邂逅、地の底にて

 ダンジョンを縦に掘る、と聞くと馬鹿らしい、実現不能だと思うかもしれないが実はそうではない。むしろ上層で怪我人を搬送するための専用ショートカット、第二緊急坑道などは機械の力を使って10層ほどを無理やりくり抜いて作られている。


 当たり前だがゲームではない、故に掘るという行為も可能である。何なら『透過』で無理やりすり抜ける強者までいるとニュースで聞いたことがあるくらいだ。とはいっても下層になると魔力による強化がますます激しくなり早々ぶち抜けなくなる。


 まあそこは能力値による暴力でどうにかしてしまえば良いわけで。


「『削岩』っと」


 スキルを宣言すると所有しているスコップと全身に力がみなぎり体が下に突き動かされる。それに逆らわずに勢いよく地面に向かいスコップを叩きつける、と今まで感じたことのないような衝撃と共に大量の土砂が舞い上がった。


 明らかにスコップでは掘り返せないはずの物理法則を超越した土の塊を浴びゴホゴホとせき込む。一体どうなっていいるのか、予想では少量の岩や土を軽々と取り除くだけと思っていたのに。STRってなんだよ、物理法則とはいったいどこへと思いつつ下を覗き込むと無人の三階層。封鎖されているだけあり早々エンカウントする可能性は薄いらしい。


 すたり、と穴をすり抜け3層へ移動、すぐに足元に『削岩』を発動していく。また異常な量の土砂を吐き出しつつ下に穴があき、その中へ突入。こうやって下に掘り進むゲームやったな、でも真っすぐ降りると色々不便があった気がするなぁ、マグマで全装備ロスト……などと過去の記憶が思い出される。あれは嫌な事件だった。


 因みにこの穴は自動で再生される。正確にはダンジョン全ての部分が再生されるのだが、これもまた下層に行けば行くほど効果は高まるそうだ。なおMPポーションを壁にぶっかけるとそこだけ一気に再生が早まったりするらしくこれにより道を塞ぎその隙間から遠距離魔術で射殺するという手段はかなり一般的である。それくらい高速再生するようで、専用に調整された壁ポーションなんてものがあるくらいである。


 手を動かしていくうちに気が付けば41層、ひょこっと出てきた俺に驚くオーガをワンパンしつつまだまだ下に掘り進んでゆく。かつて1層で困っていた俺はもういないのだ。そんなことを思いつつ下へもう一度掘ると42層、大きな広場へとたどり着く。


『42層はそれまでの入り組んだ小道と少しの広場が繋がっているだけのものとは違う、巨大な空間がその層に渡って存在している。だからどこから掘り始めようが42層で必ず同じ広場にたどり着くんだ。集合地点には大きな赤い建物から掘り進めればいい』


 金森レイナの言う通りそこは莫大な地下空間であり飲み込んだのであろう建物の数々が苔と足元の水に覆われ神秘的な光景を作り出している。廃墟マニアならたまらない、そのような光景の中に魔物たちはいた。


メイジオーガ  

レベル124 

STR 142 VIT 189 INT 327 MND 232 DEX 126 AGI 94 HP 230 MP 564

スキル 『火弾』『氷弾』他  SP 0


 何匹かのオーガたちがこちらをにらむ。いや雑魚じゃん、と思う一歩でこのレベルがうじゃうじゃ居るところに金森レイナはたどり着けるのか、という疑問もまた浮かんできた。たしか彼女のレベルは100以下で、しかも才能がないからかなり能力値も低いはずなのだが。ここからさらに上がってくるモンスターのレベルについてこれるのか……?と思ったところで視線を感じ廃墟の影にスコップを向ける。


「誰だ?」


 複数だ。明らかに手慣れた隠れ具合、影も音もたてずにその場に存在し背後から俺を狙っている。しばらくの沈黙の後諦めたかのように一人の男が出てきた。


「『ウォーキング』、『ウォーキング』。その鎧の姿、お前が例の27個目を破壊した奴だな」


 奇妙な男だった。年齢は50くらいのひげ面で歩幅が完全に均一な気歩き方をする、スーツを雑に着た男。筋肉質なその体と凶暴な表情が彼の性格を物語っていた。だが何より特徴的なのはそんなところではない、俺は彼の姿に見覚えがあった。


