スキル習得
意識が覚める。先ほどからまだ数分しかたっていない、それくらいの時間である。だがあの禍々しさも地面が吸い込まれていく現象も消え去っており、あたりには飲み込まれる最中で止まったコンクリートの滝がドスリドスリと流れ落ちている。その中に倒した術者の姿が残っており、手にはあの球体が残っていた。
紅い球だった。血のような、というよりは血そのもののような姿をしたそれは無機質な肌をしながら確実に生命があったことを思わせる。その肉は球から一本の糸となって地面の中に潜り込んでいて、先はコンクリートの下敷きとなり見ることはできない。
「連絡とらなきゃな……ってスマホ壊れてるじゃん。やべえなアカウントログインしなおせるかな……」
空を見上げると青い空がコンクリートに埋もれている。仕方がない、まずは脱出しないと、軽くよじ登ろうとしたところで異変に気が付く。あまりにも体が軽い。今なら空でも飛べるのではないか。
冗談半分で全力でジャンプをしてみる。その瞬間足の筋肉が異様な稼働を始め体が一瞬で宙に舞い上がり、軽く数百メートル上空までたどり着いたのだ。
建物の端に着地すると全く何も無かったかのように地面に立つことに成功する。そうかレベルアップか、という思考にたどり着くまでに時間はかからず、改めてステータスオープンを行ってみる。
四辻博人
レベル 9999
STR 8712 VIT 9643 INT 5923 MND 7632 DEX 4678 AGI 5698
HP 18739 MP 11839
スキル 『弱スラッシュ』 SP 9999
……うん人間じゃねえ、今うちの先生のレベル36だぞおい、と思うとともに改めて自分の才能の無さを思い知らされる。レベル9996も上昇しておいて1レベルにつき1すら能力値が上昇していない。基本1レベルに付き全ステータスが2~4、才能がある奴は特定のステータスが二桁上がるのが基本なのにあまりにも酷い。とはいっても現行の最強と言われている人のレベルが500とかだから、全ての面において今日本最強は俺なのかもしれない。
唯一VITが高いがそれでも1レベルにつき0.8だ。いやあ酷いという思いと共にSPの高さに目を引かれる。これも他の人のレベル9999よりは低いが大した数字である。建物に腰掛けながらスキル習得の表示を開く。
『スキルもおかしい。システムにしては出来すぎているし技の一部が実在するものと酷似しすぎている。魔術系は全く見知らぬもの……のように見えて特に陰陽術系が充実しすぎてる。やっぱり偏っているよねこれ』
これも俺の好きな配信者が言っていた言葉だ。それを思い出しつつスキル習得のパネルを開くと大量の情報が流れ込んでくる。魔術で発動したからよかったもののこのウインドウをスマホで表示したら果たして何回スクロールすればよいのかわからない。そんな分量だった。
「しかし改めて考えると人殺したんだな俺」
まあこんな街中にダンジョンを生成しようとした奴だ、同情の余地はないもののバレた時に殺人犯扱いされないか、という恐怖が心を覆う。いやこの能力値なら大丈夫……と思いたいが流石にそうはいかないだろう。
もしあれが仮に何かの組織の人間で、隠れた化け物が大挙して襲ってきたら。あまりにもしょうもない空想だがダンジョンなんてでるこのご時世、何があってもおかしくない。
とりあえずスキル欄を漁って……あった、『偽装』と『修復』、『転移』と『鷹目』。冒険者を夢見た時に色々調べた時に見た奴だ。『転移』以外は3SP、『転移』は6SPなので習得してステータスは以下のように更新された。
四辻博人
レベル 9999
STR 8712 VIT 9643 INT 5923 MND 7632 DEX 4678 AGI 5698
HP 18739 MP 11839
スキル 『弱スラッシュ』『偽装』『修復』『転移』『鷹目』 SP 9984
頭の中に再び何かが入り込むような感覚とともに動きの定型というか教科書のようなものが叩き込まれる感覚がし、それが収まると共にスキルを宣言する。
「よし、『修復』『偽装』っと」
スキルは宣言と共に体内の魔力をスキルという導線に沿わせることで能力を発動させる、というのは聞いていた。だがあまりにも一瞬で服もスマホも元通りに、レベルが元の3にまで偽装されたのは正直驚きだった。
光の粒が一瞬で収まるとともに続けて『鷹目』を発動、視界を少し離れた駅前に合わせ『転移』を発動、人から見えない位置に一気に移動する。
あまりにも素早い馴れというか、長年使いこんだかのようなそれぞれのスキルの扱い方。これが一瞬でできる所がスキルシステムの肝なのだろう、と何となく思う。俺みたいな才能のない人間でも、つい数秒前に習得したものを熟練の腕で扱えるようにするということが。
視界が切り替わる。少し離れた路地裏、ダンジョンの生成にどよめく群衆の後ろをすり抜け俺は帰宅する。
