特殊急襲部隊

 いやこれどうしろっていうんだよ、と挿画を見終わって思う。動画内容は実に20分、その中には会うための具体的な方法、他に隠れてくるためのスキルの話などてんこもりだった。


 まあ確かにこのまま放置していれば自然と締め上げられるのは俺の方だ。それだけは間違いがなく共犯者が誰もいない俺に逃げ道はない。人海戦術というものは途轍もなく恐ろしく、その数をここら一体に絞って導入すれば必ずボロは出てしまう。


 例えば不意打ちで『君が27個目を壊したんだろ?』と囁いて反応を見る辻斬りならぬ辻質問作戦でもポーカーフェイスの下手な俺は一撃で動揺し馬脚を現す。俺の知らないスキルの仕様や高レベル特有の特性がある可能性が存在するかもしれないことを考えれば時間はほとんど残っていない。


 全国指名手配して徹底的に追い詰めれば俺の心が先に壊れてしまうだろうし、それに国が何も秘策がないとは思えないのだ。完全に馬鹿ならともかく生まれた化け物を何とかできる可能性があるから追っている。


 まあここまで異常だとは思ってはいないだろうがそれでも日本人1億を敵に回し生きていける自信は俺にはなかった。更に知れ渡れば俺を捕まえようと両親を人質にする奴が出てきかねない。感動ドラマと題されるものが嫌いで親子愛にあふれているわけもないが、そんなひどい目に合わせてはならないとそこだけは胸を張って言える。


 だからこそ金森レイナはこのタイミングで急に会おうなどという無茶な話を持ち込んできたのだ。ここを逃せば国の手にわたってしまう可能性が飛躍的に高まるのだから。


「席について。朝礼始めるぞ!」


 動画が終わったすぐ直後に担任、出川が入ってくる。俗に熱血教師などと呼ばれるタイプの男はスポーツで鍛えた大きな体を揺らしながら元気よく叫ぶ。熱血教師、などと呼ぶと聞こえはいいが俺への嫌がらせを黙認している時点でふざけるなよという思いが募っている。その程度自分で解決しろ、という意味なのだろうしご自身は解決できたのかもしれないが全員が同じことができると思わないでほしい。


 まあ皆仲良く、という理想の前提には皆ある程度の前提は共有していてわかりあえるということを念頭に置いているわけで。そして社会に出るにはその前提を持たなければならないのだろう。例えば友人を作れるようにするとか、空気を読むとかそういう話だ。


「特に休んでいる人はいないな。じゃあまず連絡、皆聞いたと思うが3つ隣の駅でダンジョンができかけて壊れた。もしその件について何か知ってれば警察に連絡しろよー」


 一瞬どきりとして顔に驚きがでてきかける。警戒していてこれだ、やはり早く手を組まなければならない。俺の安全を保障してくれるどこかに。


 気付かなかったのか担任はすぐに後ろを向き授業を始める準備をし始める。一時間目は社会、こいつの受け持ちであり正直あまり興味のない範囲だ。皆も何たら大臣やら何やら条約とかを覚えるのはただひたすらに怠いらしい。


 だが今日は珍しく授業が始まるとすぐ寝る前の席の奴も奇跡的に起きていて、その理由は今日の授業の題材にあった。


「よーし今日は皆お待ちかね特別回、入試にはあまり出ないけど知っておきたい話だ。前回検非違使の話をしたがどんな人たちだったか聞いてみよう、ビル!」

「はい、平安時代に京都で都の治安を守っていた人たちです」

「正解だ!ポイント1点!」


 出川の問いかけにビルが素早くこたえ謎のポイントを手にする。10個集めれば平常点1点分らしいが、大学に入ったり冒険者になるときに関係ないのに何故あんなに夢中になるのだろう、と思ってしまう。が、それは俺に主観しかなく客観がないからなのかもしれない。他人から見た時にどう見えるのか、他人の作ったシステムに全力を出して乗れることに大人たちがどれだけ意味を見出すのか。


 自分から見て無意味かではなく他人から見て無意味か、でやるべきことを測る。きっと何らかのミスでビルが落ちぶれても出川やこれを見ている同級生は間違いなく手を貸すのだろう。実ではなく虚、物理的には見えない心や好感度というものに全力を出していると言えるのだから。そしてこれもまた社会で手をつなぐための前提なのだ。


 無駄にひねくれた感想を抱きながら前回の復習を聞く。結局こうやって達観したふりをしている自分も自分の世界という虚しか見ていない盲目な人間であり彼ら未満でしかない。うわー自分が低いって認められる人間スゴイナー、とその無駄に格好つけた考えを振払う。こんなこと考えても入試には受からないし警察から逃げれるわけではないのだ。


「まあそんなわけで平安時代の制度だったわけだ。で、ここに絡めて今日は授業の前半で現在の警察について説明しよう。勿論重点的にダンジョン周りの話をしてゆくぞ」


 わぁっと歓声が上がり、俺も視界を上にあげる。それを見て気分を良くしたのか出川は黒板にいくつもの文字を書いていく。


「まず警察の仕組みだが国家公安委員会というものがありそこを警察庁が管理する。この警察庁ってのは国の管轄でここが各都道府県の警察を指導する、んで東京の警察組織を警視庁と呼ぶわけだな」


 いかんもう眠くなってきた。そう思う俺の頭を迷宮という単語が強制的にたたき起こす。ちなみに迷宮とは海外ではダンジョンと呼ばれていたものを無理やり日本語に直したものだ。どの地域でも地下に潜っていく形なのは何一つ変わりはない。


「迷宮省、ってあるだろ?ダンジョン周りを取り仕切るために新設された組織だが面白いことにまずここに戦力が存在する。本来あってはならないんだがダンジョンと冒険者という危険に対応しなければならない以上最低限の戦力がいるんだ。ここを迷宮省特設治安維持部隊と呼ぶ。お前らもギルドで暴れたりしたらこいつらに取り押さえられるかもな」

「次にこれは警視庁、東京都の戦力だが警視庁警備部特殊急襲部隊、通称SAT、そして迷宮部機動隊の二つだ。前者は本当にまずい緊急事態の為に、後者はダンジョンから魔物があふれた時とかSATが動かないレベルの問題を解決するための警察だ」


 これが今公的に知られているダンジョン関係の警察3つだ、と自慢げに出川が語る。それを聞いた後ろの席の少女が隣の友人にひそりと語り掛けるのを聞いてしまった。「噂では27個目の件でSAT、動き出してるらしいよ」、と。

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