冒険者ギルド
「ステータスの本当に素晴らしい所は人間の管理が容易な所なんだ。考えてみてくれ、相手を見れば本名が一発でわかることの優秀さを」
養殖と呼ばれる行為、魔物をトドメだけ刺して経験値を稼ぐ行為で無理やりレベルアップした人間を各警察署に配置しておけば犯人や容疑者に逃げられるということは物理的にも捜査という観点からしてもなくなるわけで。難点は相手のレベルが高すぎた場合だが、それも接触式の機械により隙がなくなる。
ダンジョン入り口でそれをやられるとヤバかったが幸いにも現在そのような検査は行われていない。というのもダンジョン規制反対と国による情報統制に反対する皆主党の力により未だに顔認証が使われ続けているからだ。過激な一部の議員はステータスは国の仕込んだものでこれを使って国民を支配しようとしている!と叫んでいたがそれがあながち間違いでなかったわけで。
「思わず逃げたけど大丈夫!?」
「正解や、あの4人捕まえたところで隠すこともできんし仮に隠したら後から犯罪者扱い確定や!」
「でもバレたぞ?」
「問題ないで、レイナさんが欺瞞情報発信しまくっとる。ステータスの見えないあなたの友人、実は……? 何故名乗り出ないのか、それは実はあなたを害するため……? みたいにひたすら不安煽って通報過多や」
「えげつねぇ……」
引率の冒険者に見抜かれてしまうという惨事、でも起きて当然の事態ではあった。雑魚がたった数日でステータスが見れないくらいまで成長していて、その期間にダンジョン破壊というイベント。あの人でなくとも俺のステータスを見たことのある知り合い、同級生が不意にステータスを覗けばこうなることは目に見えていただろう。
何なら冒険者として登録されていない人間で明らかにレベルの高い人間をピックアップするだけで怪しい人間はいくらでも挙げれたはずなのだ。まあそこは俺が昨日の今日で舞い戻ってきた事に虚を突かれたのだろうけれど、レイナさんは一体何を考えているのだろうか。
店からするするっと『幻影』を発動し逃走、そのまま二番館を抜け外へ向かう。再びの人込みを手際よく抜けていく琴音の背中を見ながら先ほどの言葉の意味を考える。『仲間殺し』。そのままの意味なのだろうがそれにしては嫌悪感のない声で言っていたがさてはて。
するりと二番館をでた入り口で琴音は一瞬立ち止まる。イヤリングに当てた手を戻すとそこにはさっきと同じく一枚の紙が載っていた。
『そのまま急いでダンジョンへ、正規のルートで。ここから先は指示を出せない、時間まで耐えて。あとパンケーキは美味しく頂きました』
嘘だろ、俺たちの分まで食べたのかあの人!? 琴音も口をパクパクさせながら目を見開き、「食いしん坊め……昨日のパーティーの余りもの全部アイテムボックスに持って行ったやないか」とぼやく。完全に同意だ、それだけのカロリーが一体どこに行っているのか、まあ恐らく脳なのだろうけど。
琴音がこちらを振り向きこっちや、と手を取り走り出す。ちょっとどぎぎしながら俺は今後の話を聞くべく口を開いた。
「このまま北街?」
「せや。んですぐダンジョンに潜って中で一泊する。……なるほどな、これなら街中で隠れる時とは違ってうちらに利がある」
「……でも足立がいるぞ?」
「そこは唯一の不安要素やな。ただ万一暴れたとしても周辺に被害がでんのは大事や、犯罪者扱いで自衛隊まで出てきたらだるくてしゃあない」
「俺災害扱い?」
「雷地震火事博人や」
『幻影』をさらに拡大し、敏捷力4桁の速度で街を疾走する。この状態なら背景と同化した状態に見えてバレることはないだろう、ってMPゴリゴリ削れる!?
