文字列が起きていた。


「この藁人形に杭を打ち込むことで当たった部位を呪壊させることが出来ます。四辻博人君、悪いようにはしない。投降しなさい。拡張術式を使った足立さんと私に勝てるわけもないのですから」


 逆に言えば琴音はあの術式開崩とやらを引き出すまで善戦しきったわけである。外原という男の体は裂傷があちらこちらにできており左足を大きく引きずっていた。


「もし従わなかったら?」

「……まだ状況が分かっていないようですね。いいでしょう、時間をあげます。1カウントごとに一本呪壊します。初めは右手、次に右足、左足、左手、最後に頭。4カウント以内に降参しなさい、もっとも私が解除しない限り壊した所は一生動きませんが」

「博人!」

「わかっているって」


 身動きの取れない琴音が叫ぶのを聞く。レイナさんからの指示はまだない。この状況に及んでもなお。そして俺は飛車、琴音は角だ。だからここで琴音に聞く内容は決まっている。



「琴音」

「ん?」

「何本までいける?」


  琴音は一瞬きょとんとしたあとにぃと笑う。彼女は捨て駒になることを許容できる人間で、そして何よりレイナさんの指示に従う人間だ。あんな暗い話をしたのはこういう時に自身の望まないことをされないためだったのだろう。


 ならば有効利用する。ここでやっていけないのはしょうもない同情により降参すること。未だレイナさんの作戦内、人質に取られようが何しようが俺のやることは正面突破、残り1分を耐えきることだ。


「決まってるやろ、頭含めて五本全部や。その代わり負けたら承知せんで」

「人質に取られているくせに偉そうだな、4本以内で納めるさ」

「っっ!理解していますか!私は本当に殺せますよ!」

「殺せばいいんじゃないかな」


 無言でこちらを睨む足立に向き直る。時間稼ぎは完了した。吹き飛ばされながら発動した『鉄面皮』により動揺を見せないようにし『幻影』で視線が宙に舞うのを隠す。頭の中には大量の情報が流れ込んでくるがそれを阻害せず吸い込みながら拳を構えた。


 足立が顔を歪める。ランキング3位、冒険者の頂点の一角にして警察における最強戦力SATの隊長。対する俺はたかが数日前までだけは一般人だったレベルだけ高い人間。


「……何故戦う?勝ち目はないぞ?」


答えは決まっている。俺は車で金森レイナは運転手で。


「まだブレーキは踏まれていない」

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