情報交換

 冒険者という職業には様々な形態がある。例えば単純に中で出現する魔物と呼ばれる存在を殺し素材をはぎ取り、国に売りつけるタイプ。あるいはマッピングをメインとし中で生成される鉱石や特殊な植物の採取も同時に行うタイプ。そして彼女、金森かなもりレイナは研究者兼配信者としての活動がメインであった。


 Y0utubeの登録者は30万人ほど、ここ数年だけの活動でエンタメというよりはレポートの紹介に近い内容、しかもただまとめるのではなく全て自らの足で実地調査していることを考えるとその異様さはわかるだろう。投稿頻度も低く、内容もマニアックであるのにそれだけの人気を残すのは顔や本人の性格よりもその報告内容によるものが多い。


 深夜0時、暗い部屋の中で光る画面に向かいレイナはキーボードをたたき続ける。きれいな金髪をぞんざいに束ねその端正な顔を邪悪に染め、直ぐに彼らと連絡を取るための専用端末を起動する。


 一昔前に流行ったTorのような匿名化を行って通信できるようにした中古のスマートフォンにコンビニで買える購入者の特定が困難なプリペイド式simカードを差し込み完成する逆探知の難しい端末。数コール音が鳴り響き、直ぐに目的の相手は出た。


「私、Kだ」

『こちらIだ、通信は傍受されておらぬな?』

「大丈夫。対策はしているさ。なあ『Subordina眷属たちtes』。最近はSODなんてよばれているんだろう?」


 テロ組織SOD。ダンジョン成立時期から様々な破壊活動、地上での殺人などを繰り返し遂には破防法適応にまで至った極めて凶悪な犯罪者集団である。名前の和訳、配下という意味の通り地球を唯一神と定めその配下として地上の浄化活動並びに神への供物をささげることに全力を出している組織だ。


 その彼らとレイナは楽しそうに話を始める。ただしそれは情報を奪うという事に対する喜悦であったのだが。


「まあ一言でいうと2つ情報が欲しい。代わりに私はダンジョン崩壊について一つ渡せる情報がある」

『ほう……それはどの程度のものじゃ。我々もあの件については手を焼いておる。事故か本気の殺人かも分からぬし、実行を任せた信者たちも行方が知れぬ』

「へぇ、SODってダンジョンを生成する力があったのか、流石」

『わざと漏らしておる。それにこの話を持ち掛けてくるということは自衛隊どもより先に現地を視察し状況を確認したからじゃろうに』


 その言葉にレイナはにやりとしながら机をとんとんと叩く。ボイスチェンジャーで変換された女性の声は不快そうな音を立て、苛立たしそうに早口に話を進めた。


『で、何と何の交換じゃ?』

「このステータスというシステムの話と日本政府は何をしようとしてるのかという話が欲しい。こちらは自衛隊の介入前に見た現場の情報を出せる」

『乗った。前者の2情報は知る人ぞ知る話ではあるがお前の情報は秘匿されすぎておるからの』


 この二人は以前からこういう関係だ。互いにボイスチェンジャーを使い声も名前もしらない。ただ裏社会との繋がりに薄いレイナはそっち側の情報が欲しく、またSOD側もレイナの情報網による情報を欲していた。


 携帯にはウイルスによる盗撮を防ぐための黒シールがカメラに張られている。レイナはもう片手にプラスチックの小さなケースを持ち見せびらかすかのように塞がれたカメラの前にかざす。


「じゃあこっちから。現地に行ったらSODの信者らしき死体が7確認された。うち6人はで、最後の一人はコンクリートの破片に貫かれていた。死体の様子からしてこの二つには大分ラグがあるものと思われるよ」

『炎系……エグシルの奴か。まだレベル50にも満たないガキが不相応な力を得ようと味方を裏切るからこうなるのじゃ。全く儂が『かみ……コアを日本に運び込む苦労を考えてほしいぞ……』


 ほらこれだ、とレイナはにやりとほくそ笑む。犯人の名前と、最近起きていたニュースとの整合性。23個目のダンジョンの不調はダンジョンコアを引っこ抜かれた抜け殻になったことが原因で、そのコアは27個目として日本に来た、つまり。何年にも渡り力を蓄えたコアを破壊したからこそあれだけの魔力と経験値を保有し続けていたのだろう。そしてコアの謎の言い換え。あれはただのコアではなくSODの宗教的に重要なものだということか、とレイナは頭の隅に書き留める。


「あと一つ。確実にそのエグシルを殺した奴がいる。その場に大量の魔力があるはずなのに存在していなかった、つまり誰かがコアを破壊し全て吸収していった可能性が高い。」

『……それはコアの力が弱かったという可能性は?」

「いや、『転移』らしき魔術の発動痕が残っていてそれがあまりにも大きかったのさ、化け物が力づくで転移したようなそんな印象の。恐らくコアの経験値を全て吸引した何かが生まれているよ。それが誰かはわからないけどね」 


 そう言いながらレイナはプラスチックケースの中身をトントンと叩く。その中には十数本の髪の毛が入っていた。コンクリートの破片周辺に落ちていたものを集めていただけだがこれは極めて大きな調査対象となる。


 ケースを開き用意していたハサミで勢いよく断ち切ると、異様な感触が手に伝う。その中の一本だけが異様な張力でハサミに抵抗していて、一体何レベルあるのか想像がつかない。針金をちぎろうとしたかのような感触にレイナは確信を覚えながら話を続けた。


