アポイントメント

 結論から言おう。迷宮省、SAT。彼らはこの時点で王手をかけられていた。詰んではいないがじりじりと死へ近づけられているような感覚は彼らの勘違いなどではなく。


 日曜日早朝、レイナがアイテムボックスに入ったぐらいの時。警視庁第七会議室、そこでテーブルを突き合わせ足立、警視庁の人間、迷宮省の人間が顔を突き合わせていた。その中の一人、中沢警視は困った表情をしながら語る。


「足立君、ネットでの書き込みを見てるかね。何者かが既にSATが動いたことを発表していてそこら辺の高校生が知っているレベルで拡散されている。一方で27個目を破壊したこの対象に主な罪はない。殺人をしたわけでもないし、この人物をこれ以上追うのは賛成しかねる」


 40台の皺が少し重なった中沢警視は足立より歳は低いものの単純な役職ではSATより上だ。彼自身がキャリア組であるのに対しそもそも40まで病院で寝込み続けた男。中沢警視自身のプライドが足立に敬語を使うことを許さなかった。


 警視の言っていることは正しい。いつの間にかインターネットでは異常なほど今回の件についての情報が行き渡ってしまっていた。ダンジョンを破壊したものがいてSATが彼を追っているということは既に周知の事実だ。


『SATを動員してまで何する気だ?』

『27個目破壊した奴を殺してレベル稼ぎ、それで確定したじゃんさっきのスレで』

『何か陰謀があるに決まっている!政府の暴走を止めましょう!』

『陰謀論乙。出てけや』

『でもここ最近動きが怪しいしワンチャンあるかもしれんぞ』


「拡散されたんですよ、金森レイナか、あるいはその裏にいる誰かに。とはいっても速度を考えるとそこらの老害どもとは考え難くやはり彼女でしょうな」


 その言葉に足立の代わりに答えたのが迷宮省冒険者管理課課長、通称冒管の外原だ。トントンと叩いた資料には今回の件に関するネットの憶測をまとめたものがあり、その中に一つ大きく傍線が引かれているものがあった。


 それは一つのIPでありそこから異常に詳細な、しかし憶測も混じる情報が書き込まれていた。プリペイドのsimカード、使い捨ての回線と端末から書き込まれており特定は極めて困難。その書き込みから広がった情報、次々に取れる裏付けにより報道各社は色めき立ち同時にSATは罪のない個人を銃器を持ち追い掛け回す悪人のように扱われ始めていた。


「足立隊長、埼玉県警と連絡を取りましたが逆に何故そこまでするのかと質問が……」

「うっせえだまらせとけ!」

「ひぃ!」

「……ただでさえ昨今の迷宮省は冒険者からの評判は悪いのに、ダンジョンの突然の封鎖でさらに不満は溜まっているぞ。足立君、ここは一度活動を停止させて彼らが出てくるのを待つべきではないかね?」


 正直警視庁としては迷惑もいい所である。どうやったのか警察庁の方から今回の件について迷宮省と連携して対処せよという命令が下りてきて従わざるを得ない状況。そして中沢警視の提案を無視し未だ彼らを探ろうとする足立と外原課長。しかも足立の機嫌は最悪に近い。敗走がそれだけ響いたのだろうが、迷惑極まりない話だ。


 SODと衝突し数人がしばらく行動不能、足立自身も治療は終わったもののかなりの怪我を負わされているこの状況についに腹に据えかねた中沢警視は大声をあげる。


「いいかね君たち!君たちの独断で警視庁が汚名を追うのだぞ!場合によっては責任問題に……」

「今回の事の重要性をわかってねえのか!」

「わかるわけないだろう!私には何の情報も与えられていない。ただ責任だけが降りかかっている、とっととこの件から降ろさせろ!」

「まあまあ落ち着いてくださいお二方。今の状況を確認しましょう。我々の目的は彼を確保すること。そのためにダンジョンに派兵した結果SODに遭遇、挙句に金森レイナに目標を掻っ攫われているわけです」

「そんなことわかっている!お前らの都合に巻き込むな!」


 相も変わらずのらりくらりと中沢警視をなだめるようにゆったりと話す外原課長。その横で怒った足立が部下に強くあたっており、暴言が辺りに飛び交う異様な光景が出来上がっていた。足立が怒りながら辺りをどすどすと歩き回っていて、部下の画面をのぞき込む。


「『スタンド』おい何か進展あったか?」

「ありません!金髪の人間の情報は出てくるのですが判別まで「何やってる早くしろカス!」」

「わ、私も新規の情報はありません」

「先に言っときゃ許されると思っているのか馬鹿野郎!」


 とはいっても現在動員できる警官数にも予算にも限界があり、そして彼自身が動いたが最後記者たちに撮影されスクープ扱いされてしまう。無論隠れて動くことも可能だができても一度、それ以上は不可能だ。


「まあ太陽のためにどうしても彼が必要でしてね。そしてそのための砲弾は死体でも構わない、彼の肉体は高度に虚重原子群に置換されていますから、それだけで目的のためには十分なわけです」

「あんたたち、本当に殺す気なのか!?」


 幾度となく似たような会話がループする。その中で先ほど怒鳴られた一人の隊員が恐る恐る足立を呼んだ。手元には2枚のファックス。


「なんだ!」

「あの……これは金森レイナの届け出、そしてもう一枚が彼女がこの人とアポイントメントを取ったという証拠です」


 足立の表情が固まる。同時に横から覗き見た外原課長も雷に打たれたかのように温和な表情を崩す。やられた。詰みだ、いや正確には月曜日の朝7時、そこまでに金森レイナか目標、どちらかを捕まえないと終わる。


 それはただのアポイントメントだ。金森レイナが明日の朝7時に会うというだけの予定だ。しかしこの勢力と結びついてしまった瞬間彼らは不可侵の、一組織として成立してしまう。足立は、そして外原は確信する。金森レイナとは本物の化け物であり。総力を挙げて潰さねばならぬと。


「急げ、明日7時までだ!そこまでにどちらかを捕縛しなければ俺たちは金森レイナに敗北するぞ!」

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