作戦?

 目が覚める。あれから少し、鍋を食べるとレイナさんはシャワーも浴びず爆睡した。俺も眠くなってきてベッドに潜り込んだ記憶があり、そこから先はない。


 少しいい匂いがするのを感じながら体を起こすと右側にレイナさん、そして琴音さんと川の字になって寝ていることに気が付く。まあこの部屋の目的からしてベッドは一つしかないのでそうならざるを得ないが、ってグレイグさんいなくね?


「……起きたか、おはよう」

「お、おはようございます。早起きですね」

「……いや、見張っていた。現状奴らがここを嗅ぎ付けた様子はない」

「守ってくれていたんですね。気が付かなくてすみません……」

「……構わない。新入りが相手の仕事を完璧に理解するというのは無理がある。今みたいに俺は諜報や偵察、あと監視や護衛など主に裏方としての仕事を担当している。今度から護衛はお前に任せるわけだが」


 そんなことを思っていると壁に一体化していたグレイグさんがぬっと出てきてそんな話をしてくる。心臓に悪い、いやまあどう待機しようと人の自由なんだけれど。相も変わらず無表情で、でも口角が少し上がっている彼と話をしているとうーん、と大きな伸びをしながら残り二人がむにゃむにゃ言い始める。


 時間はもう9時、若干寝すぎといった所か。二人の寝顔を見るとレイナさんは美しい、琴音はかわいい顔つきではあるがそれらが安心そうな表情に包まれている。追われている状況でここまで安心できるのはグレイグさんの護衛によるものに加え心からの休息を取らないと壊れる危険があるからであろう。二人を見ているとグレイグさんがぼそりと「……襲うなよ」と言い慌てて否定を返す。


「しませんよ!」

「……護衛とは安心を相手に提供する役目だ。仮にそういうのをするなら暴力を地面に置いたうえで合意を取ってからにしろ」

「だから……でもそうですね、今の力だとそういうこともできてしまうんですね」

「……今のお前はやろうと思えばいつでも加害者になれる存在だという事を忘れるな。前みたいな事が起きるのは嫌だからな」


 前みたいな事?と思っていると背後から「グレイグ君の弟の一人がそっち方面でやらかして少年院にいれられちゃってね。ああ弟っていうのは孤児院の子供たちさ。彼自身も孤児で親がわからないからそこの皆を弟妹として扱っているんだ」と声が聞こえる。後ろを見るとレイナさんが伸びをしながら起き上がっていて、その横で琴音が布団の中で菓子パンを開き始めている。あ、バケモンパン久々に食べたかったのに取られた!しかもシールがバケチュウじゃん!なんて考えている横で急にグレイグさんが沈んでいた。


 もしかして知られたくない過去だったのか、と言うのは杞憂だったらしく「……話題を一つ奪われた……」と落ち込んでいる。ああそっちなんですか、しかし本当に好意的と言うか面倒見がいいというか。それに加えて不器用だ。


「おはようございますレイナさんに琴音」

「おはよう、二人とも。琴音君は……寝ながらパンか、食い意地が張っていてかわいいな。グレイグ君、起こしてやってくれ」

「うー、硬い」

「……ビニールごと食べようとするな。今取ってやるから」


 そして寝ぼけた琴音を救出しに行く。うんお兄ちゃんだ。そう思っているとレイナさんが替えの服を取り出し布で仕切られた更衣室に入り着替えを始める。うわ変なことを妄想しそう、でも護衛としてそういうことを感じたらダメなんだ、と気を取り直していると向こうから声が聞こえてくる。


「あーちょっと寝すぎたから急ぐよ。まず博人君、体を預けるためのテストを行いたい、まずは『アイテムボックス』を取得してほしい。あとその周辺の拡張スキルも」

「わかりました。適当に取ればいいんですね?」

「いや、いつ使うかわからないし取り合えず全部で」


 ステータスを開き中からジョブ『荷役』でスキルに絞りをかけ、出てきたスキルを取得する。うわSP消費でかい、でもこれ色々なことに使えるし空間に干渉するスキルだから当然ではあったけど。因みに拡張スキルとは根幹となるスキルに追加する形で発動できる付加効果のようなものだ。


