本田夢
STR、VITなど。レベルが上がると身体能力や敏捷力が高まるのは自然な仕組みだと思っていた。だがそれらが術式によるものであるのならば、今の俺の力とは何なのだろう。本田さんは笑みを消しながらとこり、と棚に重なる本を取る。
「冒険者は高い身体能力を持ちます。ただしそれは一切制御されていない非効率極まりない強化、故に海外ではダンジョンの攻略はおろか外部への被害すら抑えられない冒険者ばかりです」
「外では確か未だ重火器による魔物への対処が一般的……なんですよね?」
「その通りです。しかし日本の、結界内の冒険者は気功や魔術の類を数十年練習したとでも言わんばかりに魔力を完璧に運用しています。その運用の導線が8大基本術式、『INT』の術式が解析完了し現在は『HP』の解析を行っています」
つまり冒険者という自転車の補助輪が8つの術式だというわけだ、それにしてはあまりにもゴツくファンタジックだが。だがそれなら何故STRとかAGIなど曖昧な概念に対して明確な数字が付くのかわかる。あの数字は俺たちの筋力や足の速さを測っているのではなく『STR』や『AGI』といった外付けエンジンの出力を示しているのだ。
琴音は無言で押し黙り壁に背中をつく。レイナさんの秘密主義は本物らしい、俺よりはるかに長い付き合いに見える琴音がこの情報を知らされていないのだから。
「『HP』については恐らく肉体の存在慣性保持術式の類であると思われます。他の」
「まあそれはええわ。聞いても分からへんし聞かんほうが都合のいい話はいくつもある。取り合えずレイナさんから指示はないし話を戻してワイヤーの取引に戻らせてくれへん?」
「いいですよ。というか彼がいるならそのあたりの前提が崩れてきます」
そういってこちらにウインク……を失敗して両目を閉じてしまっている本田さんは何やらカードを取り出しあれこれし始める。琴音も取り出したあのカード、確か冒険者用の倉庫カードで一々素材を取り出さなくても倉庫内で勝手にやり取りしてくれるという便利なカードだったはずだ。クレジットカードのような物なのにやっていることが物々交換なのがシュールではあるが。
そのやり取りの横で先ほど本田さんが手に取っていて今脇に挟まれている本に表紙はない。ただ背表紙に『金森レポート』と書かれていて。それが気になってたまらず俺は口を開いた。
「あの、そのレポートって」
「レイナさんのお父さんのですよ。私はもともと金森先生の研究室の生徒で、それでレポートを引き継いでるんです」
「ってことはレイナさんの仲間……」
「ではありません」
手元で決済を行いながら本田さんははっきりと答える。ピッという音と共に二人は機械からカードを取り外し離れる。その距離が彼女と自分たちの隔たりを示しているようで。
「私の、私たちの目的はダンジョンによる利益を享受できる世界です。そのためには日本政府の持つこのシステム、SODの持つ魔術形態、欧米の開発している再存在安定化などを暴き世界に共有する必要があります」
「虚重原子反応による新技術は飢餓問題、医療問題、環境問題を一変させる可能性があるのにそれらは日本政府による不当な独占により10年、まるで進んでいません」
「新技術という子供を産むことに私たちの真意はあり暴くことに意はありません」
そうぴしりと鋭い視線で言い放つ。空気が張り詰めた、というにはあまりにも冷たい。それだけこの人は本気なのだろう、現状に不満を持ちその為に全力を尽くす。それが仮に米軍相手だったとしても。SATが国の為に、SODが教義のために戦っているとするならこの人は技術の発展と共有のために戦っているのだ。
確かに現在の日本でダンジョン発の素材や技術により進歩した点は極めて少ない。それは国の不用意な独占によるものかあるいは意図的な、例えば虚重副太陽とやらに関係する内容なのか。取り合えず通報されなさそうだ、ということを喜んでおこう。
糸を断ち切るようにぶっと汚い笑いが飛ぶ。横を見るとやはり琴音で、ニヤニヤとした笑いを取り繕いもしない。その様子に本田さんは不満そうな表情をし、すぐに顔を覆うことになる。
「まーた格好つけて。何が「意はありません」や、好みのタイプがポンと出てきたからといって」
「なっ、なっ」
「大体その虚重原子周りの話もレイナさんへの交渉材料にしてた話やなかったっけ?あと再存在云々とか、どや顔するために情報こぼしすぎやん」
え、と思って本田さんを改めてみると顔が赤く、そして琴音のイヤリングからは「想定外の成果!(二つの意味で)」と書かれた紙がニョキっと出てきている。レイナさん、状況楽しみすぎでは? そのうえ耳元で「あの人普通っぽい、やけど実は危険って子が好きやねん」と琴音が囁く、いや何が危険だ!……危険だったわ。SAT隊長に腹パン叩き込んでたわ。
カオスになる空間、「とっとと出てって!」と言いながら琴音に鋼糸、俺に住所と電話番号、SNSのアカウントを書いた紙を渡し本田さんは追い出そうと背中を押してくる。からかい過ぎたかも、とケタケタ笑う琴音、おめーのせいだからな!そんな琴音だがもう一つの目的は忘れていなかったらしい、くるりと振り向いて質問した。
「ああ最後に聞いておきたかったんよ。『幻装』で作る武器、武術を全く知らない一般高校生が使うなら何がええと思う?ああ、相手は『拳士』な」
「早く出てって!攻撃が当たるのなら大剣、当たらないのなら小太刀かメリケンサック系統!」
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