「で、私の質問の方はどうなっているかい?」

『じゃあまずステータスの話から。答えだけ言えばあれは作られたものだ、ダンジョンが生成される前にそのことを予知していた国によっての』

「やっぱりそうか。恐らくだけど結界的なものだよね」

『どこまで調べているんじゃお主は……。まあその隙をついてスキルに『転移』や『偽装』、『変装』など様々な悪事に使える術を登録したのがわしらSODじゃ』


 そうやって配下の育成速度を高めたのさ、奴らの結界を利用しての!と携帯の向こうから高笑いが聞こえる。ならば理解はできる、スキルシステムや能力値の不自然さが。当たり前だがSTRなんていっても何の話をしているのか、足の筋肉なのか魔力による強化なのかどこが基準かわかったものじゃないし、何よりあまりにもゲーム的すぎる。


 つまりこれは世界がゲーム的なのではなく一般人にもわかりやすいように意図的にゲーム側に寄せたということ。意図は恐らくSOD眷属たちと同じ自身の戦力強化だろうとレイナは目星をつける。隣のダンジョンが7つある中国に比べ日本は一つ、レベルアップする機会もタイミングも少ない。万一戦争に影響するほどダンジョンによる影響が大きくなった時に人口もダンジョンも少ない日本に勝ち目はない。故にステータスとスキルという教科書を作ったのだろう。


 そしてもう一つ理由があるとするならばおそらく諸外国で起きているダンジョンと魔術などを使う人間への排斥運動だ。これらを抑え込むために国民全体をステータスシステムで巻き込み、お前もレベルアップできるしスキルも使えるこちら側の人間だ、という風にしたのかもしれない。人間が迫害するのは自分の理解できない世界と価値観、能力だからであり自分もそちら側に含まれていると分かれば迫害なんてできない。それは自分の首を絞めることになるから。


『因みにオリジン、というのを知っておるか?』

「何それ」

『ジョブというシステムがあるじゃろう、あれの元となった人物じゃ。それぞれのスキルやジョブは実在する超人を元にデータが造られている。例えば可部迷宮大臣、あの男は『拳士』のオリジン、ジョブの元となった空手家じゃ』

「なるほど、それで日本の武術が多いのか。サンプルとして取得しやすかったから」


 そういやあの大臣空手家だったな、と思いながら話を進める


『まあそんなもんじゃな。んでもう一つ、日本政府の話じゃな』

「うん。治安維持、を目的にするわりには動きが激しすぎる。今回の件だって仮に高レベルの人間が生まれたとしても被害が起きてから対応すればいいとおもうんだよね。なのにアプリからの情報収集に通報だの確保に全力を尽くしてるしあの言い方だと見つけても隠蔽する気が満々じゃないか。何かやらかしているんじゃないか、と気になってさ」

『まあそれもよく知られている話じゃな、あくまで一部でだが』


少し息を吐いて沈黙、ボイスチェンジャー越しの声が憂鬱そうに答える。


『日本本土を宇宙に脱出させるためにダンジョンという釘を抜きたいんじゃよ』




 さて、と聞きたいことが終わり通話を切る。レイナは最後の言葉の意味がかけらも分からなかった。そもそもダンジョンという物が何故あるのか、釘という表現はどういうことか、宇宙に脱出とは何の話をしているのか。全てだ。


 だがこの通話相手は嘘を言わない。日本で、そして世界で何が起こっているのか何も分からない。


 昔の話だ。レイナには父がいた。ダンジョン黎明期、娘と妻を置いてSODと国の間を駆けまわり挙句の果てに殺されたような親だ、ダメ人間と呼んで差し支えない。だが彼の残した破損した資料を見てレイナが思ったことは一つ、なんて楽しそうなことをしているんだ、だった。血は争えないということを心の奥底から実感した時だった。


 だからあまりにも楽しかった。身近に意味のわからないことが雪崩のごとく進行している。レイナは父親同様極めて知的好奇心が強い人間だ。あれも知りたい、これも知りたい。世界は今ひっくりかけされた玉手箱の山なのに、これを一つも見ずに終わるなら何のための人生なのか。


 だがそのためには力がたりない。この争乱という祭りに参加する手札があまりにも不足していて、ドローする手段は限りなく少ない……はずだった。今回の件が起きるまでは。


「やっぱこのダンジョンを破壊した人を仲間に引き入れないと。とりあえずそいつのDNA情報は髪の毛から抜き取れて、そしてSODにも情報を流せた」


 初めからこの交渉は情報を流すためのものだった。次の策を始めるためにレイナはPCを叩き動画を作成し始める。タイトルは『ダンジョンを破壊した人へ』。内容は経験値のために殺されかねないという危機感をあおり、最後に連絡を取り合うためのとある方法を張り付けるというものだ。これを父の残した財産の一部を使い広告を貼り付け無理やり動画を拡散することで力づくで本人に届かせる。


「ダンジョンに向う見ずに突っ込む、それでいて自分の殺した死体の処理を怠ることも観念して初めから国に降服することもない。そこまで年齢のいかない、学生くらいの人間なんじゃないかな?なら私のチャンネルを見ている視聴者層的に届く可能性がある……!!」


 もしここでその化け物を手元に置けるのであれば。世界のより裏側に食い込めるのであれば。父の残した資料を読み解き世界の謎を解き明かすことができるのであれば。


 



―――――――――――――――


金森レポート 執筆者 金森一教授


経験値について


 人間が魔物を倒しレベルが上がる、この現象は異常である。食しているわけでもなければガスを吸い込んでいるわけでもない、にもかかわらず力は確実に移動している。


 調査結果として■■■■を12炭素を用い研究室にて人工生成、追跡させる。対象は二匹のスラ■ムであり片方に片方を殺させた後に魂を測定する。この結果人間は魂という一つの■■■■を■心■■■■■■■を守り規■的に配列されていること、故に経験値は魂に吸収されること、そしてレベルの高い人間がレベルが■りにくい理由がわかる。つまり魂とは特殊な■■■であり、経験値と魔力の違いは虚■■■の正負であることが推察される。


 

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