 例えば『アイテムボックス』に対して『アイテムボックス:出口固定』『アイテムボックス:使用者限定』などである。とりあえず200SPほど使い全てのスキルを取得、残りSPは9667。何度見ても意味不明な数字である。


「ジョブは取得しなくてもいいんですね」

「うん、取らないで欲しい」


 何故ジョブを取らないのか、その理由はいまいちわからないものの取り合えずスキルを発動してみる。『アイテムボックス』を発動した瞬間手元に白く厚みの無い円状の霧が生まれ、そこに忘れられているバケモンシールを入れたり戻したりしてみる。確かに収納できる、が思ったより体積が小さい。人が入るのには不十分な大きさだ。


「『アイテムボックス:サイズ拡大Ⅲ』、うわ広!」


 というわけで早速拡張スキルを発動してみると途端に入り口も中も広くなり一気に手が届かなくなる。アイテムボックスの中はあくまで空間が広がっているだけで別に時間が止まったり自動で整理されたりすることはないらしい。そのために拡張スキルで中の整頓をするだけのものがあるくらいだ。


 思ったよりファンタジーな性能ではないけど使い勝手は良さそうだ、そう思っているとレイナさんが更衣室から出てくる。異様にかっちりとしたスーツ、そしていつの間にか持っていた全く同じスーツを着たマネキン人形。その姿から今日彼女がどのような相手と交渉をする気なのかなんとなく想像がつき、そしてその想像を超えてくることを確信できた。


 琴音はあまり朝が強いほうではないらしくふらふらしながらベッドから這い出してきていて、顔を洗い終えていた。その横でグレイグさんがパソコンを弄りながら何かを作り上げていて、それを横からレイナさんが覗き込み頷く。咳ばらいをしてからレイナさんは口を開いた。


「それでは6月14日、日曜日。会議を開始する」



「さて、今後の私だが博人君のアイテムボックスの中に入り安全を図る形となる。万一の事がないようにしたいのでね」

「そんな昨日会ったやつを信用してええん?」

「させないよ」

「こわっ」

「……レイナはそういう奴だ。余裕の裏には数多の策がある。取り合えず裏切るという考えだけは捨てろ、手を切るにせよ頭を下げて正々堂々だ。さもないと痛い目を見る」


 グレイグさんの忠告をありがたく受け取りながらアイテムボックスを展開、その白い霧の中にレイナさんはするりと入って姿を消す。なお『アイテムボックス:サイズ拡大Ⅲ』等を解除したりしてレイナさんが入りきらなくなった場合、圧殺されるのではなくあくまで空間から追い出される、というかアイテムボックスというスキルそのものが解除されるようだ。


 なので事故でアイテムボックス内で死亡、ということはあり得ないという話は皆わかっているもののそれでも若干不安らしく心配そうな目で二人はレイナさんの入った霧を見る。すると中から「じゃあ出口をマネキンのズボンに設定を頼む」と声がした。


 呑気、あるいは不安要素を考えてもしょうがないと切り捨てているのだろうその声を受け『アイテムボックス:ポケット固定』をマネキンのズボン、そのポケットに発動する。


「発動しましたよ」

「OKありがとう。次にグレイグ、『変装』の応用でそのマネキンを加工してくれ」

「……了解、三分ほどかかる」


 マネキンは若干の魔力を感じる以外はショーケースの中にでも入っていそうな普通の雰囲気。その前にグレイグさんが立ち何やらスキルを複数発動してゆく。するとみる見る間に肌色だけの顔がレイナさんのものと同一になっていった。え、何それと思っている横から琴音が解説を入れる。


「グレイグさんの得意技やね。あの人諜報のために色んな人に変装するスキルもってんねん。それも魔力を張り付けるとかやなくて化粧のような形で魔力を持たへん『看破』系の魔術を無効化できるように」

