二番館
武器屋『OUTER』、二番館の入り口から大分離れた通路の隅にぽつりと存在する小さなスペースにその店はあった。店内はあまりにもガラガラで客は勿論商品どころか整備用具すらない。だが何か作業をしたのか多量の粉じんが残っておりその匂いが鼻に溜まり思わずむせる。店主はマッサージチェアに座りタブレットを覗きながらだらりとくつろいでいて、その二つとこまごまとした電子機器や食べ物の置かれた棚だけが数少ない備品だった。
「おー、この匂いは樹界で取れるやつの素材か。久々に嗅いだで」
「糸井川さん、少し遅かったですね」
「ごめんて、こいつを案内してたら手間取ったんよ」
女店主は20台前半だろうか、いわゆるスタートダッシュ世代と呼ばれるダンジョンに入れるようになった時期にちょうど良い年齢だっただろう人。背は低く穏やかそうな表情をしていて、だが胸の自己主張は非常に激しく着ている服を大きく押し上げている。ウェーブのかかったふわりとした茶髪よりの黒髪を、腰に届くかと思うくらいまで伸ばしていた彼女はほんわかとした表情で立ち上がった。
琴音とは知り合いらしく気楽そうに言葉を交わしているその女性はこちらを見て微笑み、軽く会釈をした。
「どうもはじめまして、武器屋『OUTER』の店長をしています本田夢です」
「あ、どうも初めまして……四辻博人です」
無難に挨拶している俺の横で琴音はずかずかと店内の奥、本田さんの方に向かい世間話を始める。二人の表情は明るくいつもこのような形であることが容易に想像できて、琴音は明るいというかガンガン突っ込む系だなぁ、という感想を抱くと共にどうして、という疑問が浮き上がる。
レイナさんに協力する、それも政府に強く敵対する行為をなぜ彼女はするのだろうか?何のメリットがあるのか、そんな思いを他所に会話は続いていく。
「最近どうや?」
「昨日は急にダンジョン封鎖されて遠征中のパーティー達が帰還を強制されて空気がもう酷くて。警備している連中にゴミ投げつける人すらいましたね」
「最近の迷宮省は酷いからなぁ、『養殖』の手伝いさせられるのにほぼ無給とか増えとるんやろ?」
「はい。なんでも要求されるレベルが上がっているらしく無理やり深い階層まで潜らされるらしいんです」
「ほんま最悪やわなぁ」
何やら糸巻きのようなものを琴音は取り出す。それが糸巻きだとわかった理由は薄い鋼の糸がそこに絡みついていたからでそれ以外はただの化粧道具にしか見えない。武器の持ち出しがどうこうという話があったがなるほどこういう隠し方で回避するのか、と一人納得する。
琴音が鋼糸使いという妙なジョブを使っているのは知っていたが糸、珍妙な武器だ。まるで実用性があると思えない、いやだからこそスキルで無理やり実用的にするのだろう。
「さて、連絡した通り鋼糸欲しいんやけど用意してもらえた?」
「オーガの骨4000IGならいいですよ」
「いや、10セット欲しいから46階層のミスリルワームの全身素材18000IGで頼むわ」
「……何する気なんですか、ダンジョン100回は潜れる量じゃないですよそれ。外にでも持ち出すんですか」
「うん」
「それは困ります、私が捕まるのは嫌ですから」
「大丈夫大丈夫、バレへんバレへん」
そして早速の怪しい会話。大丈夫大丈夫、なんてのは絶対ダメな奴じゃないのか?琴音は悪い笑みを浮かべていて本田さんは困った表情で取り出した糸束を机の中に戻そうとしている。しばらく二人は見つめあった後、はぁと呆れた表情で本田さんは改めて机の上に銀色の塊のように見えるそれを置いた。うっしゃとガッツポーズをする琴音と何の話をしているのかわからず困惑する俺。
ひょこっと後ろを振り向き俺があまり理解して無さそうな様子を見てやっちまったと頭を掻きながら琴音はこちらを見る。あまりに直視してくるので若干視線を逸らす。人の目を覗き込むのは苦手であるし何より彼女には諦念というか怠惰のようなどろりとした何かが居座ってこちらを見ているような気がしたから。
「どこらへんがわからんかった?」
「えーっと、IGと持ち出し云々」
「それなら私が説明しますね」
琴音が俺の疑問に答えようとする前に本田さんがグイっと前に出てきて俺に詰め寄ってくる。いや近いって、なんかいい匂いするし胸が当たりそうだし上目遣いで近づいてくるのやめてくれ、服の隙間から何か見えてるし!