「そこを右に曲がったところで『幻影』解除、すぐに早歩き!」
「了解!」
北街と東街の間、そこを通り過ぎた先にある路地、そこにずさりと勢いよく着地した俺たちは『幻影』を解除、何事もなかったかのように歩き出す。少し体を動かしたからかしょうもない話で気が抜けたかで怒りの収まったらしい琴音の背中を追い北街を歩く。
どでかい露店だらけ、という表現になるのだろう。昨日見たダンジョン入り口周辺の空き地、その部分に今日は数多の人がいて素材の売買をしている姿がある。あれだけ広大な空き地を無駄遣いするのは惜しいことを考えると有効活用しているなぁ、と思う。
「今日はレッサードラゴンの生肉、冷凍品が1kig単位で買えるよ~!『氷岩』が冷凍しているから鮮度長持ち味抜群!」
「こっちはアースゴーレムの核のセット売りだ!燃料に便利、まとめ買いすると20パーセントオフ!」
確か『氷岩』はダンジョン攻略をメインとする冒険者パーティ―……だったのが冷凍技術を極めすぎて人間冷凍機扱いされている4人組のパーティーだったか。実際様々な企業がその技術を欲しがり最終的にいつの間にか『氷岩』というパーティーの名前そのままのスキルがいつの間にかできていたとかなんとか。昔は世界に影響を与えるのすげぇ、と思っていたが今考えると国と取引してシステムに追加しただけなのか、と裏側を知ったことによるイメージダウンを覚えてしまう。
「あそこや、急ぐで」
視線をそらしていた俺の手を引っ張り別な方向へ琴音が引っ張る。目をそちらに向けると何度夢に見たかわからない俺にとっての憧れの象徴が映る。冒険者ギルド本部兼ダンジョン入り口に俺たちはたどり着いていた。
『再来月頃を目標に月面着陸を目的とする有人ロケットは打ち上げられるものと見られます。ご覧くださいこちらが――』
『皆主党は先日のステータス閲覧用アプリからの情報収集に対し抗議を送ったものの依然調査は――』
『27個目を破壊した犯人は未だに発見されておらず――』
冒険者ギルド内に入るとまず気になったのは多重に重なる音声だ。聴覚過敏の人は大変だろう、と思わざるをえないくらいあちらこちらでニュースやらTVが鳴り響く。ただしこれらは待っている人の暇つぶしという面や盗聴を阻害する目的もあるのでご理解を、ご不便な方には耳栓の貸し出しを行っていますと壁に張り出されているのが見えた。
あたりは外部の空き地と比較して異様に頑強で武骨な作りになっており、理由は勿論迷宮から魔物が溢れないようにするためだ。よく見るとあちらこちらにシャッターや重火器を取り付けるアタッチメントが存在している。
武器の話であるが銃は魔物に対して極めて有効である。ただし探索では使われない。というのも性質上極めて重量が大きく嵩張り、銃弾のサイズや素材の浪費量まで考えると馬鹿にならない金がかかるからだ。とはいってもステータスの低い冒険者や魔術師にとってはとても有効な武器であるのは事実だ。SATが使っていたのは銃という彼らにとって使い慣れた武器であるというのも理由の一つなのだろうけれど。
更に高レベル化が進むと魔術や身体能力のインフレに追い付けなくなっていき……という話は置いておくとして。ダンジョンから帰ってきた冒険者や今から入る冒険者の武器に思わず俺は見とれてしまう。
「あれは大剣で、向こうはなんだ鎌?にしては機械部分多いし……もしかしてあれ変形するのか!?」
「はいクールダウンや夢見るボーイ、急いでダンジョン入るで」
「夢見るボーイってなんだよ同い年の癖にさ」
「え、なんで年齢……ってレイナさん言っとったな。そこら辺の武器は正直博人が一瞬で作った幻装よりはるか下やから気にせんでええよ」
「最悪情報だ……。というか改めて考えると俺ら余りに互いの事を知らないな」
「せやな。まあそこも含めてこれからのサバイバルで深めていくで。……聞きたいこともあるやろうし」
そういってようやく手を離した琴音は俺に返事をさせる間もなくツカツカと入口へ向かう。ダンジョン入り口は金属製のゲートとなり完全に入り口とこちらで密封されている。小さなその扉からエレベーターで下に降りることでダンジョン1層に潜り込むわけだ。
機械にタッチしガラス越しにゲート横の受付に琴音は話しかける。にしてもなんださっきのサバイバルって?
「すみません、ダンジョンに入りたいんやけど手続きお願いできませんか?」
「……大丈夫かい?見たところ手ぶらのようだけれど」
「問題ないです、彼にちょっとダンジョンの手ほどきをするだけですんで。ほらこの子冒険者向けの学校でして」
どうやら二人は顔見知りらしく和気藹々と話しながら手続きをしていく。なるほど、ダンジョンに潜るための装備がない状態で一泊するからサバイバルなんて言っていたのか。しかし俺は自然学校以来そういったことはやっていないし、琴音はそんな腕があるのだろうか?
疑問を横に手続きは進んでいく。俺の学生証のコピーがとられ返却されるときに受付のおじさんとふと目が合う。怠惰に緩んだ眼が一瞬しゃきりとした後何事もなかったかのように「通っていいよ、気を付けてね」と視線を横に反らす。
ん…?と思いつつも目の前にある金属扉が開きふわりと春らしからぬ粘着質な冷たい風に気を取られる。琴音はスタスタと中にある大きなエレベーターへ入っていくとこちらを見てくいくい、と指を曲げた。
「ほらはよう、初めてちゃうんやろ?」
「そうだけれど冒険者になるって一つの夢だったからさ。何度来てもワクワクしてしまうんだ」
「まあその気持ちはわからんでもないな。んじゃここで雑学たーいむ。このエレベーター、どういう意味があるでしょう?」
「え、移動するためじゃないの?」
「残念、正解はエレベーターのロープを叩き切ってダンジョンの入り口を冒険者ごと封鎖するためやねん」
最悪すぎる、聞かなければよかった。確かにこのエレベーター、入ってみて気づくが異様に縦長だ。これはエレベーターを下に叩き落した時にきちんと入り口がふさがるようにするための部分でもあるのだろう。
ダンジョンという棺桶の蓋に乗せられて地下へ降下してゆく。朝7時まで残り15時間、逃走劇は最終局面に向かい走り出していた。
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