本当に気持ちのいい一日だった。初めて自分が人生の主人公になれたという確信を持ち、力という点で大きな優越感を持てた。胸の中は正に踊っていたのだ。
『えー、まあそんなわけでダンジョンの破壊が確認されたわけですが、現在警察は総力を挙げて犯人を捜索しております。周囲に急に高レベルになった方がいた場合はすぐさま通報を』
『怖いですねぇ、正義の味方かテロリストかわかったものじゃありませんよ』
『一部政治家からは「ダンジョンから出る利益を全て潰された!ダンジョンという国民の共有物を損壊させたものにはその罪を償わせなければなりません!」などといった意見も出ており……』
さて、どうしようか。
寮に帰り『修復』で治ったスマホを起動すると一気に大量の通知が流れ込んでくる。大半は実家の親によるもので友人からのものがないあたり俺らしいといえばらしい。
2046年、日本は地価が飛躍的に上昇しているのと同時に各地の高校の格差が広がり始めていた。特に首都近辺のダンジョンの近い地域の学校は頻繁にダンジョン遠征を行い冒険者の予行を行える。だがそこに通うためには首都近辺に住まねばならず、そして地価の関係上家族全員での引っ越しは難しく寮へ入るのが基本となっていた。
だから今、寮の部屋は俺一人なのだが。
「さて事件はどうなってるかなっと」
Y0utubeを開き動画一覧を開く。俺は冒険者系の動画ばかり見ていたのでおすすめ欄はそれ系統のものになっているはずなのだが今日の表示は大分違って見えたのだ。
『27個目のダンジョン崩壊が確認!?』
『緊急記者会見を迷宮省大臣が今晩行う模様』
『生成失敗した模様www』
『テロ組織『
『23個目のダンジョン不活性化か、27個目と関係は?』
……赤い文字で大量に文字列が並んでいる。全部俺の話だ。夕飯を食べて帰ってきたから時間は遅く、迷宮省の会見は既に始まっているようで中継のチャンネルを開く。迷宮省とはダンジョンの攻略を管轄する行政機関で素材の売買からダンジョンに関する研究まで行っている所だ。例えばステータスを魔力を使わずに表示できるアプリもそこが造ったものだ。
慌てて中継配信をつけると既に記者会見は始まっていた。壮年のガタイのいい男、可部大臣がフラッシュの中マイクに向かっている映像が表示される。明らかに焦ったというか動揺している大臣から声が発せられる。
「えー、今回の事件についてですが。ダンジョンは崩壊、完全に崩壊しました。理由は現在二つ考えられております。一つ目は生成時のミスでダンジョンが自壊してしまった場合、二つ目は誰かがコアを破壊した場合です。その場に残されたコアから原因を探索していますが現在調査中です」
ざわざわとする会場の音が消えてすぐに静まる。咳ばらいをした大臣は言葉を続ける。嫌な予感はしていた。あの状況で、コンクリートの破片と死体は残ったままだ。ならば殺人事件であり誰かが殺した可能性の方が多いのに。
そこでやっと死体も処理しておけばよかったのに、と思い至るあたり本当に俺は動揺していたようだった。思いつくべきタイミングに感情に左右され何も出てこなくなる、そういうところはレベルが上がっても変わらないんだなぁという感じだ。
「そういうわけでして、本日より迷宮省公式ステータス閲覧アプリより
最後の締めの言葉だった。俺がぞっとしたのは。幸いにも『偽装』のおかげでレベルはごまかせているはずだがもししていなかったらどうなったのだろうか。それを放っておいて画面はコメンテーター達に切り替わる。
『えー、まあそんなわけでダンジョンの破壊が確認されたわけですが、現在警察は総力を挙げて犯人を捜索しております。周囲に急に高レベルになった方がいた場合はすぐさま通報を』
『怖いですねぇ、正義の味方かテロリストかわかったものじゃありませんよ』
『一部政治家からは「ダンジョンから出る利益を全て潰された!ダンジョンという国民の共有物を損壊させたものにはその罪を償わせなければなりません!」などといった意見も出ており……』
『まあでも自壊した可能性もあるんじゃないですか』
『もし自壊なんてするならもっと世界中にダンジョンのなりそこないがあっていいとおもうんだけどね』
そしてtwltterを覗くとすぐにあの配信者が出てくる。俺の好きな配信者。戦闘能力は低いもののその洞察力と交渉力で様々な発見、攻略、ダンジョンのショートカット作成など多大な功績を持つ女性。女性といってもまだ18のはずだがその大人びた容姿と雰囲気が年齢を忘れさせる。
『これ確実に誰かが破壊したね。そいつを捕まえた上で自壊だったということにしてしまいたいんだ、国は』
『目的は経験値だろうね。そいつが
……恐らく彼女の考察が正解なのだと俺の勘は告げていた。経験値は殺せば奪うことができる、そして俺は9999レベル分の経験値を持っていて、敵は国。
あれ、詰んでね?
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