糸井川琴音

 新幹線がききりと音をたてながら停車する。先ほどまで爆睡していたサラリーマンもようやく目を覚ましガムを噛みながら出口へ歩いて行った。


「それじゃあ降りるよ、迎えを待たせてある」

「迎えですか?」

「取り合えず眠れる場所を先に確保してもらったのさ。とはいっても盗聴の危険から電話や一般的なSNSは使いにくい。なら君との顔合わせも兼ねて来てもらおう、という判断さ」


 荷物をまとめたキャリーバッグを引いて出口へ並ぶレイナさんについてゆくと丁度のタイミングで扉が開き、人が降りてゆく。俺も一緒に降りると夜の寒い、というよりは涼しい風と共に一つの視線が突き刺さった。


 ん?と視線の方に目を向けると背の低い一人の少女が立っている。年齢は俺と同じ16くらいだろうか、身長は俺より低くショートに黒髪を切りそろえている。服はどこかの学生服そのままで勝気そうな目が特徴だった。体形はスレンダーな感じだが一部に妙な膨らみがあるのを確認できた。武器か通信機かはわからないが。


 少女はレイナさんに頭を下げようとして、すぐに止め普通に語り掛けた。


「お帰りや、宿はこっちでとってますよ」

「ありがとう。紹介するよ、彼女は糸井川琴音いといかわことね。君と同じような立ち位置にいる人間だ。琴音君、彼が四辻博人。今話題の人だ」

「初めまして、糸井川さん、四辻です」

「……よろしく頼むわ、四辻さん」

「二人ともそれじゃあだめだ、これから一緒に行動するのだから、取り合えず下の名前で呼ぶこと、あと同い年だからさん付けもだめ。」


 こちらを向くと一瞬複雑そうな顔をした糸井川さ……琴音。何か俺したかな、いや特大の火種じゃねえか自分そりゃ嫌がられるわ。なんかごめん、と思いながら俺も頭を下げ返す。レイナさんは若干不満そうに、でも仕方がないか、と言い琴音に先を急かした。


「じゃあ琴音、悪いけど宿まで急いでお願い。徹夜だったから流石にふらふらしてきたのでね」

「だからうちがついてく言いましたのに。頑なに約束したとおりにするって見栄張らんかったらこう危なくなかったと思いますで」

「まあまあ、結果が全てさ。ほら彼も自分の意志でついてきてくれているだろう?」

「確かに一人であそこの徹夜は危ないですよね」

「裏切られた!?」


 無駄に話が弾みながら改札を抜け夜の東京の街へ繰り出してゆく。無駄に弾む、といってもレイナさんを挟んでである以上弾まされている、という感じだ。無理やり俺と琴音を仲良くさせよう、という意思が見て取れる。


 先ほどの言葉からするに彼女も同じ戦闘要員、おそらく高レベル冒険者。だから一緒に戦う可能性が高く不仲はまずい、という話なのだろう。とはいっても琴音の表情は不機嫌からあまり回復してはおらず、たまにこちらを見てはウーと小さな唸りをあげる。威嚇にしてはあまりにも可愛らしく、そして戦闘能力は可愛らしくなさそうだ、そう思いながらステータスを見る。


糸井川琴音

レベル273 ジョブ『糸使い』

STR 1232 VIT 1098 INT 1124 MND 1465 DEX 3187 AGI 3097

HP 2230 MP 2164

スキル 『鋼糸展開』『斬撃:鋼糸』『収束:鋼糸』『バルクール』 他  SP 0



 ……こいつも化け物である。全ステータスのレベルに対する倍率が五倍越え、しかもレベルが現冒険者でも上位に入るクラスの実力者だ。確かA級冒険者パーティーのレベルの足切りが150、そう考えればそれこそ一流企業にも入れるレベル、しかも才能が馬鹿ほどあるので同レベルの他の冒険者よりはるかに強い。


 謎なのは糸使いなるジョブ、そもそも使っている人を見かけたこともなく、ジョブ一覧で見覚えがある気もする、程度だ。それをわざわざ登録しているということはよほど思い入れがあるのか俺が知らないだけでとんでもなく強いのか。


「どうやうちの。なかなかええやろ」

「何というか……あの二人と比べると」

「オイ表出ろ新入り、シメたろか?あと比較対象って事前に聞いてたあの二人やとするなら相手が悪すぎるで。日本、いや世界でも10本の指に入る化け物どもやからな」

「ごめん、つい本音で」

「首絞め……いや縛り上げて目の前で焼き肉するのが一番やな、どうせ腹減ってるやろうし」

「鬼か!?大分今腹減っている状態なんですけど!!」


 つい率直な感想を言ってしまうと上手いことセリフを返される。なるほど、殴れば殴り返してくるタイプの人間、煽り煽られが好きなタイプかと勝手に納得。まあ一つ会話手段が出来たと考えれば好ましいだろう。天気の話題以外できないとかだと厳しすぎるし。


