第20話 脈あり?=火種

 一時間後、やっと二人は俺の部屋から降りてきた。

 その間、俺は二人を止めるのを諦めて、居間に置いてあった英単語帳を覚えていた。

 もはや恥ずかしすぎて”美少女二人と一つ屋根の下”という状況でも何も感じなかった。


 “美少女は二人いると緊張がなくなって勉強がはかどるらしい。”


 悲しい世界の真理を知った。(現実逃避)


「その~、健太郎君怒っている?」


 恐る恐ると言った感じで降りてきたばかりの千里さんが単語帳をやっている俺に声をかけてきた。酔いもさめてきた千里さんは少し反省したように言う。


「千里さんこそ、折角傍にイケメンもいて酔いもまわってきて楽しい気分だったのに俺が水をさして怒っているんじゃないんですか。」


 思わず、悪態をつく。反省しなければならないのは俺だって思っていたはずなのに。自分がガキすぎて嫌になる。他は半人前なのに、イケメンへの嫉妬だけは一人前にあるらしい。


「凛ちゃんからあの四人組が言っていたこと聞いたわよ。健太郎君は私のこと守ろうとしてくれたんでしょ。」


 真っ直ぐな瞳で千里さんが見つめてくる。どうやら凛は二階で余計なおせっかいを焼いてくれたらしい。


「それもありますけど、あんな人たちが千里さんといるのが許せなかったんです。」


 幼馴染の優しさと、千里さんのまっすぐな瞳に答えるために自分の醜い部分を吐露した。

 あの時の気持ちは気遣いじゃなくて、言ってしまえば彼氏でもない男の独占欲に過ぎなかった。だから、千里さんに吐かしてしまったのだ。身勝手な優しさだった。

 それに、我ながら独占欲とか気持ち悪い。


「いっちょ前に独占欲?」


 俺の顎に手を当てながら俺の心を言い当てるように、ニヤニヤと千里さんはからかってくる。

「そうですよ。悪いですか。」

 俺はやけっぱちでこたえる。嫌われるかもしれないと思うと怖かった。


 でも、

「ううん。そんなことないよ。嬉しかったよ。」


 と、目を細めて俺を見つめてきただけだった。

 きっとこれが優しさなんだなって思えた。


「二階で二人きりの時にフォローしてあげた可愛い幼馴染に感謝しなさい。」


 独り感傷に浸っていると、何故か上機嫌な幼馴染がその大きな胸をはってきた。


「はいはい。可愛い。可愛い。ありがとう。」

「なんで千里さんには丁寧で私にはそんなに雑なの。」


 むくれ顔で凛が聞いてくる。


「だってお前、結局俺のエロ本みただろ?」

 千里さんのことは棚に上げて言ってみると、


「うん。けんたろーが胸が大きい女の子が好きなのは良くわかったよ。」


 逆に凛は俺のことをからかってくる。

 ああ、これで揶揄えるからご機嫌だったのか。

 そして、なんか性癖をばらされた。隣では千里さんが酒のせいではなく赤くなっている。千里さんもみただろうエロ本を思い出しているのだろう。

 まあ、エロ本如きで千里さんに嫌われずに済んだんだからよしとするか。


 …いや、絶対にこれも黒歴史認定だから、あとで記憶から抹消するけど。



 やいやいと叫んだ後、千里さんと凛は俺のベッドで寝ることになった。俺は居間のソファーだ。

 千里さんも凛も床でいいと言ったがそれは固辞した。

 千里さんは吐いたばかりだし、凛には俺をフォローしてくれた恩がある。


 それに、もしも居間に二人が寝ていたら、俺が水を飲んだりするために居間を通らなければならない時に困る。自分の理性を抑えられる自信がない。大丈夫だとは思うけれど寝ぼけ眼で、美少女二人が無防備にへそでも出して寝ていたら襲ってしまうかもしれない。


 どうやら二人とも俺のことを信頼してくれるようだったのでそれを裏切るような事態になるのだけは嫌だった。


 *



 電気を消して寝ようとしても二人の会話とかが気になったりして、やっぱり寝れない。

 そうやって、悶々とした夜を過ごしていると階段を降りてくる音がタッタッタッと控え目にした。

 しばらくして、トイレから水を流す音も聞こえてくる。

 

 そして、

「健太郎君起きている?」


 消え入りそうな声で、千里さんの声がする。

 女の子はお手洗いの音を聞かれるのが嫌と聞いたことがある。だから、黙るのが正解かと思って黙っている。

 すると、足音がどんどんと大きくなる。暗闇にいたせいで聴覚が鋭敏になっている。だんだん近付いてくるのがわかる。


 そして、その足音もとまり、近くに千里さんがいる気配がする。


「今日はありがとね。少女漫画のヒロインになれたみたいで楽しかったよ。吐いちゃうようなヒロインだけどね。」


 なんて笑いながら俺の前髪を左右にかき分ける。そして、細い綺麗な指で俺の頬を触ってくる。

 にやけて頬が動かないように頑張る。

 だけど、千里さんの言葉の破壊力は超弩級だった。


「健太郎君は年下の王子様ってところかな。」


 もう無理。にやけがとまらない。

 そして、俺の頬の動きに千里さんが気付く。


「健太郎君、起きていたの?ひどいよ~。」


 泣きそうな声で千里さんが叫ぶ。目を空けると千里さんが顔を手で覆っているのがわかる。暗くて見えないが絶対、耳まで赤くなっている。しっかりと顔が見えなくても可愛いとか神すぎる。


「王子様のキスでこの夢から覚ましてあげましょうか?」

「健太郎君調子にのりすぎ。」


 そうして、耳を引っ張られる。

 恥ずかしさのせいか力加減ができていない。

 結構、痛い。

「私はあなたの教師なんだからね。教師のうちは王子様になんてなれませんよーだ。」

 そう言って恥ずかしそうに千里さんは去っていく。

 階段を上がる音が先ほどよりも大きく聞こえる。

 そのまま、高鳴る鼓動と共にどうにか眠りにつくのだった。


 翌朝

「けんたろー。朝だよ。って、耳に何か痕がついているよ。何かあった?」

 千里さんが引っ張った耳はあとがついているらしかった。居間に俺を起こしに来てくれた凛に指摘されてしまう。

 その指摘に

「いいんだよ。飼い主に首輪をつけられただけ。」

 と答え、気合いを入れる。


 教師に教え子という名の首輪をつけられた。だから、受かってこの首輪をとって王子様になってやる。と朝から決意をメラメラわかす。


「なにそれ?」

 苦笑するような心配するような顔で凜が静かに微笑む。



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