「日本ランキング3位、足立友夫……!?」

「『スタンド』、おう懐かしい名前を出してくるじゃねえか。そこまで知っているという事は俺の今の職業までわかっているな?」


 スキルを使い立ち止まり、足立はニヤリと悪い笑みを浮かべる。すると背後から8人のヘルメットにボディースーツを着込んだ男たちががちゃりと銃をこちらに向けた。彼らの持つ銃もボディースーツも足立の着るスーツも全て見た目以上の、魔物の素材を利用して作られた戦闘用のものであると週刊誌が報じていたのを覚えている。


「特殊強襲機動隊、SAT隊長」

「それで正解だ、坊主。声からして学生くらいか?まあ取り合えずお前さんにはうちに出頭してもらう、何悪いようにはしない。それに俺たちを振り切って金森レイナに会いに行くのは至難の業だぜ?なんせ集合まであと1時間以上、その間俺たちの猛攻をしのぎ切れるか?」

「できるさ」

「ほう。自信だけは一丁前か。だが……」


 何かを足立が言おうとした瞬間俺の背後に魔力が渦まき現れる。『転移』のような、それでいて全く別物のような感覚がし、振り向くとそこにはフードを被った6人の人型、そして美女と少女がいた。


 だがその二人の足は人間のモノではなくタコのような、しかし吸盤のついていない触手のような何かに置換されていて他の者たちも鱗や毛皮、何らかの体の異常を持っていた。


足立がつぶやく。忌々しそうに、しかしどこか嬉しそうに。


「『Subordi眷属たちnates』……!」



 日本ランキング、実力のある冒険者を評価する東向新聞社主催のシステムでこの順位が高いほど日本国内で強い、という認識される。というか実質世界ランキングだと評する声すらあったりして、何故ならスキルやステータスシステムが海外には存在せず冒険者が育成されにくいからだ。実際多くの国で未だダンジョンの攻略は国の仕事であり主兵装は機関銃と地雷、しかも攻略というよりは魔物が外に出るのを抑え込んでるだけの所も多い。


 だからこそその上位、しかも3位でありSATにスカウトされたという異例の経歴を持つ男の危険性は特に理解できた。


(『暴君』なんて言われてたよな冒険者時代には……。確か戦闘スタイルはキックボクシングと空手をベースにした前衛特化型、ジョブは『拳士』。そして下半身麻痺により歩行は全てスキルを用いて行っている……!)


 一体どれだけの努力をしたのだろうか、その癇に障る表情の裏には血汗が積み重なっているはずだ。足がまともに動かないというハンデを捻りつぶすのは並大抵の技ではない。恐らく小手先の技は通用しないだろう、経験をひたすら積み重ねた冒険者としての大先輩である。


 そして俺の背後に現れた人間もどきは奴の言葉が本当ならばSOD、あの『血惨事件』の首謀者ということになるが……。


「久しいのう小僧。2年前の池袋以来じゃな、どうだそろそろ引退する気になったか?」

「黙れノテュヲノン、まだ53だ現役続行に決まっているだろ」

「それは残念じゃ。ところで小僧たちはなぜそこの鎧男を?」


 背の高い足が触手の女性、ノテュヲノンと呼ばれた女性が不機嫌そうに語る。低く、それでいて艶やかな声。年齢は30程度であろうか、明らかに53の足立を小僧扱い出来ない年齢のはずであるが、まあそれは置いておくとして。青いロングヘア―に強気そうな、しかしそこか寛容な何かを含ませているのは支配者の余裕のようなものを感じる。ふくよかな体と胸につい俺の視線が吸い込まれているのをノテュヲノンは見逃さなかった。にやりと笑い見せつけるように胸元を開きながら彼女はこちらに語り掛ける。やめろお前の着てるローブ妙に布面積が少ないんだって……!


