四辻博人 2
初めて正規の方法で入ったダンジョン一層。かつて見た時と変わらないコンクリートと砂の迷宮が俺たちを出迎える。俺たちを送った棺桶はすぐさま閉まりピーという音と共に地上に上がっていく。
「それじゃあまずは穴を掘って42層まで高速で降りて、そこから4層に戻る」
「何故?……ってかく乱のためか。どこにいるのかわからない状態にして肝心の自分たちは低階層に隠れるという」
「せや。あとダンジョンってすり鉢状になってて上の階ほど広いわけで、やから見つかりにくい」
「手あたり次第探されると見つかりそうだけどな、そんなに低階層だと」
「……そっか、その経歴やと4層行ったことないねんな。んじゃ急いで穴掘ってから4層に直行や」
穴を掘るのは約1時間程度の単純作業だったので割愛する。今日は休日で冒険者も少なく誰とも出会わずにすんだのはありがたい話だ。無事42層まで掘り終えた後4層まで琴音の鋼糸に引っ張られきゅるり、と登ってゆく。
しかしこの鋼糸、不思議だなぁと思う。俺の服はあくまでそこらの店で買った私服、その上から絡みついているというのに一切服が破損する様子がない。体重数十キロを糸だけで支えているんだぞ。
4層の地面に着地、「お疲れさまやで」と声をかける琴音に手を振りながら『幻装』で用意していたスコップを壁に立てかける。口を開けてという声に何も考えずにぼけっと開くとそこに『放水』で放たれた水が勢いよく放たれ思わずむせた。
「琴音!」
「水分補給はちゃんとせんとな。レベルがいくら高くとも肉体の影響を大きく受ける、飲まず食わずで1週間戦えるからといって常に100パーセントの実力を出せるわけじゃないからな」
水が顔から滴る俺に笑いながらそう指摘する琴音の言葉は事実で、しかしからかうんじゃねぇ!と思い即座に『放水』スキルを1SPで取得、即座に反撃する。が、鋼糸が一瞬で布のように編まれ水はばしゃりと弾かれる。
「『鋼糸:防壁』っと。やっぱ実力差は明白やな」
「俺が弱いってことか」
「正確にはスキルを使う腕前、な」
思い当たる点はいくらでもある。足立相手に俺の『弱スラッシュ』、最速の攻撃ですら一発たりとも当たっていない。AGIが3倍近くあった状態でだ。やはりスキルの腕前、というよりも戦闘に関する才能が俺には軒並み欠けているのだろう。
いくら修練をしたところで足立のような立ち回りができるようには俺には思えない。琴音の案内する通りに狭い通路を歩きながらそう考えていたところで琴音がぼそりと問いかける。
「……なんでダンジョンを破壊したん?当時レベル4とかやろ?」
コンクリートの変形した壁にその言葉が木霊する。なんでだろうか。当時は夢中で、いつの間にか撤退という感覚が消えてただただ前に走っていた。背後を断った存在は――
「あの3人いただろ、パンケーキの店の」
「うん」
「冒険者が夢だったんだけれどさ、ステータスの成長率という才能もなければ戦闘の才能もなかったんだ。反射神経も低いし体を思い通りに動かせるわけでもない。しかももう高校2年、詰んでたんだ」
「さらにあの三人と同じパーティ―に入れられて現実を毎回視認させられるし嫌がらせをされるしでロクなことがない」
「……夢を諦めるという選択肢はなかったん?」
「あったよ。でもそれは現実を受け止めてそのまま沈んでゆくようでさ」
だからこの状況は夢のようであった。才能は無くともステータスやスキルによる暴力であの3位とも互角以上にやりあえる。棚からぼたもち、なんて言ってしまえばそれだけだが俺はあの状況になったら100回中100回ダンジョンの渦に飛び込んでいただろう。
今いる4層も本来なら俺は入ることもなく人生を終える層だ。普通の才能だとレベル10は必要、俺なら20か30はないと入ることすら許可されない。ある意味この追われている状況は罰なのかもしれない、というのは公平論に傾きすぎているのだろうか。不条理に才能を持っている人間もいるように不条理に力を手に入れる無才もいるというだけの話かもしれない。
ただしあの『栓』とかレイナさんから聞いた話を統合すると逆に必然だったという説も出てきているのは怖いが。ダンジョンを何故平日の市街地の中心という邪魔されやすい位置、そして冒険者たちも活動している夕方にわざわざ生成したのか。平日の夕方は確実にあの場所にいた俺がこうなるのは必然ではなかったのだろうか?
