決意

 SATの本来の目的はダンジョンへの対処などではない。テロ、それも人質を取られるなどの凶悪犯罪に対処するのが目的である。しかしながら冒険者のバカげた能力値による犯罪に対抗しきれずSODによる『血惨事件』で大きな被害を出してしまった。二度とその様な事をおこすまいと冒険者としての実力も求められる部隊として再編され、実力を買われダンジョンがらみの問題にもかかわることになったのだ。


 と考えると明らかにまずい。レベル100オーバーの冒険者達、それも人を殺す訓練をしている相手を前に素人の俺。しかも彼らは才能があり俺みたいな1レベルごとに0.5しか能力の上がらない才無しとは違うのだ、見た目ほどのステータス差はない。勝ち目はありそうなのが恐ろしいところではあるが。


「……で平安時代が終わるころ、京都では……」


 いつの間にか出川の話はダンジョン関係の話からいつもの社会の授業に戻っていて、あっという間に前の席の同級生は眠りに入っていた。本当に授業中に寝るのはやめて欲しい、教師の視線がお前に向くついでに俺も視界に入るんだよ、内職しにくいじゃねえか……と思いながら俺にも睡魔が迫る。ダメじゃねえか、と目をこする。


 だが授業の内容にボヤが掛かってくる。視界が震え上下、目を覚まさなきゃと思うものの手の皮をつねっても痛くない、VITが高すぎるチクショウ。そう考えているうちにその頻度が大きくなり…………


「んじゃ終わるぞー」

「はっっ!」


 キーンコーンという鐘の音と共に強制的に目が覚める。気づけば周囲の女子は専用の更衣室へ、男子はその場で着替えを始めていてどういや次は体育だったなと思う。体育。前の俺が一番嫌いだったものでそして今も一番嫌いなものである。だって能力値の異常見つかると通報されるし。



 この学校の体育は特殊な授業になっている。少なくとも高2までは冒険者としてのカリキュラムとして簡単な格闘技やスキルの扱い方を習得する形となっており大まかに分けて3つ、『前衛』『斥候』『後衛』に分かれて勉強をするのだ。回復系については医学部進学コースでの実習か最近できた医療従事冒険者、医者の指示に従う形で回復魔術を使う形しか認められておらずまた練習台を用意するのが非人道的だという理由で除外されていた。


 そんな中で俺のポジションは前衛だ。前衛の役目は後衛のMP消費がもったいないレベルの雑魚や素早く攻撃の当てにくい魔物の排除、そして敵を後衛のところまで通さないことだ。


「じゃあ前衛組、こっちこい!」


 内心怯える俺を他所に校庭2週ランニングを終えた皆を体育の教師は集めいつも通り組手を始めさせようとする。首都近辺でありながら異常に広いこの高校の校庭は綺麗に整備されており多額の費用が投入されていそうだ。実際は部活の生徒が自主的にやっているだけで体育会系の部活は皆高レベル、10越えの者も少なくないためあっさりとこの重労働をこなしてしまっていた。


 それだけステータスによる差は歴然だ。では仮に2桁能力値が違うとどうなるのか。


「いつも通りパーティーの前衛二人で一組になってそこの棒をとってけ~」


 体育教師が声を張り上げながら倉庫から箱を取り出してくる。前衛の練習用の柔らかい、怪我をさせないためのスポーツチャンバラ用の竹刀というか竹刀型のぬいぐるみだ。基本的にこれを使って訓練は行われて、基本的なスキルの使い方を学ぶ。


 スキルには何故か0SPで習得できる練習用のスキル、『弱スラッシュ』『弱土弾』が存在しこれを授業では用いる。ゲームとかだと死にスキルだし教育以外に存在意義ないのにどうしてそんざいするのか、ゲームみたいにHPをぎりぎり減らすための調整用でもあるまいし。


 大山栄太、俺のパーティーメンバーにしてこの学年1の前衛である男が目の前に立つ。髪形などをあまり気にしていない、雑で野生的な見た目の男だ。船長は180以上にも及び体重は100㎏超え、痛みに強く殴り合いが得意なムキムキというまさに前衛になるために生まれてきた、というような印象を受ける。


 大山はその馬鹿にしたような、どこか本気の嫌悪感も混ざった視線で俺を見る。先生により強制的にパーティーに入れられたとはいえ、その結果パーティーの戦力低下にトレーニングも俺相手にしかできない、という状態になればそりゃそうだろうという感じだ。まあだからといって嫌がらせを許せるわけではないが。


「よしんじゃいつも通り1分測るから組手1回目開始!」

「おい四辻、ごめんな」


 初めの合図と共に大山が謝罪する。勿論本気ではなくその表情はこれから始まる愉悦に歪んでいた。それを見て俺の顔も恐怖に包まれる、勿論通報される恐怖にだ。


「もしうっかり拳が当たってしまっても練習だから許してくれよ」




「『弱スラッシュ』!!」


 剣、というか棒が勢いよく迫る。だが体感時間は変わらないが俺の目は正確に今までとらえられていなかった軌道が捕らえられていた。


大山栄太

レベル8 

STR 32 VIT 41 INT 7 MND 5 DEX 12 AGI 14 HP 71 MP 8

スキル 『弱スラッシュ』 SP 8


四辻博人

レベル 9999

STR 8712 VIT 9643 INT 5923 MND 7632 DEX 4678 AGI 5698

HP 18739 MP 11839

スキル 『弱スラッシュ』『偽装』『修復』『転移』『鷹目』  SP 9984


 こっそりステータスを展開し相手の能力を確認する。こうしてみるとあまりにも差のありすぎる能力だ。だが計算上ではVITはレベル1800前後で追い抜かれる、やはり致命的に才能に差があるが、少なくとも今勝っているのは俺だった。