「どうじゃ、今夜閨を共にしてみるか?そちら側には少々自信があっての、一瞬で達させてやるぞ?」

「ババアが趣味とはマセたガキだな。坊主、女は選んだほうがいいぞ。骨までむしゃぶられる覚悟があるのならば知らんが」

「ち、ちが……!」


 ほれほれ、と足の触手を蠢かせながらノクテュヲンは俺を誘う。鎧で良かった、顔が熱いと思いながら一方で心の底は薄気味悪いほどに冷めていることを実感していた。それはSAT隊員やSODの構成員の殺気が原因でもあるし、気味の悪い思惑が絡みついているからでもあった。


「で、お前こそ何故この坊主を求めるんだノテュヲノン、殺して経験値でも欲しいのか?」

「そんな訳がなかろう。第一それならばダンジョンコアをこの国に運び込む前に破壊しておるわ、我らの慈悲を理解できぬ馬鹿者共が」

「……ということは『栓』にでもするつもりか。なるほどなるほど、『胎異転生』させて永久に世界を封ずるための道具に変換すると。残酷だな、さすがSOD」

「やかましいわ、その前にいくつか仕事がある。それに貴様らこそ虚重副太陽の生成に使う気なのじゃろうが。砲弾は完成お披露目間近なんてニュースは聞いたのぉ」


 ……意味が分からない、途端に出てきた用語の羅列に俺は目を回す。栓?転生?虚重副太陽?ただ前者2つは恐らくSOD内部の宗教用語、そして後者は何らかの実験計画なのだろう、ということは推察できる。でもそれの何が俺に関係あるんだ?


 世界を封ずるだの太陽の生成だの、極めてファンタジックな話ではあるが一方で両者はそれを当たり前の事のように話している。だから恐らく、この話は繋がっている。世界を封ずるのも太陽を造るのも。


 確実に彼らがここにいるのは金森レイナと会うのを止めさせ、自分の都合の良いように動かすためだ。そのために42層という目的地にたどり着くために必ず経由する、視界の開けた場所に陣取り俺を捕捉する。だから彼らに誤算があるなら運の悪いブッキングなのだろうし、あるいはここまでが既定路線なのかもしれない……というのは考えすぎか。


「まあ生成しても死ぬわけじゃないしな」

「嘘じゃな、確実に死ぬ。貴様らの必要とするレベルのIhydrogine虚重水素の連鎖生成反応の開始剤の役割、ダンジョンコア一つ分の魔力程度では確実に行えぬぞ?例えば経験値、魂を崩壊させない限り」

「……ぐちゃぐちゃうるせえな、ババアの案に乗っても一生孤独に世界を覗き込む置物だ。死にたくても死ねない未来無き監獄の主。大差ないだろうが」

「何、責任を取って儂は一生付き添ってやるから安心せよ。共に快楽と堕落に身を任せれば永遠も一瞬じゃ」

「あ、あの……」


 本当に意味が分からない。自分に消化できる情報量を明らかに超えているそれに困惑しながら置いてきぼりにされている状態を解消しようと動く。取り合えず話を聞くかぎりどちらも五十歩百歩、ロクなことがなさそうなのは明らかなので俺を挟んで声を荒げる二人に話す。咳ばらいをし気を整え強気に、怖気づかないように。


「ゴホン、あー、どちらの話も飲むことはできない。故に」

「まあそうだよな」

「残念じゃ」


 と思っていたら出鼻をくじかれた。二人は落胆というよりはまあ当然かというような表情で、互いに手を振り上げる。あまりにも自然に、ぬるりと殺しの指示を出した。


「『ウォーキング』お前らは取り巻きのローブとガキを皆殺しにしろ、俺は鎧とノテュヲノンを潰す」

「SAT隊員どもを殺すのじゃ。ああ物陰に2人まだ隠れているから忘れるでないぞ。儂が足立と鎧を壊す」


 ……え!?。

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