「やっぱあの時あいつらもっと強くシメとくべきやったか……?」
「気を使いすぎだ、それにあいつらがいなかったら俺はダンジョンコアに向かって飛び込んでいない。この力の根源はあいつらに中指突き付けたい、という所から始まっているとも言えるわけだし」
「気を使っているわけではないで、単にうちが気に入らんという話や。しかしなんや、同情でもしたろうと思ってたけどその必要はなさそうやな」
「同情したろうって」
「せや。同情はこっちが勝手にするもんで自己満足にしか過ぎん。とはいってもそれで救われる人間もいるけど博人はそのタイプやないなって」
琴音の足取りがようやく軽くなると同時に通路の終わり、少し広い広場のようなところが先に見え始める。琴音がいきなりこのような話題を突っ込んできた理由はわかっている。なら次は琴音の番だろう。
「やることやったら次は琴音の番だな」
「……わかっとる。でもその前にまずは隠れ場の確認や」
そこは狭かった。広い空間なのにそういった感想を抱くほどの物質の密度。木のように生えるビルの群れが存在しないはずの太陽の光を覆い隠している。それらビルには小さなツタのような、しかしよく見ると生体ではなく無機質なパーツがちらほらと覗いている、つまりこれらも魔物の一種。とはいっても攻撃してくることはないのだが。
42層と違う点はビルの量、足元の水がなくからっとしている点、そして太陽もどきが浮いている点だ。琴音はそんな光景に見とれる俺を他所に周囲をぐるっと見渡し一瞬でビルの上に飛び立つ。少ししてパタリと止まった後地面に降り立ってくる。
「OK、他のパーティーはおらへん。何なら特殊個体もいなくて安心したわ。んで安全地帯が8か所あるねんけどこんなかでマトモなのは北の9番ビルの内部や」
「地図もないのにわかるのか?」
「うちがなんでレイナさんに雇われてると思ってるねん、ダンジョン探索においてうちの右に出るもんはまあおらへんからや」
「言うなぁ」
「単独51層までたどり着いとるで」
「化け物かよお前!?」
ふふんと胸を張る琴音、いやその程度ではすまないからな!? 48層時点で平均レベル300超え、現最深攻略層が63層であることを考えればソロで潜っているにしてはあまりにも深すぎる。ゲームみたいに転移装置があるわけではないから往復しなければならないというのに、それを彼女はやってのけたという。
なんというか琴音の実力についてはそこそこ強い、程度の認識で話していたがこれは色々と改める必要がありそうだ。因みに、と思って恐る恐る聞く。
「どんな感じだったんですか51層までって」
「何で敬語やねん。36層くらいまでは4日かけて普通にいってそこで持ち込んだ水や食料がきれ始めたから現地調達しながら戦闘避け続けてた。目的の鉱石を手に入れたからそれ抱えて帰ってくるのに計3週間はかかったなぁ」
「3週間!?」
「だからあんたはおかしいねん、本気で48層までぶち抜けるそのSTRはうらやましいというよりはドン引きやな」
そんな話をしながらビルの森の中を進む。辺りに魔物はいない。この近辺だと確かゴブリンやレッサーウルフ、それにアースゴーレム。まあレベル10もあればボコれる雑魚たちだ。だがウルフがこちらを嗅ぎつけて騒ぎ出したりすると厳しいな、そう思っていると「ここを真上や」とビルの木の上をトントンとまた昇って5階の割れた窓の中に飛び込む。
「よいしょっと」
少し力を入れて跳躍、目測通り5階に到達した俺もビルの中へ降り立つ。斜めに傾いたビルの中は埃っぽくかなり昔の機材や資料がぐちゃぐちゃになり部屋の片隅に押し込められている。よく見るとここはオフィスだったようで大量の受話器のコードがからまり天井からぶら下がっていた。ダンジョン生成時に飲み込まれた建物の一つなのだろうけれどそれにしても気味が悪い空間である。
「よし中にも敵は無し、今夜はここで寝泊まりや。最低限の夜食確保したらここでひきこもるで」
「まあ見つかるとこまるしな。食事ってどうするんだ、水はスキルで出せばいいのはわかるんだけど、飯は狼でも狩るのか」
「ドアホウ、あれ素材がコンクリなこともあって食えるまで魔力で変化した部位はほとんどないし何より解体したときの匂いが残るねん。やから無し」
「じゃあどうするんだ」
「果物や。それなら匂いも強くないし魔物が取ったのか人間が取ったのか判別つけへん」
奥の部屋から戻ってきた琴音がそう言いながらずかずかと足元にちらかるガラクタをどける。因みにだが足跡についてはあまり気にする必要が無かったりする。というのも地面や生えている植物はダンジョンそのものであるためこれらに対しても自動再生が働くからだ。
というか果物か。まあなら腹も多少膨れるし大丈夫だろう。そう思っていると琴音が窓の外に出ながら言う。
「んじゃ待ってて取りに行くから」
「ちょいまて俺のやることは?」
「ないないプロに任せとき。この追われている状況でも最速で大量の果物回収してきたるわ」
「サバイバルとはどこへ……」
「ほらほらママに任せとき、バブーと言いやバブーと」
「バブー……」
「思ったよりキモくてびっくりしたわ」
「俺も」
「まあ大事なのは息をひそめるほうやから。SATの炙り出しとか急な物音とかで精神がじりじりと削れてく、これに対応できるかの方がうちらみたいな高ステータス人間にとっての課題やで」
人間離れした話だ、まさか身一つのサバイバルで精神面の方が大切だと言われるとは。自分が余りにも急いているのは事実で、全く知識もないのにこの隠れなければいけない状況で採取を手伝うという行為は邪魔にしかならないだろう。
レイナさんと同じだ、相手を信用し身を預ける必要がある。
「んじゃ埃払っとくわ」
「助かる。一番奥の寝床周辺を頼むわ」
琴音が再び地面に飛び降りるのを見ながら俺は落ちていた箒を手に取った。
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