嫌がらせ

 事件から一晩。都立東西南とうざいなん高校、一体どの方角なんだよとツッコミたくなる名前の高校に俺は足を進めていた。この高校はダンジョン生成と同時期、首都近くでダンジョンに近いことから冒険者養成のための学校として舵を切り始め成功、数年でかなり人気の高校に成長したという過去がある。おかげで入るのにはかなり苦労したがそのかいはあったと思っている。


 季節は春、6月12日。いつの間にか高校二年生か、と思い返したのもあまりにも色々ありすぎたのが原因だ。冒険者を諦め普通に就職しようとしたら逆にどちらもできない可能性がでてきたのだから当然と言えば当然か。


 この学校は3年生から二つのコースに分けられ、一つが冒険者コースでもう一つが進学就職コースである。前者は2年生まででつちかった能力を基礎に一年でスパルタ式で鍛えられ即座にベンチャーや個人で冒険者としての活動を始める。後者は何も生かさず就職する。残酷なまでに才能で――、と言うには緩いが、それでも俺の道は確実に閉ざされていたのだ。昨日までは。


 寮は高校から少し離れた所にあり、毛虫の巣窟となり果てた桜の木の下を一人歩く。周りには同じように制服を着こんだ高校生たちがいるが俺に話しかける奴は一人もいない。異常な引っ込み思案、というか会話の喋るタイミングをうまくつかむのが苦手な俺は見事に高校デビューに失敗し友達ゼロスタート。そこから増やすこともうまくできず見事にぼっち生活を送っており、このままだとメタルスラ〇ムというよりはぐれメ〇ルとすら言えるようなありさまだ。


 まあそれを加速させたのは自分なのだけれども。


 校門の人込みを避け、玄関に入っていく。冒険者養成用の補助金で修理された玄関は少し古い校舎と相反する様子を見せており、それを学生たちは気にも留めない。


 この学生たち、という表現や妙に周囲を気にするのは自分の悪い癖というよりもそうしないとやっていられないから、ということもあるかもしれないのだろう。周囲の人は人間と人間、未来と過去の話をしているのに俺の周りだけはいつも静かで没頭できるものはないのだから。肥大した自意識、なんて言うのが正しいのかもしれない。


 まあそんなひねくれた俺の思考を更に捻じ曲げた要因は自分だけではない。クラス別に分けられた靴箱、よつじのよ、で一番端の所に向かうと自分の靴箱が見える。そこには二つの嚙んだ後のゴミがそのまま張り付けられていて、清掃員のおっちゃんが消してくれはしたものの落書きされた跡も確かに残っていた。


 おっちゃんに任せるべくガムを無視し上履きを取り出す。奴らの上手い所は一昔前みたいに画鋲を入れたり殴ったりは決してしない所で、問い詰められても『捨てる所を間違えた』『横の誰も使ってない靴箱に落書きしようとしたらはみ出しただけです』と言い訳できるようにしているのだ。そして当然学校はいじめ問題を表面化させたくないからその言葉を信じるわけである。


 社会ってうんちだなぁ、とため息を吐きながら階段を登ってゆく。うんち、という幼稚な表現を俺は妙に気に入っていた。クソ、カスだとまるで自分が一方的な正義であるように聞こえるがうんち、と言えば途端に正当性も攻撃性も薄まるように感じるからだ。


 実にしょうもない話は置いておくとして、教室に入ると一瞬目がこちらに向き、皆視線を元に戻し各々の会話を再開し始める。その中に今授業でダンジョンを一緒に潜っているメンバーである3人の姿が見えた。


 一人は大山栄太おおやまえいた。デカい体にデカい態度、そして『重戦士』としての高い実力を持つ学年1の前衛だ。いかつい顔をこちらに向け一瞬にやりと笑った後にすぐ視線を元に戻す。

 二人目は才何さいなんビル。この学校1の優しそうな顔のイケメンであり、大山を見て困ったような表情をするものの何も言わずに視線を逸らす。この学年1の『魔術師』で成績も一位、あまりにも腹立たしい奴だ。

 そして三人目が椎名しいなほのかで、いわゆるギャル?という奴で見た目もおおむね派手であり、『盗賊』としてこいつも学年1の女である。大山を使い嫌がらせをするのが趣味で吹き出しそうになりながら知らないと言わんばかりに前に向き直る。


 もうお察しだろうが何故俺がこんな学年1ばかりのパーティーに入ってしまったのか、それはグループ分けで友達がいなく立往生していた俺を先生がここに突っ込んでしまったからなのである。4人パーティーであと一人枠が開いていて、彼らにお近づきになりたい奴らであふれる中地獄に叩き込んだ結果才能がなく足を引っ張り続けることになったのだ。


「昨日のニュースみた!?」

「あれやべぇよな。東京に2つ目のダンジョンができそうだとかびっくりだよな」

「確かレイナさんが告知を出していましたよね、破壊した犯人に向けて」

「ビルお前レイナさん好きすぎだろ、でもそんなこと言うなよ椎名がむくれるだろ」


 会話が再開される中、その内容に衝撃を覚え席につき慌てて金森レイナチャンネルに接続する。もうあいつらのことはどうでもいい、嫌がらせのこともどうでもいい。ただ自分について彼女が何か言っているということが気になって仕方がなかった。


 金森レイナはダンジョン研究の第一人者でありながら冒険者としても活動している。その中で彼女は戦闘の才能がないにもかかわらず技や武器で補い戦っていた。戦って様々な事を知り名声を得ていた、あのクラス1のイケメンのビルが惚れこむほどには。




