イヤホン
恐らくこの状況は彼らにとってもまた既定路線だったのだろう。金森レイナとの交渉が何であれ彼らの提示する話よりは遥かにマシで、俺が振り向くわけがないと。だからこそ一切の戸惑いがなく迷わず戦闘という選択肢に入ったわけだ。
「ステータスオープン」
足立友夫
レベル425 ジョブ『拳士』
STR 7142 VIT 3189 INT 327 MND 768 DEX 2876 AGI 2984
HP 12230 MP 2764
スキル 『ウォーキング』『ハイキック』『スタンド』『カーブ』 他 SP 0
ノテュヲノン
レベル624 ジョブ『魔術師』
STR 1254 VIT 1876 INT 6798 MND 5784 DEX 1874 AGI 1284
HP 3326 MP 13419
スキル 『火弾』『氷柱顕現』 他 SP 0
まずは足立とノテュヲノンのステータスを覗き見る。ゲェ、化け物じゃねえか……!俺のステータスと比べるとあまりにも才能が違いすぎる。ふざけんなよお前らの十倍俺のレベルあるんだぞ、と一人愚痴る。因みに俺のステータスは今こんな感じだ。
四辻博人
レベル 9999
STR 8712 VIT 9643 INT 5923 MND 7632 DEX 4678 AGI 5698
HP 18739 MP 11839
スキル 『弱スラッシュ』『転移』『鷹目』 他 SP 9924
総合力で見れば圧勝しているとはいえ個々のステータスで見れば越されている部分もある。正直まさか、という気持ちのほうが大きいと共に若干予想していた部分ではあった。俺は井の中の蛙で彼らは大海なのだ。
「おいカス、ステータス覗けたか?」
「む、無理です!どんだけ高レベルなんですかこの人!」
「まあ推定2000レベルだから仕方がねえわな、おいお前ら死ぬなよ!振替の休日残したままで塵になってりゃ笑い話だぞ!」
SAT隊員たちが銃の安全装置を解除、引き金に手をかける。目取社製対冒険者用アサルトライフル2式改造版、通称Sparrow(スズメ)と呼ばれる銃身を短く切り詰めた銃であり近距離で弾をばら撒くためのものだ。
対するローブたちと背の低いスキュラ娘、足が触手の少女。ローブたちは細身のナイフと背中に隠していた金属製の盾を構える。これを盾に近づき近接戦で押し切るのが理想なのだろう。一方白髪赤目のスキュラの少女は手を前にかざし魔術系スキルの準備を始める。
足元のうっすらと張った水が必要以上に冷たく感じられる。緊迫する中動いたのは、やはり空気の読めなさそうな足立だった。ひげ面に満面の笑みを浮かべながら一歩一歩、あの均等な歩みでこちらとの距離を詰める。手が震える。耳に入れていたイヤホンの重みがずしり、と伸し掛かってきていた。
「『ウォーキング』、『ウォーキング』、未来へ向かって」
その曲名は聞いたことがある。傭兵ゴンだったか、なら次に来る歌詞は決まっている。スコップが届く距離に着いた瞬間、姿勢を下げ回避しながら殴打しようとし視界が揺らぐ。今俺は『幻鎧』を着ていたはずだ、しかも距離はまだあったはずなのに
「『ハイキック』」
足立のハイキックが間合いを越えて俺の顔面に突き刺さり数十メートル吹き飛ばされる。どういうことだ、スキルは他に使っていない以上下半身麻痺の足立には蹴り技で距離を誤魔化す技はないはずだ。痛みを堪えながら反転、無理やり着地しようとした瞬間遠距離から収束された魔力が解き放たれる。
スキルの宣言は、ないのに。
迸る氷の槍の群れが意思を持ちうねりながら俺の元に高速で襲い掛かる。それは足立の方にも向かっていることを確認し、取り合えず目の前の脅威に立ち向かう。
「おらぁ『弱スラッシュ』!『弱スラッシュ』『弱スラッシュ』!」
がしゃり、という音の連鎖と共に氷槍は砕け散り、その力をまるっきり失う。これなら行ける!、と思った瞬間嫌な予感がし全力で上体を沈み込ませ足元をスコップで思い切り殴り飛ばす、と当の本人はやるじゃんと笑みを浮かべ着地する。足立が、日本ランキング3位が何事もないように再び拳の間合いに入っていた。
