小太刀
不気味なほどに何もなかった。琴音が帰ってきてから食事までの間、オフィス奥の部屋にて二人で座り込む。いくらはたいても無限に埃の出るクッションにため息をしながら琴音と会話する以外にすることはない。
声をあげること自体は問題ない。そもそも声が聞き取れるような位置にたどり着かれた時点でアウトと言える。『遮音』とかを使うと魔力光によりスキルが継続発動していることがバレてしまうし、それを隠すためのスキルまで使うと魔力が漏れ出しているような流れが感知できるようになってしまう。なにより直接この部屋に踏み込まれたら一発だ。
三角座りをしながら足が冷たいらしくときおりふっふっと足を上に持ち上げて寒さから逃走していた琴音。彼女は思い出したかのようにひそひそと話し出した。
「『幻装』、結局小太刀とメリケンサックで行くん?」
「うん。ガントレットの中にはメリケンサックとしての機能がある奴もあるらしくて、今ネットで調べてる」
「ネットって……そうかアイテムボックス経由やな」
「さっきまでレイナさんが入り口を閉じてたから使えなかったけどようやくね。向こうで何があったのかはわからないけど、電波NGだったみたいだな」
「近くに心臓の悪い人でもおったんかな」
「それなら仕方がないか」
スマホの画面を見せると「今ならうちも繋がるかも」と彼女も端末を取り出しタッチをする。ちらりと見るとニュース記事。『速報!27個目のダンジョンを破壊した者の正体!四辻博人(16)!』……ってなんでだ!? SATはむしろ俺を内密に処理したいんじゃないのか!?
「多分これ、夢ちゃんの仕業やな。なるほど、レイナさんのやりたいことがちょっとわかった気がするわ」
「どういうこと?」
「つまり本気で博人の立場を確保しようとしてるってことや。こうやって自由東向新聞の力を使って拡散すれば仮にSATが博人を隠れて処理しようとしても追及は免れへん。さらにうちらとコンタクトした夢ちゃんはこっち側じゃなくて新聞社側とわかればそれ以上つつかれることもない」
「うわぁ……」
色々考えているようである。ありがたいという思いがやばくないか?という思いにかき消される。日本政府の陰謀!というより金森レイナの陰謀!というイメージの方が強い。しばらくスマホを弄った後こちらの武器選びに付き合ってくれるようで琴音は体を俺の隣に寄せる。
「『幻鎧』とか『幻装』ってどういう基準で作れるんやろ?ほらよくあるやん、見たことがあるものなら作れるとか材質まで理解しないと作れへんとか」
「単一のものは見るだけ、だな。一応一定の型は用意されているっぽくて小刀と鎧はそもそも資料なしで作れるようスキルにセットされてる。だからメリケンサックの部分だけ調整しないといけないんだ」
「それならここの資料やな。あとまだここにはたどり着いていないっぽいから今のうちに小太刀の練習だけしとくで」
「詳しいな?」
「夢ちゃんのを一緒に手伝ったから覚えとんねん」
琴音がすたりと立ち上がり先ほど使った古びた箒をぽきりと折ってこちらに渡す。そのうえでスマホから非公式のスキル表を取り出し『魔法使い』の欄から一つのスキルを見せる。『バーニングレイ』という魔術、必要SPは3、効果は目から熱線を放ち軌道上を燃やし尽くす、とのこと。
箒を中段に構えた俺の手をちゃうちゃうと琴音は手を前に押し出す。手を限界近くまで前に出す、攻撃というよりは防御の構えだ。
「博人の売りは全てのステータスが化け物じみとる点や。やから遠距離では魔術、近距離では武器というように使い分けたほうがええ」
「それがこの『バーニングレイ』?」
「他にも使い勝手のいいスキルは幾つか教えたる。まああのSAT隊長、遠距離攻撃はできないっぽいからな。んで無理やり突っ込んできたところを刺す……わけやなく払うんや」
そういってゆっくりと琴音が『ハイキック』と同じモーションで蹴りを入れてくる。それに対し思わず胸めがけて手を突き出そうとし、あ、そういうことかと思い至った。飛んでくる足に向けてそっと箒を当てるようにする。
「正解や。STRが拮抗してて高INTで作られた『幻装』、間違いなく大きな裂傷が入る」
「一方普通に突こうとするなら避けられてカウンターを貰うリスクがでてくると」
「技量的にはほぼ確実に、やな。だからこそ撫でるように、近接攻撃を躊躇わせるようにナイフを振り回し魔術を連射するわけや」
「どちらかといえば遠距離型なんだな。ステータスがSTRとVITが高いから近接型になるかと思ってた」
