第17話 ヤンデレと天使の優しさ

一時間くらい泳いでいると、折角可愛い女の子と来たのにそこから離れている現状の馬鹿らしさを感じるようになってきた。

そこでプールから上がって千里さんたちを探そうとする。


千里さんと凛の組み合わせは直ぐに分かった。周囲の視線を追っていけば自ずと千里さんたちが見つるのだ。正直、県営のプールなんかにいていいような人たちじゃない。

芸能人なんかよりも数倍可愛くて綺麗な二人組だ。目で追うなという方が無茶だろう。


男からは千里さんと凛への欲情的な視線、女の人からは羨望と嫉妬の視線を受けていた。

 

そうした注目の集まる場所に行くことに少しだけ緊張しながらも、二人に向かっていく。千里さんたちまでの距離がもうあと、一〇〇m程となり、話しかけようとした時、大学生のサークルのような集団四人組がいきなり二人に声をかけてきた。


「おねえちゃんたち二人?俺らと遊ばない?」

 茶髪にパーマ風の男が濡れた髪を横にかきあげ、水を絞る動作をしながら声をかける。


「いえ、私たちはつれがいるので。」

 少しか細い声で千里さんが断る。


「そうなの?それってもしかして彼氏さん?」

「彼氏ではないです。私は彼氏いないので。」

「じゃあ、その子も一緒に遊ぼうよ。」

「いや、でも」


 千里さんは固い声で拘泥するも

「いいじゃん。いいじゃん。」

 短髪の黒髪のイケメンも割って入ってくる。腹筋も割れていて鼻筋も高く、眼は二重で肌も白い。ハーフモデルのようにかっこいい人だった。〇ねばいいのに。


「つれがコミュ障のボッチなのでやめてもらえますか。」


 こんなウェイ系の集団に割って入るのは嫌だったけれど、二人の好感度上がるかなと下心満々で頑張ったぜ!

 でも、実はこれボッチアピールしただけで、好感度むしろ下がっていない!?


「ははは、いいじゃん。いいじゃん。俺らコミュ障とでもやれるよ。」


 茶髪の男が大きな声で声をかけてくる。

「はぁ。迷惑って言っているのが分からないんですか?あと、ボッチは空気が読めないんです。係員さんに迷惑な客をどうにかしろって言いますよ。」


 好感度なんて稼ごうとした罰だと思って最終手段にでる。

 小学生の『い~けないんだ、いけないんだ、せんせ~いに言ってやろ!』並みにウザイ行為だよなぁ、これ。

 ラブコメの主人公とか何だかんだで、こういうところではバシッと決めて好感度あげるのは何なのか。

 むしろ俺は好感度が下がりそう。


 現代で空気が読めない奴とかもてない要素ナンバー1だと思う。

 陽キャですら、彼女いない奴は大抵空気が読めなくて声が大きな奴だ。アニメの中にもそんなキャラ一杯いるしな。


 そんな風な空気の読めない人だと千里さんに思われるのは少しだけ悲しかったけれども、誘った立場としては彼女たちの好感度とかが下がろうが、彼女たちを守らなければならない。


「はぁ。君たちもこんなの相手にしていても疲れるだけでしょ。こんな子捨てて、俺たちと遊んだ方が楽しいと思うけど。」


 三人目の特に特徴のないモブっぽい顔の人まで声をかけてくる。残念ながらこの言葉は否定できない。もしも二人がこの人たちと遊びたいなら仕方がない。二人がそう言うなら、出された飲み物だけは飲まないように(凛には特に)注意して立ち去ろう。それさえ気を付ければ、最近問題の性の搾取なんて事態にはならないだろう。

 そう思って、凛たちにどうしたいのかを目線で尋ねる。


「疲れるのはそうかもしれないですけど、あなたたちみたいに、人の気持ちを踏みにじる人たちといるよりも楽しいですよ。」

 凛がニッコリ笑いながら青筋をたてて口を開く。よく見ると怒りで口元が震えている。

(凛、どうした?そんな俺みたいなひねくれた喧嘩の売り方するなよ。逆恨みされるぞ。)


 小声で喋りかける。


(ムカついたからいいのっ。けんたろーはだまってて!)


