パンケーキと糸
時間は既に昼の14時。日曜日という事もありこの特区の人込みは少ないはずだったが意外と混雑していた。そもそも休日にダンジョンという仕事場に冒険者たちが来るのか、という話ではあるが実は滅茶苦茶来る。一部の食用に適する魔物が極めて美味であること、また単純に趣味でここを観光する人々などが理由で。
ただし時間帯が時間帯だけあって飲食店は少し空いていて、琴音はすいすいと目的の店に入っていく。すぐに通された個室は無駄に煌びやかで少し動揺したが注文の品が来た瞬間にその辺りの考えは吹き飛んだ。
「なんだこのパンケーキ旨い!」
「ほれこっちも食べてみいよ。植物系魔物の落とす実を使ったジャムパンケーキやねんけどこれもまた別格やで」
「どれどれ……本当に美味しい、ってあ!」
「等価交換やで世の中は!」
旨い。パンケーキなんて女子高生のものと笑っていたがなんだこの旨さは。ただのプレーンも琴音から貰ったのも異様に美味しい。魔物の素材ってこんなに凄いのか!
机の上に並べられているパンケーキの皿はあっという間に空になる。琴音に奪われた分すら惜しい、そんなレベルで。琴音がこちらを悪そうな表情で見ながら注文票を取り上げた。なんだなんだ、奢ってくれるのか? でもほぼ初対面の相手にそこまでしてくれるはずが
「もっと注文せえへん?勿論うちの奢りや」
「ゴチになりますっっ!」
前言撤回、神はここにいた。全速力で頭を下げつつ次に頼むものに高速で頭を巡らせる。ええよええよ、代わりに今度奢ってや、と神は語りメニューを開き、俺はそれに高速で視線を伸ばす。ここのパンケーキ味だけの値段はする、今食わなければ損!と堂々と同級生くらいの少女にたかる俺。
琴音はその様子をみてくすりと笑いながらこちらが見えやすいようメニューの向きを調整しこれはどうや、と指す。そんなやりとりをしながらふと琴音のイヤリングが目に入る、正確にはそこから飛び出る「私の分も一枚、プレーンで」という文字が。
「……なんというかフリーダムだな。こっちを全力で覗き見してるぞ」
「アイテムボックスの出口、このイヤリングとレイナさんのズボンのポケットに設定したんやっけ。こんなに好き勝手あそべるんやね」
「っていうか自身の仕事はどうしたんですか、暇人すぎません?」
「ん?えーと、現在目的地に向けて配達中……配達って通販やあるまいし」
取り合えずレイナさんの分の注文を心に留めながら自分の分も選択、店員を呼び止めさっと注文する。しかし奇妙なものだ、追われているのは俺たちのはずなのにここまで好き勝手するなんて。下手にこそこそ隠れるよりは遥かに良いし、腹はいっぱいになるしで一切悪いことはないので別にいいんだけれど。
琴音と俺がパンケーキを待ちきれずウズウズ、ついでにイヤリングも心なしかウキウキとしている状態でそういえば、と俺は話を先ほどの武器に戻す。
「本田さんのあのチョイスは何故だったんだ?ロングソードとかメイスとかいろいろあったのに」
「うーん、まず大剣やけどパワーと重さを最大限生かす為やね。太さゆえにへし折られないということと槍や斧と比べて刃が全身にあるからつかめないというメリットがある。難点は扱いにくさやけど、どれも初心者なら五十歩百歩と踏んだんやろう」
「ふむふむ」
「んで小太刀、これは短いからとにかく動きが早く徒手の動きに追い付けること、そして刃物やからかすれば出血させられるのがメリットや」
「ロングソードやメイスじゃない理由は?」
「その二つやと遅すぎるし大きすぎる。多分蹴りで破壊されて『幻装』分のMPがパァや」
ばっさりである。彼女には足立のことを伝えてあるが俺のステータスと比較したときのこの分析、本当に優秀なのだろう。実際対峙した時を思い出すと予想は大体当たっている雰囲気ではある。あの男なら生半可な武器は一撃でへし折ってくるに違いない。
武器と素手ならば武器の方が強いのでは、という考えもあるかもしれないがSTR9000台の拳は並みの武器は勿論恐らく俺の『幻装』ですら一撃で破壊するだろう。そのうえ冒険者として、そして対冒険者戦に慣れている足立であればその程度の対策はしていて当然だ。
一方でメリケンサックはどうか、と聞くとこれは武器というより戦略の話やねんけどと前置きを付けられる。
「打撃なら間違いなく3位の方が強い、ステータスを見てもな。それだけあのおっさんは化け物や」
「だろうなぁ」
「やから解決策がある。打撃ではなく寝技の領域で勝負するんや。そうすればどちらも素人、ほぼ互角になる」