「そこを好き勝手に切り替えられるのが強みやで、そのステータスの。あとジョブはどうする?」
「行く前に取るなって言われたんだよな。だから縛りプレイ」
「そんなことあるかぁ? まあええわ、時間もないし練習するで。勿論ゆっくり」
琴音がゆっくり拳を当てようとするのに合わせ木の棒を動かしてゆく。それと共にキックボクシングや空手特有の動きに目を慣らしていく。朝7時まで残り14時間。
夜9時。それを理解させてくれるのはスマホの表示だけで太陽もどきの光は相も変わらずカーテンの隙間から差し込み続けている。訓練の時間もメリケンサックの調整も終わりただただ瞼の裏を眺める時間、俺は一切眠ることができないでいた。
スマホは今使えない。電波が若干でも通じることがSAT隊員の携帯を通じてバレると見つかるからだ。かといってオフライン保存した動画や漫画を読む気にもなれずただそわそわしていた。たった数時間のかくれんぼに精神がここまで削れるとは、サバイバルだなんて言っていた意味をようやく理解できた気がする。
冴え切った眼を開くとすーすーと安らかな寝息をたてて壁にもたれかかりながら寝ている琴音が映る。思いっきりよだれをたらしている所を見るにしっかり休めているようで流石ダンジョンの専門家を自称しただけのことはある。
恐らくレイナさんの動画も彼女が大いに手助けをしていたのだろう。最初の方のツンケンとした態度も頷ける、ダンジョン動画を手伝う仕事からSATから逃げ回る仕事に変貌したのだから。では何故彼女はここにきてなお仕事を投げ出さないのだろう――
「博人」
「っ急に起き上が」
「誰か来とる。静かに」
突然よだれをぬぐい取り起き上がる琴音に驚く。眠っていたというのは全くの誤解だったらしく、俺の口を小さい手でふさぎ無言の時が過ぎる。
そんな物音あるか?と思っていたが確かに耳を澄ましてみるとざく、ざくと明らかにゴブリンなどより体重の重い、そして頑丈な足の者たちが近くを歩き回っている音がする。これらの能力値は強いて言うならDEXか、それともMNDかはわからないがレベルの恩恵もあり辛うじて眠ることができている。
だが琴音は寝ていたはずだ。その彼女がこの微かな音を聞きつけ目を覚ます? 一体どのような修練を積めば俺と同い年くらいでこういった立ち回りができるのか。
一分、二分と長く引き伸ばされた、伸びた麺のようなゆらゆらとした時間を過ごす。そしてしばらくした後ようやくその足音が遠ざかり、聞こえなくなった。ようやく離してくれた琴音の手は俺の吐息で湿っていて、彼女の匂いが遠ざかってゆく。
「もう大丈夫や」
「良く気付いたな、寝ていたんじゃなかったのか?」
「寝てたで。ただ感覚の一部だけは研ぎ澄ましたままで疲れを無理やり分散するんや。結局脳に疲労はある程度残るけどそれは見張りに立ってもらったり囮を用意したうえで1時間も寝れば十分や」
「1時間は厳しくないか?」
「いや、例えば獣系の魔物を半殺しにしとくと寄ってきた魔物はまずそいつを殺して食べようとするんよ。完全に寝ててもそのレベルの物音には気づけるから、その隙に逃げて半殺しにして熟睡して……を繰り返して1時間分を確保するんよ」
「えげつねぇ……」
体を近づけ耳がくっつくような距離で会話をする。琴音は気が抜けたような様子でコトンとこちらの肩に身を預けてきた。暖かさが床の冷たさと正反対にじんわりと伝わってくる。だから今この時しかない、と思い俺は意を決して口を開いた。
「あのさ、昼の話なんだけどさ。『仲間殺し』とか言われてたじゃん」
「……せやね」
「……だからその、なんというか」
「大丈夫や、言うから。うちだけ自己紹介せんのも不平等やからな。まあ結論から言うと」
心構えをする。大丈夫だ、実は『血惨事件』の主犯ですとか言われても俺なら受け止められる……のか? でも大半のことは受け入れる義務もある、何故なら仲間になるんだから。
「実はうち、Mやねん」
「ぶふぅ!!」
前言撤回したくなってきた。思わず噴き出したその音に誰か反応していないか周囲に気を配った後恐る恐る目を琴音に向ける。え。めっちゃアクティブで能動的でむしろそういうイメージとは真逆だったのに。
まさか裏ではレイナさんとかに鞭でしばかれていたり……!? 琴音は俺の顔を見て全力で首を振る。顔がかなり赤く染まりながらこちらから少し視線を外して語る。
「そういう意味じゃなくてやな。3年前の時や。中学生の頃、うちは人を殺したんや」
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