 ジョブというものがある。これは言わば矯正ギブスのようなもので魔力の流れや扱い方、スキルの外側での動きを補助するものだ。とはいってもゲームのように能力値補正はないので恩恵は低い……ように見えて意外と高い。


 この動きの補助というところがミソで例えば前衛ならば自然と相手を見続けダメージを食らってもとっさに立て直そうとするなど反射の部分にまで覆いかぶさってくる。どんだけ便利なんだよこのシステム、と思うと同時に脳の中を弄られているのではないかという恐怖すら生まれるが。


 大体は10前後のSPを使って習得するため低レベルの俺には関係なかったものであり、そして金森レイナは『銃使い』というジョブを使っている。本人のステータスは俺同様レベルに対しては明らかに低く、しかし高価な銃弾を使うことで本来の適正以上の所に潜り素材や調査結果、撮った動画で採算を取るという俺の理想とする低能力値の冒険者の立ち回りを行うのだ。だから俺は彼女を尊敬というより憧憬とわずかな嫉妬を胸に見ていた。


 金森レイナの動画新着を開くと確かに彼女の新規動画が出ている。タイトルは「ダンジョンを破壊したものへ」というタイトル。恐る恐る動画を再生すると、よく目にする消費者金融の広告が入り視界を遮る。


 ダンジョンが出てきてからというものの景気は明確に回復し、金は貸せば貸すほど得という事態に陥っていた。ダンジョンから出てくるものはそれだけ有益なものが多く勢いよく経済を動かしていたことを考えれば俺のやったことは極めてまずかったのかもしれない。実際ダンジョン崩壊を受け昨日の日経平均はかなり低下していたらしい。


『金森チャンネルへようこそ!今日の話は正に話題の中心、ダンジョンを破壊した人についてだ』


 いつも通りのお決まりのテロップのあと爽やかなBGMと共に金森レイナの声が流れてくる。画面下部に表示されている動画再生数は半日で300万を超えており相当なバズりよう、あるいは無理やり本人に届くように力技で押し込んだのか。


『さて犯人君の現在の状態を確認してみよう。ダンジョンコアを破壊し逃走したのち何食わぬ顔で家に帰ったものの国の発表で心臓バクバクといった所か。多分場所は首都近辺だよね、それも駅で数駅の範囲。』


 そして開幕の一言に衝撃を覚える。なぜだ……!?。彼女はいかなる技か自壊ではなく犯人がいると確信していた。破片の指紋、いやあれは衝撃である程度ひび割れ粉になり使える状態ではないはずだ。そして何よりこの話し方は返事が来ることを前提に話をしている。つまり相手が自身の拡散力の届く範囲の人間だと知っているのだ。あんな時間に塾周辺にいる人間は限られているとはいえ、心臓がバクバクしてくる。


『一応だけど『偽装』を使わずにアプリを起動していないよね?その場合は全力で今いる場所から逃げたほうがいい感じだけど、まあそれはさておきとして。今君は複数の組織に追われているわけだ、経験値をため込んだボーナスモンスターとして』

『そういうわけでまず私からのプレゼント、逃走用のスキルセットだ。一つ目は『鉄面皮』、表情を魔力で抑え込むスキルだけどこれと偽装を重ねることで大体の検問は突破できる、特に君のステータスならね。

『次に『幻影』、文字通り色々な事を隠すことができる。例えばナイフで傷をつけることでVITテストをするのなら血を流す幻影を出し本来のレベルをごまかすことが可能だ』


 ……情報量が多く、そして話の流れがわからない。確かに急速にレベルアップした以上バカみたいなSPはあまっておりこれら全てのスキルを習得することは確かに可能だ。だが何故彼女が俺の逃走を手助けする必要があるのか、その一点が意味不明だった。


 勿論動画のネタという面はあるのだろう。大体が経済的な損失の話だとか英雄として称える話だとかでこういった話をするチャンネルは他にはない。だがこういったレポートではなく提案と対話という動画を彼女が出している姿を俺は初めて見た。


 周囲が騒がしくなってきていて自分のことかとあたりを見渡すが当然始業時間に近づいたから生徒が増えただけであり、安心して画面に目を戻す。


 改めてみると美しい人だった。ロングの金髪に強気そうな眉、モデルにでもなれるんじゃないかと思えるほどの良いスタイルと身長。だがその顔の化粧は今日は微妙に濃く、よく見つめると隈が残っているのがわかる。


 画面の向こうの金森レイナは言葉を続けた。


『といってもこれだけでは国から逃げきるには足りないだろう、結局人海戦術と公的パワーに押し切られてしまい、見つかったらよくて実験材料か戦闘要員、最悪は殺されて経験値をお抱えの兵士に分配するための肉袋となり果てる。嫌だろうそんなのは?』


 ここでようやくああこれは交渉なのか、ということに気が付く。スキルの情報という餌を与え危機感をあおり、そのうえで道を提示する。とても手慣れた動きだった。


『だから明日21時、ダンジョン第48層Cブロック、その中央で会わないか?私は君の力に興味があるが同時に経験値のためだけに殺人が侵されることを看過できない。もし手を組めるのであれば逃走をさらに手助けしよう』

『ああ罠でないことを保証するために私は当日一人で来ることを約束しよう。調べてもらえばわかるが私はせいぜい2桁程度の能力値しか持っていないから制圧も簡単だろう』

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