「IGは魔力の重量で、多ければ多いほど魔力が籠っていることになります。背骨4本と肋骨2本……とかやっているとあまりにも面倒なので全部の骨の総IGを取引の基本にしたわけです」
「と、ということは短い瓦礫みたいな骨ばかりという可能性もあるんじゃ」
「それは大丈夫ですよ、本来の形から遠ざかるほど魔力の流出は激しくなりますし、そんな詐欺みたいなことする人とはもう取引しませんから。あとIGは高くても素材そのものの需要や入手難易度によっても……」
「こらやめい、全力で女丸出しにするんやないって」
さらに近づいてもう当てているような形になる本田さんを琴音は無理やり引きはがす。若干不機嫌そうにぶー、と文句を言う本田さん、いや急にそんなことされたらビビりますって。というか若干顔赤いし全員にやっているという訳でもなさそうだし一体何だったんだろう。
琴音は少し赤くなっているだろう俺の耳と本田さんを見てはぁ、とため息をつく。そしてぽんと一言爆弾を投下した。今までの流れが茶番に思えるような一撃を。
「そいつが最近話題の27個目を破壊した奴、そして夢さんは自由東向新聞社の調査員兼米国の「あーあー!!」……うるさいやん」
自由東向新聞社、確か巨大財閥自由東向グループの傘下である日本トップクラスの新聞社で中でも冒険者やダンジョン関係の記事が詳しいことで知られている会社だったか。ネットでここの会社の記事が流れてくるのは俺もよく目にするし、確か冒険者日本ランキングを作っているのもこの会社だ。
でここのグループがえげつないほど強く、ダンジョンから出た素材を生かした新製品の開発から冒険者の事務所まで様々な事業を行い収益をあげている。ダンジョンが成立したことで最も得をした企業と言えるのがここだ。
が、急に言われた言葉に反応が追い付かない。米国?というか俺の情報ばらしていいの!?と思っている所ひらりと琴音は小さな紙きれを取り出す。え、どこからと思うと琴音の耳の銀のイヤリングからニョキっと指が伸びているのが神の隙間から見えてビクっとする。その指はちっちっと自身を振った後白い霧の中に入っていく。ああなるほどアイテムボックスからレイナさんが指示を出したのか、というか見た目が怖いよ……。
「ちょっと糸井川さん!」
「まあ取り合えず情報共有せなって感じやね。因みに夢ちゃんが急に積極的になったのは博人の正体に気付いたからやで」
「えーとよくわからん、何で俺のことを?」
「……金森さんの所の糸井川さんが連れて来てて、そしてあの動画と共に連絡が取れなくなってしかもダンジョン封鎖。ってなると金森さんの動画の作戦が実現したとみるのが妥当です、あとステータスも見えませんし」
『偽装』をかけていたはずだと思ったがレベル差によるステータス閲覧不可という制限は変わらないらしい。しかしそうなると大問題だ、レイナさんと琴音のつながりを知っている人間なら誰でも俺の正体をわかることになってしまう。
そう思っていると大丈夫やで、と肩を叩かれる。一体なぜ、米軍って何!と混乱している俺の横で会話は続く。顔の赤みの引いた本田さんがこちらをちらちらと見てくる。
「まあこちらも弱みを握られている側ですから。米軍と自由東向グループが繋がっているのは公然の秘密ですけれども、レイナさんの頭脳と拡散力をもってその事実を拡散されると極めて不味い事態になりかねないんですよ」
「そんなわけやな。ああえーと、8大基本術式のうち解析できたものをこっちに寄越せって書いてますけどこれは?」
「持ってきていますよ。解析に成功したのはそのうちの一つ、『INT』です」
何それ?という思いは琴音も同じだったようで同タイミングで首を傾げる。するとイヤリングからまたレイナさんの指がにょきりと伸びくいくい、と渡せという指示を出してきた。なるほどレイナさんの事を知っていたのは以前からこういった取引があったからなのだろう、しかしINTって何さ。
本田さんは「『アイテムボックス』」と宣言し霧を手元に生成、そこからひょいと一本のメモリーカードを取り出しレイナさんの指にそっと手渡す。指は手触りを確認した後霧の中に帰還する。いやアイテムボックスの使用権を譲渡しているとはいえフリーダムすぎる。その光景を見ていた琴音が「8大基本術式って?」と尋ねた。
「聞いてなかったんですか?」
「うちの親分は秘密主義なもんで」
「では簡単に解説を。今の日本のイカれた、外国にはない明らかにおかしい要素は何かわかりますか?」
「えーっと、スキルやステータス?」
「そうです。海外にはこれらの要素は存在しません。現に日本の領海近辺を離れた途端ステータスやスキルが使用できなくなるという現象が起きています。そしてこれらは単一の術式や現象ではなく数多の術式が絡み合った高度な結界であるということもまた予想されてきました。何故能力値がスマホで表示できるのか、名前までステータスに表示されるのか。それはそういうものだから、という訳ではなくそうなるように組み上げられたわけです。とはいってもこれは結果から導き出した予想で真実はSODと国しか知りませんが」
急な情報に少し理解が遅れる。えーっと、ステータスやスキルという物は造られたもので結界みたいなもの?まあ確かに不自然ではあったけれど。琴音はこれ自体は知っていたらしくうんうんと言いながら腕を組みトントンとしている。
「そして8大基本術式、『STR』『VIT』『INT』『MND』『DEX』『AGI』『HP』『MP』。魔力を持つだけの冒険者を即席の英雄に仕立て上げるこの8つの術式こそが現在我々が解析しようとしている物です」
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