第16話 天国と地獄はわりと近い場所にある。

 六月。段々と雨も多くなりジメジメとした空気が、憂鬱な気持ちにさせる中、天国にいた。

 千里さんと凛と地元のプールに来ていた。


 *


 千里さんといつものようにその日の勉強が終わった時のこと。

「頑張っているね。健太郎君。ご褒美に何か家庭教師の私にして欲しいこととかない?お金がかからないことだったらなんでもいいよ。」


 何気ない口調で言われた。

「じゃあ、千里さんとデートしたいです。」

 疲れていた俺はぽろっと本音を言ってしまった。

「嬉しいことを言ってくれるね。こんな年上、捕まえて。」


 千里さんは余裕があるすまし顔でそんなことを言ってくる。

 だけど俺は隣にいる千里さんが自分の白いスカートをぎゅっと恥ずかしさを誤魔化すように握っているのを見てしまった。

「ただの本音ですけどね。」


 千里さんの可愛さにニヤツクのをこらえながら、極めて平坦な口調で言葉を出した。

 今度こそ、千里さんは顔を赤らめて眼を回していた。可愛えええ。


「わ、分かった。じゃあ、この課題を出来たら私がデートしてあげるね。」

 それでも、年上の威厳を保とうとゆったりとした口調で俺の要求を受け入れてくれた。


 やったー。


 人生初デートはこんな美人とだー。(凛は除く)


 ということがあったのだ。

 問題は、何故か千里さんとのデートのはずだったプールに凛がついてきたことだ。


 謎過ぎる。


 しかも、千里さんとのデートのことはどこから聞き出したのだろうか?

 デートを約束した日の翌日の朝に家まできて、「もちろん、千里さんのデートについていくけどいいよね~?」とかいきなり言ってきた時はびっくりした。


 コミュ力高いと、スキル「地獄耳」「盗聴」辺りを取得できるのかな?なんて、つまらない冗談をその時は考えたっけ。

 ゲームの世界じゃあるまいし、無理だよね。ってか、現実で盗聴とかやるのって盗聴器とかだし、常識人の凛がやるわけないか。


 実際は千里さんが俺とデートすることを友だちに言って、それが人脈の広い凛の情報網に引っかかっただけだろう。


そして、それを聞いた凛が、海へ行くことを注意したのに俺だけずるい、と思って、持ち前のコミュ力で千里さんと友達になって同行の許可をとったってとこだろう。我ながら名推理だ。



 ただ、千里さんには断って欲しかったなぁ。デートってどう考えても二人っきりじゃないとデートじゃないしね。


「千里さん、デートじゃなかったんですか?」


 少しだけ拗ねたような口調で千里さんを詰問してしまう。


「だ、だって男の子とデートなんて三年ぶりなんだもん。恥ずかしくて死にそうだったんだもん。」


 もはや千里さんは年上の威厳とか気にしていなかった。そして、デートは三年ぶりということは今、現在彼氏はいらっしゃらないってことですね。インプット。インプット。


 まあいい。それよりも千里さんの水着を堪能しよう。千里さんは水色のノイズボーダーの三角ビキニを着ていた。

 白い肌に長髪の黒髪ロングの千里さんは清楚にエロいという単語を作り出していた。


「いいでしょ。私には海ダメって言ったのにけんたろーだけプールとかずるいし。」


 何故か満面の作り笑顔の凛がいた。怖いんだけど。俺の周りの方々、笑みが怖くないでしょうか?俺が悪い?そうですか。…うん、空気が読めるようになったらちょっとは皆の笑みから怖さが取れるのかな?いや、凛のいうことは正論だし、異論はないし、いいんだけどね。凛の家庭教師的にも泊りがけになってしまう海よりは嬉しいし。


 その凛はオフショルのピンク色のビキニを着ていた。背の低さとは対照的に豊満な胸。茶色く染めた髪。少し焼けた肌。千里さんとは対称的に健康的にエロい美少女をしていた。


 そう言えば、背の小さい人ほどエロいって話を、どこかで都市伝説的に聞いたことがあるけれど、実際はどうなのだろうか?ということを思い出させるものだった。いや、うちの幼馴染に限ってそんなことはないけどね。モテモテだけど、ビッチではない。それが凛のクオリティー。


「それもそうだな。」


 タイプの違う二人の水着を見れた。しかもコミュ障の俺でも喋りやすい二人。

 ラッキー以外の何物でもなかった。だが、それはおくびにも出さないようにする。…凛にからかわれるからな。


 今回俺たちがきたのは県営の温水プールだった。流れるプールやジャグジー、ウォータースライダーまで完備しているところだ。

 よくあるイカダとかバナナボートの貸し借りまではないものの浮き輪の借り出しはできる。


 ここでボッチからリア充への質問だ。


 プールに来て何するの?


 川遊びだと冷たい水が気持ちよく、水も美味しい。生き物もいるし泳ぐこともできる。

 飽きたら近くにあるカバンからスマホでゲームをすることもできる。

 プールってなんもなくね?水に飽きたらどうすんの?

 個人的にも二人の水着姿見れた時点で目的の九割九分が完遂してしまっていた。


「と、とりあえず流れるプールで時間でも潰すか。」

「健太郎君、こんなに可愛い幼馴染も一緒に来てくれるのに時間を潰すなんて言っちゃうのはどうなの?」


 千里さん、真面目だなぁ。でもそんなところが大好きです。


「いいんですよ。けんたろーは、デリカシー皆無ですから。」


「確かにそうかも。」


 口を挟んできた凛に千里さんが同意し始めた。


「千里さんも何かありましたか?」

「初日にいきなり私のこと可愛いとか言い始めたんだよ。初対面なのに」

 楽しそうに千里さんが凛に話し始める。


「すみません。でも、あれはぽろっと本音が出ただけなんです。」


 やっぱり、初対面で可愛いとか陰キャの俺が言うのも気持ち悪かったよな。千里さんじゃなきゃあの時点で家庭教師を降りていたかもしれないし、反省。反省。


「へー、そうなんですね。けんたろー何を言っているのかな?かな?」

 棒読みに能面顔で凛が応じた。なんか、怖い。こちらを睨んでいるし。そして、千里さんの方を見ると顔を真っ赤にして唇を噛みしめて、何かの感情を懸命に隠すようだった。カオス!えっと、天国≒地獄でしたっけ?


 凛は千里さんを思って怒っているのかな?わからないけど。う~ん。


 はっ!?わかったぞ!千里さんは、俺が褒めるような言葉を言ったから赤面したんだ。陰キャの俺がいきなり褒めたから、思わずキモイとか言いそうになった。それを懸命に言うまいと唇を噛みしめているのか。


 マジで千里さん優しいなぁ。で、凛は、幼馴染としてキモいことを遠回しに言ってくれている。優しいなぁ。…優しすぎて涙が出そう。はい、私は気持ち悪いです。ぐすん。


「いやぁ、この子は天然なのかな?」

「そうなんですよねぇ。」

 

 一人落ち込んでいると、何やら美女二人が意気投合していた。


 …凛は、相変わらずの能面顔だったけど。


 いつの間にか、すっかり除け者にされてしまった。話の内容が自分のことを指していることは分かるのだけれど、褒められているのか、けなされているのか微妙な感じだ。

 いたたまれない気持ちになって

「俺、向こうで軽く泳いでくるわ。」

 美女二人から逃げるようにしてその場を立ち去ってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る