スキルの宣言はないのに。
「……どうなっているんだ?」
「どうなってるはこちらのセリフだよ化け物、耐久力もパワーも速度も化け物じゃねえか。『弱スラッシュ』で『氷槍射出』撃ち落としてんじゃねぇ」
「ほれ、喋っていると殺すぞ」
口で視線をひきつけ背後から出現した影の塊が存在をはぎ取るよう盛り上がるのを全速力で飛び躱す。
「『胴廻し回転蹴り』『ステップ』」
つもりが再び足立の高速の蹴り、くるりと円運動で加速された蹴りが空へ逃げようとした俺を地面へと、影の塊へ叩き込む。ノテュヲノンの笑みが嫌な形に染まり体が魔力でできた闇、エネルギーを吸い取り剥がす牢獄へ変貌、ぐるりと広がった闇は一瞬で収束し俺の視界が消滅する。
蹴られた腹と頭が痛む。STRの高さよりもその巧さに威力は依存していた。格闘技でもそうだが本当にノックアウトするのは強い打撃を貰った時、そして意識の外れた防御の薄い所に攻撃を貰った場合である。
無理やり闇をぶちりぶちりと引きはがしジャンプ、MND、魔術耐性は高いのだからどうにでもなる。再び新鮮な空気と光、視界を歪ませ砕くような……!?
「『フラッシュ』、お主にはここで倒れてもらわないと困るんじゃよ。『栓』として必要なのは勿論、儂らの計画を進めるのに進路上に無軌道な暴力がいてもらっては困るのでな。明らかに勢力図に変化をもたらす力がいずれかにつかずよくわからない本人の倫理や目的で暴れる、それは本当に邪魔じゃ、敵に回るより邪魔じゃ」
「『前蹴り』そうそう、お前に罪はない、ただお前が力を持っているのが不都合な勢力がここに2つあるというだけの話だ。敵なら行動が読めるが目標も何もないだろうお前さんは作戦の支障でしかない。それに海外のスパイや他の反社に取り込まれると面倒だからな、殺すか捕まえて道具にするかの二択が最適だ。……しかし鎧すらまだ砕けないのか、自信無くすぜ」
股間にSTR4桁の全力で放たれた前蹴りが命中、鎧で急所へのダメージは軽減されるものの無理やり闇の中につき戻される。勢いよく踏み込まれた足立の足元の地面がべきり、とひび割れているのが見える。
四辻博人
レベル 9999 HP 15234/18739 MP 5289/11839
ああやはり、奴らはこの闇の牢獄で無限にMPを削り取り残ったところを料理しようという策なのだろう。実際この状態、脱出した瞬間の前蹴り、カウンター防止の目くらましによるハメ技は極めて有効だ。
そもそもあの何も宣言せず発動される魔術や移動技はなんなんだ、スキルの原則である宣言が必要という前提を無視している。
社会に押しつぶされている、という感覚が俺を襲う。俺の持たない経験、組織力、技を使い彼らの都合で潰しに来る。いつも通りでこれからもそうなのだろう。よくわからない慣習を守っていないからと怒られ、上司や取引先の会社に押しつぶされ若手のよくわからない技術に席を追われる。
だからこそ、俺は車のようでありたいと思った。レベル9999というパワーを持ちながら決して無軌道ではなく赤信号なら止まるし手を挙げて渡ればブレーキをかけてくれる。それでいて小さなごみや泥を捻りつぶし圧倒的な速度で道、すなわち社会を駆け抜ける。だが俺には信号、つまり未来が見れない。目的は曖昧で頭も狭い合理性ばかりで埋め尽くされていて、例えば今このような事態が起きることを頭の外に捨て置いてしまっていた。いくら馬力があってもこれでは公道は走れない。
『それでは反撃開始だ。あの偉そうな面を不快で歪ませてみよう!』
俺は心当たりがある。ここまで全てを誘導し、SATとSODを手のひらで転がした挙句ふざけたことをイヤホンから囁く女を。
その名を金森レイナという。
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