「え、でもあのガタイと喋り方でそれ通用するのか?」

「ガタイは諦めてスキルで直接誤魔化すけど喋り方とかは女声から爺の声まで全部行けるであの人。今の喋り方が楽なだけで必要なら滅茶苦茶ペラペラしゃべったりするし」

「せやで、関西弁もいけたりすんねん」

「!?」


 突如グレイグさんが琴音と全く同じ声色、同じ関西弁になったことに驚く。多芸だなぁ、でもなんでそんな技術持ってるんだろう、そう思っているうちにマネキンの装飾は完成していた。


 目には本物のような、でもよく見ると化粧を施された何かの小さなボールが入っていてその周辺のまつげも全てつけまつげであることがわかる。しかしこれは一切身動きしていないからでありきちんと動作すると近くからでも偽物とはわからないだろう。『看破』すれば人間ではないことは一目瞭然だが。


「よしそれじゃあ『人形操作』『人形操作:全傾』『人形操作:感覚共有』っと」


 確か拡張スキルは一つ目の全傾が肉体の操作を手放して『人形操作』の性能を大幅拡張するもので二つ目が名前通り感覚を共有するものだったか。それに加え触覚以外を確保するための『魔術眼』『魔術耳』『魔術口』などを次々と発動してゆく。


 魔力が大丈夫か、と一瞬不安になる。これだけのスキルを同時使用すればMPの消費は激しく、レベルと能力値の低いレイナさんにはかなりの負担では、と思っていたが魔力の流れが奇妙なことに気が付く。


 人形を中心にゆったりとした魔力の渦が出来ていて内部に吸い込まれていく。レイナさん本体のいるアイテムボックス、そこから繋がるポケットからはみ出た『人形操作』の糸はその魔力を吸い取り本来よりはるかに太くなっていた。


「マジックアイテムさ。MPを回復するというよりは負担を軽減するアイテムなんだが、人形に埋め込んで使えばこの通りだ」

「……かなり貴重なアイテムではないのか?」

「ここが勝負時だ、全て使うさ」


 なんか色々やっているなぁ、と思いながら続く指示の通りにアイテムボックスの使用権を俺とレイナさんのみに指定、そして琴音のつけるイヤリングに出口をもう一つ設定した。それを確認するとレイナさんの人形はぬるり、と立ち上がり全身の動作を確認。ラジオ体操もどきを終えた後うん、とご機嫌そうに微笑む。ここまで精密に操作できるのか、肉体の制御手放しているのなら当然か。


 するとレイナさん人形、面倒だレイナさんは声をあげる。


「あ、あ。よし喋れているな。では今後について説明を再開する。この通り私の安全は確保された。とはいっても追手が来て壊されると面倒だ、そこでグレイグ君、君には私のふりをして埼玉近辺でかく乱を頼みたい」

「……博人の方じゃなくていいのか?」

「いや彼はまだ顔がバレていない……、と話がこんがらがると困るので先に現状と目的を確認しよう。まず我々迷保会の目的は迷宮の安定利用を目的とする冒険者団体……に見せかけた私の知的好奇心を満たすだけの組織だ。君たちはそれぞれのメリットがあり私に協力している」


 そういや迷保会ってなんだろうと思っていたがただのカバーストーリーだったのか。レイナさんは右手で俺を示しながら話を続ける。あ、ずっこけかけた、やっぱ操作は難しいらしい。


「おっと。でだ、現在は国から追われている博人君を我々の方で確保することで戦力の増強並びに重要情報が落ちてくることを狙っている。で現在彼はSODとSATに追われる身なので目的はSODは無理にしてもせめてSATとかからは追われないよう彼の立場を確保することだ」

「厄介人間にもほどがあるやろ」

「……そういうことを言うな、だめだぞ」

「でだ、今国が追っているものは二つ、私金森レイナと声、大まかな年齢と背丈、あとだいたいの居住区が特定されている状態だ」

「迷保会は大丈夫なんですか?」

「問題ない。グレイグは顔を変えて出入りしているからね」


 何故か琴音については触れずに話を続けようとする。見落としではなく裏が存在するのか、でもハンドルを預けると決めたんだ、信じようという俺の思いは次の言葉でだいぶ揺らぐこととなってしまう。


「というわけで琴音君と博人君はダンジョン周りの施設でデートしてきてほしい。ああ折角だし冒険者としての基礎も教えてあげてくれ」

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