四辻博人
「さて脱出しないといけないね。まだMPは残っているのかい?」
「あ、残り3000程です」
「ならよし。それじゃあ来た時と同じように穴を開けよう、下の人に追い付かれないようにね」
巻き上がるワイヤーとレイナさんの体に身を預けつつ俺たちは一層へたどり着く。足元からゴンゴン、という音が響いてくるのは恐らく回復した足立とノテュヲノンによる力づく穴あけ大会に違いない。振動が近くなってきているし。
「『転移』じゃダメなんですか?穴を開けるより楽な気がしますが……」
「じゃあ試しに『転移』を使ってごらん、ああ無駄遣いしすぎないよう2メートルくらいでね」
「?えーと、『転移』……!?」
「ほら移動できないだろう?転移対策の結界を張って、ってできるのか、恐ろしい能力値だな」
「そんなスキルありましたか?聞き覚えがないんですけど……」
「ないよ」
言われた通り『転移』を発動すると成功はしたもののかなりの抵抗を感じた。確かにここまで抵抗があると行きのように10回以上転移を繰り返し追手を撒くのは難しいだろう。そして最後に使ったワイヤーを巻き取りながらあっけらかんと言うレイナさんの言葉に驚きを抱く。
「システム外スキル、とでもいえばいいのかな。厳密にいえばスキルができる前に一部の人類が既に手にしていた超常現象。気功とか魔法とか呼ばれていたものだね」
「……そんなものを国が?」
「この国だって宗教と政治の関わりはそこそこ強いよ?ダンジョンが出現する前の段階で色々動いていてその中には魔法や気功を使える人間や流派を集めることもしていた。そして彼らの技をデータベース化、特定の結界内にてSPを消費という形での権利の取得、そして宣言と言う名の詠唱によりそれらの真髄も過程も理解せずに発動しているのが私たちさ」
……本当にファンタジックな話になってきている。我々一般人の知らない裏で不思議な力が、なんていうのは物語の中だけだと思っていたのだが、どうやらここまで来ると本当らしい。しかしそれなら戦争やら何やらのはずみで表に出てきそうなものだ、いやもしくはダンジョンが生成されるのに合わせて魔力が増えてきたからここ最近まで表にでてこなかったのか。技があってもそれを動かすためのエネルギーがなかったから。
取り合えずあの何も言っていないのに発動しているスキル達、無言ステップや無言氷槍は全て気功や魔術で説明がつく。まあ肝心のよくわからない単語の群れについてはさっぱりだ。今はそんな事よりもやるべきことがある、ここから逃げ出すことだ、なんせ足元の音が大きくなってきている。いや早い早い……!
「よしそれじゃあ掘ります」
「OK、ここら辺はダンジョンから魔物があふれ出た時に爆弾ばら撒いて大丈夫なように空き地になっている。全力でぶち飛ばすといい」
「まてやクソガキ二人組……!」
「『削岩』!」
天井に向かい再度生成したスコップを一閃、ぶち開けた穴に飛び込み背後の声とおさらばする。勿論背中にはレイナさんを抱えてだ。
ばごん、と床を踏み抜く勢いで飛び越えると外は完全な夜闇、冷たい風が鎧のヒビより入り込む。肉体のダメージは既に抜け始めていて鎧と自分の頑丈さに驚きながら周囲を見渡した。少しダンジョン入り口の施設から離れた空き地の上、雑草が生い茂る緑を勢いよくぶち破った俺に驚いた様子の監視員たちの目が少し愉快だった。
よし、といつの間にか一昔前に流行ったゲーミング色というのか、それが馬鹿みたいに強調された強盗犯っぽい覆面を被ったレイナさんがポケットからスマホを取り出していて、そこから声が聞こえる。
『出てきました鎧です!』
『足立は何をしている!他監視員に連絡、倒せはしないがせめて追跡だけでも』
「さて、君はどれくらいすごいのか改めて私の前で見せて欲しい。私の命を預け、人生そのものを賭ける価値があるのか」
「まあ見てて下さい」
ナチュラルに盗聴してるよこの人……と思いながら顔が見えない背中に抱き着いているレイナさんに格好つけた言葉で語り掛けた。過去の俺は夢見るだけのガキで、今の俺も盲目で先も読めず一人では淡々と大人に叩き潰される雑魚だ。それでもこの人とならば。
「最強ですから」
全速力で地面を蹴り数十メートル先の小屋に飛び乗りすぐに今度は上に跳躍。2階建ての建物の屋根を踏みつけ先ほど習得したスキルを発動する。監視員たちの視線も追い付かず上空のヘリが困惑しているのが見えて。
「『八艘飛び』」
障害物を飛び越え不安定な足場を高速移動するこのスキル、しかし俺のAGIが合わされば途端にビルとビルを飛び越える狂気のパルクールスキルへと変貌を果たす。電車の窓を眺めている時に流れる屋根の上を小さな人影が走っていくのを妄想したことがあるだろうか。今の俺はまさにそれ、いや速度においては更に上を行っていた。
『対象が高速移動しています!現在北区、足立区を突破、早すぎますだめだ観測限界を越えました!』
『方向的に埼玉か栃木だ!支部に指示を出せ!』
『こちら埼玉支部、無理です一瞬影はよぎりましたがもう捕らえることはできていません!現在更に北上している模様!』
『こちら栃木支部、対象を観測できていません!』
「アハハハハハハハ!凄い、国の精鋭が本当に玩具のように弄ばれてる!」
「弄んだのはあなたでしょう」
「君と私、どちらもさ」
レイナさんの子供のような笑いに驚く。スマホから聞こえる監視員たちの音声は俺の速度もあり極めて不安定に、ブツブツとではあるが聞こえてきていてその様子に俺も久しぶりに笑ってしまう。夢が断たれてからいつぶりだろうか、1年以上はさっぱり作らなかっただろう笑みが心の底から浮かんできていた。
流れる景色が流星のように俺たちの周りを駆け抜ける中レイナさんが問いかける。その言葉に俺は気持ちよく答えた、前を向いてはきはきと。
「はじめまして、私は金森レイナ。君は?」
「はじめまして、
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