『凛ちゃん、俺の心配の気持ちを踏みにじるのはいいのね。』

いや、俺のことを思ってくれるのは嬉しいから流石のコミュ障でも口には出さなかったけど。


「はぁ!?何、年上にむかって失礼なこと言っちゃているの?巨乳だからっていい気になるなよ!」

 四人目の今まで黙っていた少し顔面が残念な人が声を張り上げる。

 いや、お前には言ってないから。

 ここでブチ切れるとか、お前、俺と、性格も顔もどっこいどっこいだぞ。


「すみません、でもホントに今日はこの二人と楽しんでいるんです。」


 さっきとは打って変わって、千里さんが大人の優しさと強さで、今にも突っかかってきそうな残念男と凛の間に割って入る。


「いえいえ、俺らも失礼なこと言ってすみません。でも男の子一人に女の子二人の一対二って健全じゃなくないですか?」


 黒髪のイケメンが場をとりなすように声をかけた。


「いえ、私は彼らの講師なので一対二でも健全ですよ。」

 要らぬ情報を千里さんが喋ってしまう。

「じゃあさあ、君だけでも一緒にどうかな?お守りも疲れたでしょ。二人も講師なんていたら楽しめないだろうし、それに…」


 その言葉を発した後、黒髪のイケメンがこちらを見ながら何やら千里さんに耳打ちをする。

 おい、イケメン。顔がいいからって千里さんにそんなに近づくんじゃねー。


「そういうことなら。」


 千里さんが何故か頷いてしまう。


「ちょ、どういうことですか?」


 思わず声を上げる。


「まあ、大人にしか分からないこともあるんだよね。じゃあ、二人も楽しんでね。」


 イケメンがしてやったりという顔をして千里さんと共に仲間を連れて行ってしまう。


 イケメンは明らかに下心があった。他の人が喋っている間、千里さんには気づかれないように千里さんの細くて綺麗な肢体をねっとり見ていた。


「ねえ、けんたろー、どうするの?」


 見れば、優しい幼馴染が俺と同じように心配そうな目線で千里さんが去っていく方向を見ている。


「うーん。ま、千里さんがついていったんだからどうしようもないだろ?」

 色々と千里さんのことを考えながら俺はそう言った。


 *******************

17.5 『天使は浄化魔法(対ヤンデレ)を使えるらしい。』


 千里さんが連れていかれた。私のせいだ!…どうしよう。

 確かに、私だってけんたろーと二人きりになりたかった。けれどこれは違う。あんなよく分からない連中に千里さんが連れていかれるのは嫌だ。


 千里さんは、私と違って天然の中の天然な人な気がする。優しすぎる。それを考えると、ちょっと、危ない気もする。私は昨日のことを思い出しながら、泣きそうになっていた。


***********************************************


 私は“デート”を邪魔するために、盗聴したすぐそばから、千里さんの電話番号を先輩のアーリン経由で何とか探し出した。ラインではなく、電話番号を知っている人は少なくて、けっこー苦労した。


 ラインでもよかったのだけれどラインだとメッセージのやり取りから始めなければならないので何が何でもけんたろーとのデートを止めようと焦っていた私には面倒だった。

 何とか電話番号を探し出した後、けんたろーの家庭教師が終わった頃を見計らって、速攻で電話した。泥棒猫を軽く懲らしめるくらいのつもりでいた。

 

プルルルル、プルルル


「向井千里です。どちら様でしょうか?」

「えっと、けんたろーの幼馴染の凛っていいます。」

 彼氏って言いたかったけれどいきなりそれを言うのもおかしいと思って、幼馴染と言った。ホントは、『泥棒猫!!私のけんたろーをとるな!』くらい言いたかったけど、ちょっと色々変な噂をされそうなのでとりあえずは様子見だ。


「凛ちゃんってあの凛ちゃん?けんたろー君から話は聞いているよ。どうしたの?」


しかし、私のテンションとは真逆の弾む声で千里さんは声をかけてきた。


「えっと、千里さんとけんたろーがデートに行くって聞いたんですけど。」


「あはは。そうなんだよねぇ。情けないことにけんたろー君にからかわれちゃって。」


「そうなんですか?けんたろー、結構本気に見えましたけど?」


 私は千里さんに探りを入れた。千里さんがけんたろーをたぶらかすつもりだったらどうしてあげようか?

 監禁生活2日コース?それとも可愛いと噂のお顔をほんの少し傷つけるとか?


「ないない。私なんかに惚れるくらいなら、その前に凛ちゃんに惚れているよ!」


「っ。そうですかね?」


 しかし、私の牽制はものの見事に返された。


「ふふふ。さては凛ちゃん、健太郎君のことが好きだね?」


「そ、そんなことはないですよ。」

油断していたら千里さんに核心を突かれて声が上ずってしまった。


「そうかなぁ。…お似合いだと思うけど。そうだ!よかったらデートについてこない?正直、デートとか、ほとんどしたことないから緊張しちゃっているんだよね。緊張しすぎて、何かしでかして健太郎君への家庭教師の威厳とかなくなっちゃいそうだし、凛ちゃんとも会いたいし名案だと思うんだけど、どうかな?」


 全てを見透かすような透き通る優しい声が聞こえた。多分だけど、私がけんたろーのことを好きなのも気づいているような気がした。

ってか、けんたろーとお似合いだって。でへへ。めちゃくちゃいい人じゃん。


「はい、喜んで。」


 ホントは千里さんにも何か罰を与えようと思っていたけど、全てけんたろーがわるい気がする。デートに誘ったのもけんたろーだしね。

 けんたろーには「凛がこの世で一番好き!」って千回言ってくれるまで、部屋に監禁するって罰でも与えようかな?まあ、千里さんに免じてそれで許してあげようかな?


 *******************

*************************


 ということがあったのだ。けんたろーは勘違いしているみたいだけれど、本当は千里さんがデートに付いてくるのを提案してくれたのだ。だから、多分、いや十中八九、千里さんは、私に気をつかってけんたろーと二人きりにするためにあんな、けんたろーをバカにするサイテーな人についていったのだ。


 千里さんが連れていかれた後は、せっかく、けんたろーと二人きりになったのに楽しめず、千里さんの方へとチラチラと視線を向けてしまっていた。

 そうしてみていると、四人、特に黒髪短髪のハーフみたいな優男の下心だって分かってしまった。


 けんたろーは気付いていないようだけど、ボディータッチとかもさりげなくしている。それを、下心がないと思わせる範囲内でしているっていうところがチャラすぎる。(転びそうになった千里さんを抱きかかえるとか、「危ない!」とか言って、走ってくる子供たちから守るためという体で、背中を軽く抱くとか。)


 あんな女慣れした人たちに千里さんが私を気遣って、ついていくのは嫌だった。

 私は千里さんをただ、見つめていた。

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