金森レイナ

 一体いつの間に、と言う話であるが実は金森レイナからの通話は足立とノテュヲノン、この二人が太陽がどうこう話すその直前から既に繋がっていた。当然彼らにそれを伝える気は欠片もなく。


『ワイヤレスイヤホンを付けてもらっただろう、ちょっと長く電波の出せる装置を使って若者の買いそうなイヤホンの識別番号を探したんだ。SATも対策としてイヤホンを用意したみたいだけどセンスが悪すぎる、そんなことより通信そのものを妨害するべきだったね』


 確かにペアリングするときにイヤホンの種別はわかるけど表現がちょっと辛辣すぎやしないか……という思いは彼女のかなり疲れた声でかき消される。睡眠不足とダンジョン攻略での疲弊、恐らくその両方であろうがそれは金森レイナが本当の意味で一人で、約束通りに来た可能性が高いことを意味していた。


 もしここで仲間を引き連れていたら初対面から約束を破るという形になる。それは信頼関係が崩れることになるし、彼女の取引とやらを大きく阻害することとなるだろう。少なくとも俺は仲間がいる場合は最大限に警戒を引き上げることになる。それは彼女も分かっているはずだ。


 闇の中から飛び出る時を窺う。外ではSAT隊員とSODのローブたちによる銃と魔術、ナイフが空を切る音がかすかにこちら側にも届いてくる。これを金森レイナは初めから狙っていた。


「狭まり具合はどんなものだ……ですか、金森さん」

『レイナさん、いやお姉ちゃんでいいよ。あと30秒、それがギリギリだ』

「わかりましたレイナさん。後10秒で飛び出します」

『うん、勘がいいな君は』


 呼び方という物は大きな影響を与える。例えば姉という呼び方を他人にした場合自然と俺自身のバイアス、姉は年上で優しく信頼出来て……みたいな認識の眼鏡を通してその人を見る傾向がある。勿論姉にひどい目にあわされた人なら別の見方があるだろうが一人っ子の俺の認識なんてそんなもんだ。そして眼鏡で取り合えずある種の関係を固定しようとする金森レイナ、いやレイナさん流石にずるい。


 こうして話してみて初めて俺は画面の向こうの金森レイナという偶像ではなく人間に接したのかもしれない。そう思いながら銃声に紛れながら位置を確認。足元の傾き、吹き飛ばす方向からしてここはここから10歩右後ろに行ければ作戦成功、間違いない。心を整え、3、2、1。


「今!」


 全力で地面を踏み込む。へし折れる岩盤とはじけ飛ぶ水滴、その中を全速力で駆け抜け外へ向かい闇を振り払う。視界に光が入ってきて同時にまたあの足と異常な光の量が見えるのをわかっていて、だからすぐにすっと闇の中に潜りなおす。


「『前蹴り』……!てめえ!」

「捕まえた」


 そして闇の中に伸びてきた足立の足を無理やりキャッチ、こちら側に力づくで引きずり込み固定する状態にしてしまう。レベル9999舐めるな、STRは俺のほうが上だ……!


 撃つのはシンプルなボディブロー。スキルを使ってはならない、使えば確実に反応される。それくらいの才能も経験も目の前の敵は積んでいるのだから、そして俺の暴力ならただの力比べ、技術の関わらない能力値だけで決まるダメージレースでの負けはない!


「がっっ……!」

「『胴廻し回転蹴り』!うっ……!」


 足立の回転蹴りがモロに俺の頭の鎧に突き刺さる一方ボディブローが足立の腹に突き刺さり口から血が飛び出る。対する俺は鎧にヒビが入るが未だ砕けず、そりゃそうだVIT9000超えにINT6000近い値で作った『幻鎧』だ、お前が強いのは技と立ち回りだけなんだからよ!


 ふらつく足立を見て闇の向こうから魔力が収束してくる。当たり前だがノテュヲノン単体で俺を倒せるわけがない、二人がかり、あるいは取り巻きとボスで初めて俺を封殺できる可能性が出てくるのだから。レベル2000相当と俺の事を見積もっていた彼らが余裕だったのは威嚇が半分、そして有利な状況を維持できる見込みがあったからで今それは崩れ始めていた。


 そしてここで残り時間まであと数秒、呻いた足立を離しスコップを握りなおし、力づくで投擲を行い後ろへ下がる。足立が動けなくなったこの状態、とどめを刺されないようノテュヲノンは立ち回る必要があり、その瞬間は防御を薄めるはずだ。


 氷の柱を蹴散らしノテュヲノンに着弾したスコップと言う名の爆撃は周囲の水や石を衝撃波で吹き飛ばしながら防壁らしき薄い膜を貫通、軌道は逸れるものの彼女の肩に当たり青い血をまき散らす。即死はしないのだろうが深手を負ったノテュヲノンを確認しながら全速力で俺は後ろへ駆け出す。


 圧倒的に有利な状態で何故逃げ出すのか、ポカンとした表情を見せていた足立が背後から慌てた怒鳴り声をあげるのはすぐであった。


「逃げられる!奴の目的は自分で開けたダンジョンの穴だ!」

「気づいてももう遅いよ、第三位」


 イヤホン越しに聞こえていた声が肉声となり、同時にワイヤーが42層天井から垂れてきてそこから一人の女性が下りてくる。美しい金色の髪に端正な顔、目の隈と冒険者用のコート、レイナさんその人だ。銃撃戦を繰り広げローブの男が一人、SAT隊員が二人深い傷を負いますます過熱する戦闘に身を置いていた取り巻きの奴らも視線が思わず吸われていた。


 この人は元より自力で48層まで来る気などなかったのだ、少し早い時間に来るよう設定しておきできた道を何事もなかったかのように通行するのが彼女の目的だったのだから。


 そして目的はそれだけではない。


「捕まって!」

「金森レイナ、お主……!」

「潰しあいご苦労様、それじゃあさようなら」


 動画を見た2者を自然と42層という待ち構えやすい場所に集結させ、そこに俺を突っ込むことで彼らからの敵意を実感させる。高い能力値で作られた『幻鎧』で顔をばらさずダメージを負わさず、構成員同士に争わせ互いの戦力を消費させる。そして最後に俺だけを素早く回収していこうとしているのだ。


 レイナさんのひやりとした手をつかむとすぐにワイヤーは急上昇、41層、40層と登ってゆく。その穴の上側に仕上げの品は置かれていた。


「壁ポーション!」

「正解、それじゃあ起動、と」


 スイッチに反応し壁ポーションの容器が自壊、中の溶液が開いた穴の周辺にばら撒かれている。そう、ダンジョンに空いた穴は自動回復する。それは壁ポーションと呼ばれるもので加速することができて、全ての階の穴に設置されていて今起爆された。先にダンジョンに潜入していたであろう金森レイナが連絡してくるまでのラグ、それは穴を見つけこの罠を仕掛けるのに時間がかかったからなのだ。


「まてぇぇ!」


 『削岩』と言う専用スキル、『幻装』で作ったスコップと能力値があって初めて空いた床だ、その硬さは尋常ではない。故に無理やり飛び込んできた足立は天井に弾かれた、その声は急速再生してゆく床たちに遮られて聞こえなくなっていく。1SOD……!

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