 この能力値という概念はあまりよくわからない、というのが実情だ。勉強ができてもINTは上がらないしMNDってなんだよ、足の筋肉が関係するならSTRとAGI関係あるよな、など疑問はつきない。一体どういう計算方法なのか、それともそもそも能力値など算出しておらずここに表示されているのは何かの出力の結果なのか。


 いずれにせよ大山の動きの間にもうランニング10週はできそうだ、と思いながらギリギリで避けたようなふりをし、続く拳を上体を反らし空ぶらせる。反則だ。


「ぬぅ!」


 スキルとはMPを消費し発動するもので口に出して宣言することで特定の効果を発動させるものだ。魔術、などと呼ばれているものもスキルの一つであり、炎の弾を飛ばしたりするわけだ。基本的に同じ能力値の人間が同じスキルを扱った時の威力は同じで何か大声を出したからといって威力が増減することはない。


 そして『弱スラッシュ』は凄まじく威力の低く、代わりに素早い斬撃を発動させる消費MP1のスキルだ。だからこそ大山はわざわざスキルを使わずに殴るのだ。


 ひゅるり、と嫌な予感がするものの意図的に見ることも避けることもせずに上体を戻しそこに入るスキルなしの棒を受ける。軽いぽこんという音がなり胴に一発入るのがわかる。


「まさかダメージ受けてねぇよな!」


このスキルと通常攻撃の組み合わせの巧さが大山の凄まじい所だ。見た目に似合わず戦い方は頭脳派、一発目はスキルを使い二回目は威力の高いパンチ、棒なら『弱スラッシュ』と宣言するはずだ、という認識の隙をついた通常の片手での斬撃。


 スキルは習得するだけで使い方がわかるし簡単に使いこなせる。ただしそれ単体だけの話であり、仮にストレートとアッパーを使えるようになったボクサーでもそれを組み合わせられなければ意味はない。スキルとは宣言するという一手間がかかる分反応されやすく、だからこそ必ず通常攻撃と上手く組み合わせることになるのだ。


「大山ー、パンチ禁止だぞ!」

「すいません、ミスりました!」


 体育教師に言葉だけ謝りつつ攻めは続行される。『弱スラッシュ』をこちらからは撃つことは決してできない。基本的に同じ能力値の人間が同じスキルを扱った時の威力は同じで何か大声を出したからといって威力が増減することはない。同様に『弱スラッシュ』は力を抜こうとしようが関係なく全力で斬撃を発動してしまうのだ、俺の能力値で。正確には威力が変数となっているスキルもあるのだが大体は角度や位置が変数であり、『弱スラッシュ』は角度が変数となっている。


つまり『弱スラッシュ』はどの角度から切るかは指定できるがそれ以外は不可能。なのでスキルを使わずに俺は弱い力で突きを幾つか放つ。幸いにも手加減は上手いらしくいつも通りの速度を保っていたがその最後の一発を大山の太い腕が捕らえる。


 その時俺はやってしまった。ついそこから放たれる柔道の背負い投げのモーションに反射で全力で抵抗、大山の目が見開かれる。


「ん!?」


 その疑問ももっともだ。ただのチビ、運動神経もない雑魚が途端に鉄球になったのだから。とっさに自分から大山の足元に崩れおちるような形になり、まるで怖がって腰が抜けたから上手く投げれなかったんだ、という風に演じる。


「あ、地面に手ついたらダメか……ごめんなさい」

「お、おう」


 納得してくれたか……?不安になりながら奴を見ると幾度か不可解そうな顔をした後「まあ8-0で俺の勝ちか!」と意識の外に放り投げてくれたようだった。『偽装』の掛かっているステータスを見るがHPもMPも減っておらず、それ以外の不審な点は自分にはない。単に組手を適当にこなした、と思われるだけだろう。


 ピー、となる一分の終わりを示す合図に思わず肩を撫でおろす。大山は俺という雑魚をきちんと処刑した、ということをアピールすべく皆の元に走っていく。その軽い足取りとは対照的に重い心持ちになった俺がいた。やはり何をやってもボロがでる。仲間がいれば組手もペアになってもらい異常を隠す手伝いをしてもらえたかもしれないし、あの日のアリバイも捏造してもらえるかもしれない。


 だが俺は今一人で誰の手助けもなくボロを出す瞬間を先送りにしているだけで、何一つ解決もやり過ごすこともできない状態で処刑を待ち続けている。酸素の無い水槽の金魚のように。


 この授業で決意した。何としても仲間を手に入れなければならない。様々な組織の中で最も好意的でかつ最も俺をどうこうできる戦闘能力の無さそうな金森レイナの提案に乗ってみよう、と。

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