「……寝技?」
柔道の授業で聞いたことのある名前ではある。
「うん、地面でゴロゴロ寝転がる奴やな。ほら子供の喧嘩とかでよくあるやん、しがみついて地面に引きずり降ろしてから馬乗りになってパンチ、みたいな」
「あー、そういうイメージはある」
「それを武術として成立させたのが例えばブラジリアン柔術とかなわけや。立ってる人間を引きずり落とすところもやるらしいけど、もし持ち込めれば全部逆転する。腰や肩を連動させていくら上手いパンチを打てても地面で下になってしまえば腰も腕もまともに使えへん。そうすればステータスの差で押し切れば終いや」
確かに自分の勝ち筋は似たようなものだった、無理やり足をつかんで逃げられないようにしてからの殴り合い。ダメージレースに持ち込む方法としてはアリなのかもしれない。空手の達人と立った状態でやるよりは専門外で戦わせられるのであればそれはとても有利になる。
だが唯一の懸念は地面に引き下ろさせてくれるか、という問題だ。手元で調べてみるとタックルで相手の腰を確保し地面に引きずり落としたり、逆にカウンターのアッパーや膝蹴りをくらい完敗している姿もある。
「そうなったとき、大剣やロングソードやと使いにくいけど小太刀やメリケンサックならそのまま殴り掛かれるやろ?」
「なるほど、そこも含めての武器選択か!」
ようやく納得がいく。無いと信じたいが仮に足立と再戦することがあるならメリケンサックと小太刀で決まりだな、そう思ってうんうんと頷いていると「あれ、四辻じゃね?」という声が聞こえ心が冷え込む。
恐る恐る横を見ると大山、ビル、椎名。クラスメイトにしてパーティ―メンバーである3人が店の窓の外から俺を笑っていた。いつもの引率の冒険者を連れて。
「何してんだ休日にデートかよ、そんな時間あるなら足を引っ張らないよう練習しろや!」
「それ!」
「やめなよ二人とも……すいませんお邪魔して」
大山たちは店内にずかずかと入ってきてこちらに話しかけてくる。無駄に大きい声に店員も驚いていたが様子をみて知人か、と見てみぬふりをした。全く違う理由で同じように目をそらしているいつもの引率の冒険者の姿からなんとなく察する。
うちの学校についている冒険者、主に引率役としてダンジョンに潜る人は人数が少ないこともあり大体パーティーごとに固定されている。だからこの人は俺の引率役でもあるはずなのだが……様子を見ると優秀な生徒へのサービスってところなのだろう。俺を省いた他の3人だけ連れてここにいるということは。
装備の多さ、背中に背負うバッグからしてほぼ確実にダンジョンにこれから潜るつもりだな、と思っていたところで大山が視線に気が付きニヤリと笑う。
「俺たちは優秀だから特別に今日はダンジョンに潜れるんだ!いやーすまん深い階層だから雑魚は誘えなくてさ」
「こ、こら大山君!すみませんね四辻君、こちらにも事情があるものでして」
「事情って、さっきまで言ってたじゃん。才能ない雑魚って」
「やめなよ本人の前だよ!」
……本人の前じゃなければいいのかビル、いやまあ悪口の規制なんて不可能だし仕方がないけれど。それに引率の冒険者、お前そんなこと思っていたのか、名前覚えていない俺も俺だけど。そっとステータスを覗き名前を確認する。
沢田直人 冒険者 『優月』所属
レベル68 ジョブ『魔法剣士』
STR 243 VIT 189 INT 37 MND 113 DEX 473 AGI 281
HP 413 MP 164
スキル 『炎熱剣』他 SP 0
そうだ沢田さんだ。さてどうしよう。大山と椎名はからかう気満々、残り二人はさっさと帰ろうとしている。目の前の琴音は……見るまでもなくキレている。先ほどからタンタンと足が鳴り続け弱い殺意のようなものが漏れ出している。
面倒ごとにならないように抑えよう、言わせておけばいいと俺は顔を取り繕う。
「それは仕方がないね。ほらビル君や沢田さんも行きたそうにしてるしダンジョンへ向かったら?」
が、完全にこの言葉は彼らの神経を逆なでしてしまったらしい。そもそも彼らがどうしてこんなことをしているのか、それは人を馬鹿にして気分が良くなるための物であるはずだ。なのに気にしてないような様子。
俺自身は今までの思いが腹の底からポコポコと湧き出てはいたが現在の状態でもめ事をおこしたくないという事、そして力を得ていたため少し冷静であった。そんな俺を見て彼らはターゲットを琴音に変える。え、死ににいくのかお前ら!?