 そんな馬鹿話をしながらもう少し歩くとホテルが見えてくる。あーこういうところか、確かにここなら開いている可能性あるよなぁ、とため息をつきながら年の為に確認した。


「あれって」

「うん、ラブホテルや。ここしかなかったねん、ここ近辺で急に予約できるのは」


 ……おい。



 手慣れた様子、ではなく若干顔を赤くしながら琴音が手続きを済ませる。客は俺を含め4人、一人は先に入っているとのことだが傍から見ればそういう集まりにしかみえないだろう。


「んじゃいくで!」

「見てみなよ博人君、こんなものまで自販機になっているのか!」

「やめてください反応に困ります!」


 何故か目を輝かせているレイナさんを引っ張りながら俺たちは足を進める。まあ俺も見るのは初めてで若干気になったりもするのだがそれよりも恥ずかしさが勝った。というか目立ってばれたらどうするんですか、嫌ですよラブホで目撃証言あがるの。


 この店は結構高級なのか明らかに内装に力がかかっていて。適度に上品なのに所々ピンク色が混ざるカオス空間であり、時たま聞こえる喘ぎ声や謎の消臭剤の匂い、そして肉の匂い。……肉?なんでたれの効いた感じのいい匂いがするんだ、あとこっちの匂いはピザだよな!?


 同じ匂いに気付いた二人の顔が一気に苦笑に変わる。そしてこちらを振り向きあーあ、と諦めるように言った。


「あの人、張り切りすぎやろ……。一体どんだけ用意したねん」

「うん、もう一人仲間がいるんだけど彼、少々張り切りすぎたみたいだね。夕飯を用意してとはいったけれどこれは……」

「ええと、ありがとうございます?」

「礼は本人にいいや。あの人男の後輩ができるってウキウキやったから」


 ……あまり想像のつかない人物である。そんなことを思っていると319、目的の扉にたどり着く。匂いがはみ出まくっている部屋に琴音が何度かノックをすると中から扉が開き、ラブホテルの個室だという感想しかでない部屋が現れる。ただし馬鹿みたいに置かれた食事、そして無表情でこちらをガン見しながら手招きするデカいお兄さんが待ち受けていたわけだが。


「歓迎するよ、ようこそ迷宮保全会、通称迷保会へ」




 取り合えず減った腹を満たすべく用意してくれたピザに手を付ける。旨い、カロリーの暴力を物質化した存在ほど体が求めている物はない。隣でレイナさんも笑顔で牛丼を口に運んでいる。なんというか、不思議な気持ちになっているとレイナさんが微笑みながらこちらに話しかけてきた。


「どうした、何かおかしい所でもあったかい?」

「いえ、なんか牛丼食べてるのが意外だなーって思いまして。なんというんだろ、今まで画面の向こうにいた相手がいきなり目の前で庶民の食べ物をがっついているわけですから」

「それなら私のほうが現実感がないよ。ダンジョンを壊した化け物が平然と今隣でピザを食べているなんてね」


 本来はそういうことをするであろうベッドの上で俺たちは夕飯を取る。もう夕飯を食べていたのだろう琴音がしばらく逡巡したのちにびくびくとピザに手を伸ばしパクついた。わかる、一切れ何カロリーあるかを考えると手を出しづらくなるよな……。


 その一方で謎のお兄さんは俺のこぼしたピザを紙でぬぐいつつ残りのピザや食物を保温してくれている。身長190近くある細身ながら筋肉質な体、顔は外国人風の彫りの深い顔をしている。年齢は20台前半くらいだろうか、Tシャツにジーパンと非常にラフな格好でありこちらを不安半分期待半分で見つめているのが見える。


 とはいっても無表情がデフォなのかあまり感情が読み取れない。……はずなのだがこの立ち回りが彼の感情を示していた。手元の飲み物がきれた俺にすっとお茶を継ぎ足してくれようとする姿に頭を下げながら紙コップを差し出す。


「紹介する、迷保会の最後のメンバー、クレイグ=暗埼だ。うちでは最年長の24歳、主に諜報や密偵としての役割を担当している」

「……よろしく」

「よろしくお願いします、暗埼さん。四辻博人と言います」

「……グレイグでいい、博人」

「了解ですグレイグさん。この食事、本当にありがとうございました。美味しいです」

「……それは良かった、もっと食べろ」


 そう言いながらグレイグさんは頭を撫でてくる。な、なんか気恥ずかしい。横の女性陣二人の見る目が生暖かいぞ……!そう思っているとレイナさんが「弟たちを思い出す感じ?」と聞くとグレイグさんは「ああ」と答えながら今度は小型の鍋を組み立て始める。え、大丈夫なのかと思っていると器用に『換気』『防炎』とスキルを発動しここで食べられるように調整していた。いやありがたいけどさ、あ、まじで旨そう。


「シイタケは私が貰うぞ」

「レイナさん、そこは新入りに譲ってみませんか?」

「生意気な事言うなや後輩、それはうちのもんやで」

「……落ち着け、必要ならスーパーで買ってくる」

「じゃあパシリ決める為にじゃんけんやな」


 アホなことを言いながら夜が更けていく。ちなみにパシリは琴音に決まったとさ。

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