「可愛いじゃん君、同い年?こいつなんかやめときなって、もっといい男紹介したげるからさ」
「そんな紹介なんてまどろっこしいことせずに一緒にダンジョンに潜ってみようぜ、同じ優秀生組だろ!」
「すごいじゃん、ステータス見えないって高いレベルなんだね、来てくれると嬉しいなぁ」
猫なで声で迫る二人。気持ち悪いというか顔の前にのっぺりとした布が見えているというか。お待たせしましたーと横から運ばれてきたパンケーキをするりと流すようにイヤリングの中に全て収納してゆく。その光景を見た周囲は唖然、そりゃそうか『アイテムボックス』単体で20SP以上使うスキルだ。計レベル20も使用するスキルを使っているのは珍しい光景なのだ。注文した三枚が全てイヤリングに収納されたのを確認した琴音は勢いよく指を突き上げた。
中指をだ。
「胸糞悪いわカスども、とっとと出てけや」
一瞬ぽかんとした4人、そして琴音に近づいていた二人はひどく膨れ機嫌悪そうに顔を前に突き出す。俺を馬鹿にするために来たのに自分たちが引いてはいけない、目的を考えれば当然だがそれは極めて悪手だ。
「偉そうに、レベルもそんなに差がないくせに何様だ?惚れたのか四辻に」
「うわーおめでとー、おめでたい頭の二人がくっついてるなんて幸せ―」
「やめないか二人とも!」
会話を無視し席に付いている支払装置にタッチ、宣言通り奢った後琴音は立ち上がる。その瞬間二人が勢いよく顔面から地面に衝突した。滑るというよりは何かに引っ張られたかのような様子で。足元には銀色の束ねられた光の集まりがうっすらと見える。鋼糸だ。
「がっ、何すんだよ!」
「いくで。あんたもなんでこんなのに言い返さへんねん。嫌なものには中指を、不条理には足払いを。うちのモットーや」
「ひでぇモットーもあったもんだ。……ありがとう」
「ええよ。知り合いが不当に貶される、それだけで腹立たしいからね」
「ちょっと、お前……!私たちと大して」
「その自信どこから出てくるんや、あんたのレベルは11か。あと200は挙げてから来いや」
「にひゃっ……!?」
絶句する二人を背に立ち去ろうとする。琴音の表情は完全に無でその雰囲気だけがマイナスに振り切っていた。こええ、相手に怒りを伝える必要はなく行為で示せばいいって思ってるパターンなのか……。そんな思いと共に立ち去るその前に俺は沢田さんに肩を掴まれた。もう帰らせてくれよ、と思う俺に沢田さんは震えた声で話す。
「そっちの子が有名な鋼糸使いの『仲間殺し』なのはわかった」
やめろなんか不穏なワードとともに不機嫌度が背後でマックスまで上がったのを感じるぞ……! 背後に慄く俺だが次の瞬間全速力で背後に走り出すことになるのはある意味当然の帰結だった。
「君のステータスが見えないんだが……もしかして……?」
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